あの日の初恋にお別れを
翌日、朝から私は皇宮に来ていた。
今日通されたのは小さめの会議室のような場所。長机とそれを囲むように椅子が置かれている。私と彼は両陛下と向かい合うように座った。
久しぶりにまともに顔を合わせた彼は、凛々しく成長していた。今年の社交シーズン中、私は殆ど夜会などに出ていないから、エスコートをされることもほぼなかった。普通なら家を訪れたりするものだけど、彼は行動を取り繕ったりしなかった。だから、久しぶりなのだ。
「今日は突然呼び出してすまないな。二人に話しておかなければならないことが出来たのだ。」
皇帝陛下はそう言って、書類を取り出した。そこには私と彼の署名とそれぞれの親の署名、それから両陛下の署名が入っている。あの日交わした婚約書だ。
「こんなことになってしまって、レティシアちゃんには何とお詫びしていいのか分からないわ。でも、貴女の経歴に傷を付けないと約束するわ。」
「皇妃陛下にそんな風にされる覚えはありませんわ。だって、わたくし陛下には何もされていませんもの。……あぁ、何もしていなかったから謝っていらっしゃるのね?」
申し訳なさそうな顔の皇妃陛下に容赦なく毒を吐く。私がここ数年で味わった屈辱に比べれば、これくらいの毒、なんてことないはずだ。
「おい、レティ、いくらなんでも不敬だぞ。」
「あら、今の貴方様にその呼び名を許した覚えはありませんよ?」
「何故だ、出会った日に許してくれたではないか。」
「えぇ、出会った頃はよかったのです。ですが、今はもう許せませんわ。親しげに話しかけないで下さる?」
「そんな、私達は婚約者だぞ?」
「ふふっ、こんな時だけ婚約者面しないでくださる?散々蔑ろにして来られましたのに。」
「へ、陛下の御前でなんてこと言うんだ!」
陛下に私を蔑ろにしていたことを知られたくないと思うような思考はまだ存在したようだ。でも、それならもっと上手くやれと言いたい。
勉学に身が入っていないと彼の父から愚痴られたのはこの前の社交シーズンでのことだ。恋に現を抜かすとはいいご身分ですわね?
「陛下はもう知っていらっしゃいますよ。だから今日、この場を用意して下さったのです。」
「その通りだ。レティシア嬢から婚約の続行は不可能だと言われた。話を聞く限り、儂もそう思う。お主は娘を好いておるようだが、あれは婚約者一筋だからお主のことなど遊び程度にしか思っておらんぞ。……それから、レティシア嬢、今度あれから何かされれば反撃してくれて構わん。あれらに少し世間というものを教えてやってくれ。」
陛下公認で第二皇女殿下に嫌がらせが出来るとか、驚きだ。あれらということは、令嬢達のことも揉んであげろということだろう。何て楽しそうなことだろう。
まぁ、何もされなければこちらから手出しするつもりはないけれど。
「…そんな!彼女は私に好きだと言ってくれました!遊びな訳がない!!」
「あれは男を引っかけるのが趣味なのだ。その程度のこと誰にでも囁くぞ。」
「そんな……。」
「陛下、恐れながら、婚約の解消を進めて頂けませんでしょうか。」
今日の目的はそれだけだ。さっさと終わらせて帰りたい。元々帝都は地方派の貴族にとってあまり居心地のいい場所ではない。
「あ、あぁ。婚約の解消はこの婚約書の焼却をもって履行され、儂らが見届けることで受理されるものとする。」
陛下の掌で婚約書が燃え上がる。青い炎によってあっという間に燃えたそれは、灰すら残さず消えた。
「今この瞬間からレティシア・バーティンとエヴァリスト・カルティエ の婚約はなかったものとする。」
「聞き入れて下さったこと、感謝いたします。」
私が深く腰を折る横で彼は呆然としていた。まさか、婚約が解消されるなんて想像していなかった、という感じで。
「…退出の許可を頂けますでしょうか?」
婚約さえ解消されてしまえば、皇宮に用はない。もっと言えば帝都にも用はない。早急に領地に帰って休みたい。
「いいだろう。大儀であった。」
立ち上がって深く礼をし、部屋を出た。
2024/08/27 修正




