帝都にて皇帝と
その後、お父様から包みを預かり、ロザリーと一緒に帝都へ向かった。馬車で行くと片道一ヶ月半程はかかるが、今回は二人で早駆けすることになっているから一ヶ月かからないくらいで着くだろう。
令嬢とメイドの女の二人旅なんて危険だと思うかもしれないが、辺境ではメイドも戦えなければならないし、私も戦える。むしろ下手に護衛をつけられると護衛を庇って戦わなければならないくらいだ。
それにロザリーはメイドとしても完璧だ。一人で護衛とメイドを兼ねている。両親も最初は渋っていたが、二人で屋敷の兵をコテンパンにしたら許可を出してくれた。
道中襲われることもあったが、特に被害に遭うことはなく普通に捕まえて警邏に引き渡した。
一ヶ月もしないうちに帝都に到着した。皇帝陛下に話は通っていたようで、皇宮にもすんなり入れた。
流石に陛下にお会いするのに乗馬服はまずいので、シンプルながらも見栄えのするドレスを着た。てっきり謁見の間に通されると思っていたのに、通されたのは陛下の執務室だった。
黙ってカーテシーをとる私に、陛下は楽にするように言った。
「ご尊顔を拝謁出来、恐悦至極でございます。お元気そうでなによりです、陛下。」
「そんな堅苦しい挨拶はしないでくれ。お主は、儂らにとって娘も同然なのだから。」
「嬉しいお言葉ですわ。」
「して、今日は何用だ?」
「父から預かり物をしておりますの。後程届けられると思いますわ。…それから、お願いがあって参りました。」
「…申してみよ。」
この婚約を解消したいというのは、反逆罪に問われてもおかしくないのだ。これは勅命だから。
「その前に、何があっても罪に問うのはわたくしだけだと誓って下さいませ?」
「…いいだろう、お主の家族を罪には問わない。全てお主の命で片付けよう。」
安心して欲しいからと陛下は一筆書いて下さった。
「…婚約を解消させては頂けませんか。」
「……この婚約にどんな意味が含まれているか知っていて言ってるのか?」
「もちろんですわ。陛下もご存知ではないでしょうか、私の婚約者と第二皇女殿下の噂を。あんな噂があるままで進めても何も改善されないと愚考いたしますわ。…もし、ただ中央派と地方派が結婚したという事実が欲しいだけでしたら他を当たって下さいませ。わたくしはもう疲れてしまいましたわ。」
「…あの噂はあやつらのお遊びであろう?ただの噂だ。何を気にする必要がある。」
愚かしい。本当にそう思っているの?お遊びですって?あれがただのお遊びなら、少々おいたが過ぎるわ。この人はこんなに愚かだったかしら?
私ったら、なんて無駄なことをしていたんだろう。こんな愚帝のためにあんなにあるまで尽くしてきたなんて。あぁ、なんて馬鹿らしいのかしら。
「お遊びですか…。失礼ながら、陛下の目はいつからそんなにお曇りになられたのですか?…あぁ、もしかして、ご存じない?わたくしが第二皇女殿下、つまり陛下、貴方の娘さんに令嬢を使って嫌がらせをされていたことも、彼女が自身の婚約者の他にわたくしの婚約者や見目のいい他の令嬢の婚約者とも親密な関係を築いていることも、何もご存知なかったのですね?だから何もして下さらなかったのですね?……あぁ、そうですわ、彼女、一部のまともな令息達から阿婆擦れと呼ばれてましてよ。一国の姫とは思えない評され方ですわね?」
まくし立てるように一気に喋った私に、陛下は呆気にとられたような表情をしていた。
何だろう、また可笑しくなってきた。笑いが込み上げてくる。でも、きっとこれは浮かべてはいけない笑み。きっと今笑ってしまったら嘲笑しか出てこない。
「そ、そんな…。確かにあやつは男漁りが好きだが、あくまで友人として付き合っているのだと…。」
「たかだか友人に、毎回ファーストダンスを捧げますの?パートナーを放置して歓談し続けますの?もしかして、わたくしが知らないだけで、社交界にはそんなルールがあるのでしょうか?」
「……儂が知らなかったからと言って、許されることではないな。国に尽くしてくれているお主にそんな思いをさせていると気づけず申し訳ない。…この婚約はなかったことにすると約束する。お主の名誉が傷つかないようにもしよう。…次の婚約者についても考えよう。」
「いいえ、それは結構ですわ。わたくししばらく縛られるのはごめんですもの。もう、壁の花になるのは嫌なんですの。自由に踊らせて下さいませ。」
また婚約者で国に縛られるのは嫌だ。そんなのは今回の二の舞になりかねない。私は自分で自分の婚約者を決める。
「……分かった。また明日にでも来てくれ。彼も呼んでおく。」
「かしこまりましたわ。御前失礼致します。」
別室で待たされていたロザリーが、心配そうに見てきたので、私は心からの笑みで『自由を勝ち取ったわ。』と言った。ロザリーはにっこりと笑って『それはようございました。』と言ってくれた。
2024/08/27 修正