動画配信でお小遣い稼いでる引きこもり魔女に拾われた僕だか俺だかの明日はどっちなんですかねぇ?
「あらら、貧相な坊や。どしたのこんなとこで」
その魔女は陽気な声でそう言った。
なぜ魔女と分かったかって言うと、僕がいるここは魔女がたくさん住むと言われる黒の森で、時間は夜で、空は星も見えなくて、そんな夜に教会が禁止している露出の多い服を着た若い女の人がこんなところにいるはずがないからだ。
だいたい普通の人間の瞳は縦に裂けてたりなんかしていない。
「そうか、捨てられたのか。森の外の人間の国は大飢饉だって言うしねぇ。可哀そうに、お母さんは飢え死にか」
僕がおびえて口を閉ざしたままでいると、魔女は僕の心を読んでしゃべった。それだけで頭の中がぐちゃぐちゃにかき回されたかのように気持ち悪くなってくる。
「どれ、お顔をよく見せて……ふぅん。よし。連れていこう! 食べたくなるほどかわいいし! いやーたまに外に出ると楽しいことがあるなぁ!」
僕の首根っこを細い腕でつかみ上げた魔女はそういうと、ほうきに乗って夜闇を飛んだ。
飢え死にする前に何か食べさせてくれるなら、食べられてしまうのもいいかと、その時の僕はそう考えていた。
◆
魔女の家は、広くて、明るくて、清潔だった。村長様の家より広くて明るかった。
そして村では見たことのないものがいっぱいあった。
部屋は6つもあり、僕はそのうちの1つ、特に大きくて明るく白い、けれど横長の机と白い光を発する箱が棒の上に乗ったものが2個あるきりの部屋に通された。
机の上には何か四角い大きな鉄の箱と額縁が2枚おいてあり、額縁の中では何か絵が動いていた。
よく見るとその他にもなにかごちゃごちゃと小さな道具らしきものがある。
僕はすこし離れたところで待つように言われた。座っていてもいいということだったけど、何をされるのかわからなくて、立ちすくんでしまった。
「はぁい、おはこんばんチワワ~☆ 魔女ヴェリチアーレのベリーチャンネルへようこそ~!」
明るい桃色の露出の多い服に素早く着替えた魔女は、丸い目玉がくっついた小さな箱の前でおどけてみせる。訳がわからない。怖い。
「今回のベリチャンはですねー、じゃん! 最近巷の魔女っ子の間ではやってる、人間の捨て子を拾ってアレコレしちゃおう企画なんですね! え? なんです? 前回予告のエッジレーサー最速アタック実況はどうした? すいません、それ来週に回しまー! テヘペロ」
誰も居ないのにやたら陽気だな、この魔女。それとも魔女はみんなこうなのかな。怖い。
「はいじゃあこっち来てきて~! 人間ちゃん、それ見て答えてね。おなまえと年は?」
「……あ、えと、マシュー、です。7歳です……」
「マシューちゃんか~~~! くぅー! かーわいい!!」
目玉のくっついた小さな箱を指察され、それの目玉を見ながら僕は正直に名前をいった。怖くて仕方ないけれど、口を開かなかったら殺されるかと思ったのだ。
そしたら魔女は抱きついてきて頭を撫で回したり頬ずりしてきた。
汚いとか思わないんだろうか、と思った矢先、魔女の目が怪しく光る。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!
