美少年、決心する
まぶしっ。
目が覚めて、いきなりの明るさに目が慣れなかった。
だんだん明るさに慣れると、はじめに目に入ったものは、吸い込まれそうな青い、青い空だった。
日本では見れない空に、つい見とれてしまった。
あれ、ここどこだ?
日本ではない、よね……。
いつもなら柔らかいベッドに包まれていて、兄貴か兄貴が作ったロボットに起こされるはずなのに。
俺は戸惑いながら、必死に何があったか思い出そうとした。
そうだ、朝珍しく自分で起きたら、兄貴が俺を盗撮していて……。
……思い出した。
俺が、こんなことになったのは、全て兄貴のせいだーーーー‼︎
怒りに任せて思いっきり体を起こすと、全身に激しい痛みが走った。
いっったぁーーーーーー‼︎
そういえば俺、床で寝んの初めてだ。
いつもは柔らかいベットで……ありがたさが身に染みるわ。
周りを見回してみると、首いってぇ、じゃなくて木々が並んでいた。
右向いても木、左向いても木、前見ても木、後ろ向いても木。
やっぱりここ……いや、でも森は何処にでもあるし、確信は……
うん?なんか変な紙があるぞ?
いつの間にか横にあった紙を拾った。
『愛しの吹雪へ
ごめんね〜。勝手に連れてきちゃって。
てへ♡僕はもう帰るよ……。寂しいなぁ。
あと、閃光学園っていう寮学校に行ってね!
手、まわしてあるから。
異世界生活頑張ってね〜。
明人より』
………。
俺は最後の一文の、異、世、界という三つの文字に目が釘付けになった。
確信した、出来てしまった。
信じたくない。
ずっと心配してなかった。
だって万能な兄貴がいるから。
兄貴からこんなに離れたのは初めてだ。
どうしよう、どうすればいい。
歩いて森から出るべきなのか。
それとも待機して誰かが来るのを待つべきなのか。
方向がわからないし、誰かくるかどうかもわからない。
何をどうすればいいんだ。
どうすれば……
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い……!
風が吹いて、木々がまるで怯えて縮こまっている俺を嘲笑っているかのように、さらさらと木の葉をゆらした。
一人だと言う恐ろしさが急に混み上がってきた。
ポタポタと水滴が落ちた。
一瞬雨だと思ったが、空は雲が全くなく、青かった。
青すぎて、怖いほどに……
水滴の正体は俺の涙だった
泣いたのは凄い久しぶりだ。
前に泣いたのはいつだっけ。
そうだ、あれは5歳の時、あれほど兄貴に他の人についていくなと言われたのに、学校の帰り道にスーツを着た超かっこいいお兄さんたちがだからつい、ついていってしまった。
サングラスをかけて典型的な怪しいおっさんなのに、当時兄貴が常識だと思っていた俺は、かなり非常識だったため、そのまま黒い車の前までついていった。
そしたらいきなり、おっさんの1人が俺を強引に車の中に入らせようとした。
ふり切ろうとしたが、全く叶わなかった。
その時だった。
兄貴が現れて、20人ほどいるおっさん1人で、変な武器をめっちゃ使って倒した。
俺はかなり怖かった。
俺は兄貴にすがりついて思いっきり泣いた。
俺が泣いているのを見て、兄貴の顔は、苦しみで歪んだ。
「全部俺のせいだ……くそ!くそ!くそ‼︎」といつも使わない《俺》を使って叫んでいた。
違うのに……俺がついて行ったせいなのに……。
あれから兄貴は、相当過保護になった。絶対俺の側には小型監視ロボがあり、料理も掃除も俺が傷つく可能性のあるものは全てやらせなかった。
相当辛かったんだろう。
俺は二度とあんな兄貴の顔は見たくなかった。
俺はあれから絶対泣かないと決めた。
もっとも、あれから兄貴が過保護すぎて泣く機会がなかったけど。
俺は袖で涙をゴシゴシ拭いた。
ってか俺パジャマじゃん!と思ったが、女装でなかったことを感謝するべきだ。
俺は本能のままに歩き出した。
…………………………………………………………………………………………………………………………………
私、サフィア・アシュリーは、何でも屋をやっている。
何でも屋とは表の仕事も裏の仕事も、何でも引き受ける職業の事だ。
この仕事は父から受け継いだものだ。
父は人間で母はエルフだ。
父は人間のくせに、どんな困難な仕事でもやり抜けてしまうから結構有名だ。
そのため娘の私にも結構仕事の依頼が来る。
ちなみに母は、父が死んでからどこかに消えた。
もともと母とはあまり、いやかなり仲が良くなかったので、探しもせず一人暮らしをしている。
独身だが、一応エルフとの混血なので美貌には自信があるし、事実上モテる
でも独身なのは私が男嫌いってわけじゃなくて、周りにいい男がいないせいだ。
なぜだかわからんが周りはいつもおっさんばかりで、正直言ってうんざりしている。
そんな私にある不思議な客が訪れた。
それはいつもの朝だった。
「サフィアちゃん、今日は一段と綺麗だね」
「ありがとうございます」
この必死に用を探してこようとする連中にはいつも呆れる。
でも一応客なので、追い返せない。
まぁ、確かにこの国ではエルフが珍しいから、ひと目見てみたいのはわかる。
こっちの身にもなって欲しいものだ。
「私の家が前に暴風雨で壊れたんだ。直してくれ」
「僕の本が消えた。探してくれ」
この人たちは何でも屋を、私をなんだと思っているのだ。
父が経営しているときは物や奴隷の売買や暗殺などまともな依頼がたくさん来てたのに……
いつ止まるかわからないおっさんたちの話に、はい、とか、そうですか、とか曖昧に答えていたら、チリンチリンとまた誰かが入ってきた。
また1人増えた、と苦笑しながら新しいお客さんを見た。
「いらっしゃいま、せ?」
私はもちろん、あの止まることを知らないおっさんたちも目の前の光景に言葉を失った。
ハンサムな美男子が、女神といっても過言ではない位の美少女をお姫様抱っこしていた。
このおとぎ話から出てきたような客に驚いたがすぐに私は微笑んだ。
「いつも冷静でいなさい、でないと馬鹿にされるよ」と言うのが父の口癖だった。
でも不自然ではなかっただろうか。
「何でも屋のサフィア・アシュリーと申します。何かの依頼ですか?」
黒い瞳に見つめられ、私はドキドキした。
夜空のように黒い髪と瞳は初めて見た。
父が経営していた頃はひどい毒にやられた人が、父に解毒してくれと頼んでいたところ何回か見たことがある。
その人たちも黒い髪だったが、 淀っている黒で、美しいとは微塵も思わなかった。
でもこの少年と少女は、私が見てきた中で1番綺麗だと思う髪の色だった。
もちろん瞳も。
私が世間知らずだけなのかもしれないが、かなり珍しいはずだ。
ああ〜、きれい。
ずっと見ていたい。
「お前」
「はいぃ⁉︎」
何をやってんだ、サファイア・アシュリー‼︎
冷静だ!お客さんに見とれてどうする!
「ついてこい」と言い残し、不思議なお客さんはすごい速度で走って、いやすべっていった。
地面を滑る魔法なんてあったっけ、と考えながら、風魔法を詠唱した。
『我、風に従う者。風よ、それを司る者よ、我にその偉大なる力を貸せ。我は風と化し、大いなる自然となりよう。』
『風足』
字の通り、風みたいに速く移動出来る魔法だ。
私は風魔法しか使えない。
エルフは風魔法を大の得意とする。
一応私もその端くれだ。
しかし、地魔法を舐めてた。
私が風魔法を使ってもすぐに追いつけないなんて。
ってか彼、本当に魔法使ってる?
全く魔力の波動が感じ取れないんだけど。
と思っているうちに、あのお客さんの後ろ姿が見えた。
というか私、今更なんだけど、なんでついてきたんだろう。
明らかに怪しげな男に。
でもついていかないとダメなような気がしてたんだよね。
ごめん、嘘。
何も考えてなかった。
と頭の中で状況を整理していたら、あのお客さんがいきなり止まった。
気づくとそこは、魔物の森と言われる恐ろしい森の中だった。
「あのぉ、ここに何の用があるんですか?」
振り返りさえしない。
気まずい……。
彼はあの美しすぎる少女地面に寝かせ、ちょっと離れた木の上にサッと登って、身を隠した。
一応私も彼の隣に移動したが、なぜ彼がこんなことするか意味がわからない。
30分経過した。
子供の頃から、父に忍耐力の訓練をされてたので、5時間ぐらい余裕に待てる。
でも今日は無理だ。
隣が気になって、全く集中できない。
たったの30分なのに、まるで10時間過ぎたように感じる。
その時、あの少女がゆっくりと目を開けた。
彼女の目もやはり夜空みたいな黒で美しかった。
横目で隣の彼を見てみると、心配そうに少女を見ていた。
彼女はキョロキョロ周りを見て、ぼーっとしていた。
正直言って可愛かった。
やっぱり彼女は隣にいる彼の恋人なのかな。
美男美女ですごいお似合いだ。
そう思うと心が締め付けられたみたいで痛かった。
なんでこんな気持ちになるんだろうと考えながら、下にいる彼女を見てみると、縮こまって震えていた。
怖いのだろう。
これくらいで怖いなんて彼の恋人として失格だ、と思ってしまう私が嫌いだ。
そうだ、彼は……
「……あっ」
彼はとても苦しそうな顔をしていた。
凛々しい顔立ちが苦しみで歪んでいた。
今すぐ飛び出して彼女をなぐさめたい、という気持ちが痛いほど伝わってきた。
負けた。
なんで初めて会った人に、しかも話したこともない人に、勝負意識を持っているのか、自分でもわからない。
ただそう思った。
ただ悔しかった。
私は嫉妬してる。
彼にあんな顔させる彼女に。
彼女を睨みつける勢いで視線を送ると、何か変な紙を持っていて、はっとしたような表情だった。
彼女はふっと笑って、前に進み出した。
それを見た彼は、安心したような、少し寂しそうな表情をしていた。
なんて複雑な顔をしているのだろうと思った。
私はやっとわかった。
私は隣の、名前すら知らない男に一目惚れしたのだ。
何が何だかめちゃくちゃだ。
これが初恋なんて。
そうだ、せめて名前だけでも聞いてみよう。
「あのぉ、」
「あいつをよろしく」
え、まって、名前を。
彼はまるでそこにいなかったのかのように消えてしまった。
何も聞けなかった。
でも……
よろしくって言ってくれた!
また会えるかな。
そっか、下の彼女に聞いてみよう。
ひょっとしたら、 彼氏じゃないかもしれない。
サッと木から飛び降りると、彼女が驚いていた。
「お姉さんは誰ですか?」
「えっと、なんでも屋のサフィアです……」
何でも屋、彼女は首をかしげていた。
「まあ、ついてきて!」
俺の異世界冒険の始まりだった。