「それではですねぇ、皆さんお待ちかねだと思うんですがぁ。これからこの子にひどいことをしたいと思います!!!! イエー!!!!」
それから僕は本当にひどい目にあった。
まず服をひん剥かれ、熱いお湯を浴びせられ、白く泡立つ目に染みる魔法の液体で全身を洗われ、熱い湯に肩まで浸からされ、のぼせそうになったところを引き上げられ、柔らかい布でこすられ、最後に真っ白い清潔な服を着せられた。
ああ、これはきっと食べる前に洗って清潔にしてるんだな、と思った。僕らも野菜や卵は清潔な水でよく洗うし、動物を捌くときはもっと気を使う。
「はいーというわけで、マシューちゃんはこんなに綺麗に可愛くなりました~~~♡ いやーすごいわ。人間の国どうなってんだ。やべーなこりゃげっへっへ。では今回はここまで! 次回はですね、この子、マシューちゃんに、いろいろいけないことをしていこうと思いますー! おたのしみに! 魔女ヴェリチアーレのベリーチャンネルでした☆ バイバイ!……はいオッケーイおつかれちゃーん!」
魔女はそこまで一気にまくしたてると、机の上のネズミのようなものをささっと操作した。
それからぱっと振り返って僕のほうを見ると、にっこりと歯を見せてほほ笑んだ。糸切り歯が目立つ。
「さて、それじゃあ食事にしよっか!」
ああ、いよいよ食べられてしまうのだ。食べられる前に何か食べたかったなぁ。
◆
もちろんそうはならなかった。
そうはならなかった代わりに、本当にひどい目にあった。
魔女ヴェリチアーレはほとんど家から出ずに、ずっと自分の生活の一部を映像と音声で記録し、魔女や魔族やエルフの国では一般に普及しているマギネットだかMチューブとかいうもので公開していた。
彼女が公開しているそれに広告がつけられ、あるいは彼女自身が限定生産したいくらかの小道具を売り、その収入で彼女は生活していたのだ。
で、彼女に拾われた俺は、彼女の着せ替え人形というか、アクセサリーのようなものになった。家で飼っていた犬のようなものだ。
拾われた直後から12歳ぐらいまでは毎日のように女装をさせられた。女の子の恰好のまま魔女の集会に連れていかれたこともある。そのときは妙に周囲にちやほやされたものだ。
11歳を超えるころには何度か魔女協会の人が来て、俺が受けている待遇は虐待だ、俺をもっとまともな家庭で引き取ってもらうこともできると言ってくれたが、俺はすべて断ってきた。そのころには俺自身もヴェリチアーレに対して必要十分以上に情が移ってしまっていたし、家事ぐらいしか能の無い俺がよそへ行っても仕方がない、と思ったからだ。なにしろ女装させられたり女装したまま家事をするだけで、他のことはなにもされていないのだ。食べられてしまうよりは何億倍もいい。
で、そのうえで女装させられるのをやめてほしい、と主張したかというとそうではなく、回数を減らして肉体労働や武術のけいこもさせてほしいと頼んだのだ。
理由の一つは俺が女装している回のベリチャンの再生回数。ヴェリチアーレが一人で何かしている回の倍は再生されていた。それで食っているとわかれば、主張するワガママの内容も考えなければならない。かといって貧弱な体つきのままというのは、男として何かを奪われた気分でもあった。
ヴェリチアーレは残念そうな顔をしたが、俺の主張は受け入れられた。
おかげで12歳を過ぎるころにはそれなりに筋肉も付いてきて、ちょっといい気分になったりもしたものだ。顔つきは相変わらず女のようだといわれていたが、逆にそれがいいという別の魔女に言い寄られもした。そのたびにヴェリチアーレは俺に抱きつき、嫉妬して見せた。そういうときの彼女はいい匂いがして、その日の夜はたいていふたりとも裸で抱き合って寝ていたものだ。
まぁ、肉付きと顔と愛想のいいちょっとお茶目なお姉さんにいろいろと(そう、いろいろと、だ)いたずらされる日々を楽しんでいた、というのが嘘偽らざるところの事実だ。
そのツケが、18歳になった俺の目の前に、今転がっている。
「ぐぉ……お……お、おね……しま」
「た、頼む……」
「どうか……どうか……」
目の前に転がるライカンやら魔女やらオークやら。
俺は3人に3重分身で目くらましをかけ、魔女には渾身の脳天チョップ、オークとライカンには股間にでこピンを食らわしてやったのだ。
「ふむ。チト時間がかかったな」
「は。お見苦しいところをお見せしました」
俺の背後から龍鱗族の老人が声をかけてきた。俺は振り返って片膝をつく。
伸ばしっぱなしの頭髪と髭、痩せているようで実はかなり引き締まった肉体、横ぐわえにした煙管と、腰に刺した2本の長大なカタナ。この老人が俺に戦う術を教えてくれたのだ。師事し始めて5年以上が過ぎている。
俺はこの老人を先生と呼んでいた。
「よい。不殺は手がかかる。3重空蝉、見事である。今後も精進せよ」
「ありがとうございます、先生。必ずや」
先生はよっこらと腰を上げると、すっと消えた。また長いこと風呂に入っていないのだろう、そういう匂いが漂ってきた。
俺は先生から授かったナガマキというやたらと長いカタナを担いで、目の前に転がる3人のそばにしゃがみ込んで見下ろした。さて、どうしたものか。
そうしていると、家の玄関のほうからヴェリチアーレの声がした。
「まーちゃん、どうしたの?」
「まーちゃんはやめてください、魔女さま」
「じゃあ魔女さまってのをやめて、名前で呼んでよ」
「お断りいたします」
彼女はいつものように装飾と露出の多い服装で現れた。彼女の姿から目をそらしながら、名前を読んでという頼みを否定する。そうしてしまったら、もう落ちるところまで落ちるしかなくなることを俺は理解していた。それはとても危険なことだった。
12歳で自分が雄だと気づいたときにそうなりかけ、そこに現れて俺を叩きなおしてくれたのがさっきの老人だ。人間の雄としては覚えが早いと面白がって世話を焼いてくれているだけなのだが、本当に感謝するしかない。
「もう、いじわる。で? その人たちは?」
「探知結界に引っかかったので邀撃しました。いつもの、魔女さまを弑し奉らんとする不埒ものか、あるいはベリチャンを妬む底辺Mチューバーかと」
「また何も聞かないでやっちゃったの?」
「用事を聞いている間に家を焼かれそうになったのはどこの誰ですか。不審者相手はこの手に限ります」
「まぁいいや。よっ♡ 緊縛緊縛っと☆」
地面からわらわらと這い出た太い木の根が、侵入者たちを縛り上げた。亀の甲羅型に。
なんでそうしたの。強調された男の股間とか見たくないんだが。
「でー。どうしたのアンタたち? 警察呼ぶ?」
そう、人間の国の外は無頼の地かと思われていたが、実はよっぽど進んだ国だったのだ。軍隊が国内治安の為に出張ってくることはほとんどない。警察という組織が治安の維持をしている。まぁ人間の国はあの大飢饉で滅んでしまったので、比較することに意味は無い。
「や、すいませんベリチャンさん!」
「待って、待ってくださいな!」
「お願いします! 何でもしますから!」
ん? いま何でもしますって言ったよね? とつっこもうとしたところ、ヴェリチアーレに先を越された。
「だから要件」
ちぇっ。
「その、あの」
「私どもはですね」
「魔女っ子☆マーサちゃんにまた会いたくて!」
「よし殺そう。殺して良いですよね? こいつら人の個人情報持ってる上に勝手に押しかけて無茶なこと言ってます殺そう殺そうそうしましょう今すぐナウ!」
本当に殺すしかない。あの動画は、16歳になったときに無理やり撮られた俺の最後の女装動画はとっくの昔にベリチャンから削除していたが(もちろん俺自身の手で)、何度も何度も転載され、いくら削除申請してもおっつかない状態になっている。その勢いは留まることを知らず、Mチューブはもとよりmiveo、Mcas、ねこねこ動画など諸国の主要動画サービスにも広まっている始末。勘弁してほしい。
「あらぁ、いいんじゃない? 私も久しぶりにマーサちゃん見たくなっちゃった☆」
「やめてください」
「いいじゃんいいじゃん♡ 減るもんじゃあるまいし」
「俺の正気度が減ります! てか出てくんな! その手に持ってるものを離せ!」
ヴェリチアーレは忘れているが、このへんはいま治安が悪い。何のために探知結界を張っているのか忘れたのか。焦って声を荒げたが、もう遅い。
「ラミレス◇ラミレス◆ランディ・バース☆ 来たれ! 魔女っ子マーサちゃん♡」
「グワァー!」
ヴェリチアーレが呪文を唱えると、その手の悪趣味な造形のステッキから怪光線が発射され、俺は避けることもできずそれを浴びてしまった。
あっという間に変身完了、ならまだしも、空中へ放り出され、一度裸にひん剥かれ(ご丁寧に第3者には俺の裸は光のシルエットとして認識される)、10秒ほども掛けて部分ごとに丁寧に、白とピンクのどぎつい衣装が俺の体にまとわりつく。ピッチリした4分丈程度の上下の下着、むやみに短くそれでいて幾重にも重ねられボリューム満点のスカート、ゆったりした機能性ゼロの上着、せっかく切ったのに肩まで伸びる頭髪、腹とへそは隠されることがなく、なんなら下腹部ギリギリまでむき出しだ。
ヴェリチアーレは攻撃魔法や防御魔法というものにはとんとセンスが無いが、こういうなんの役に立つかわからない魔法は異常にうまかった。上手い下手の基準もよくわからないが。
ともあれ強制的に変身させられた俺がふわりと地上に降り立つと、観衆はやんやの大喝采。
「ウオォオオオン!」
「きた! マーサちゃんきた!」
「尊い……無理……」
ヴェリチアーレは手に持ったマギ・タブで俺の写真を取りまくる。鼻息が荒い。ローアングルはやめろ!
「お前らなぁ! 2年前ならもともかくなぁ! 自分で言うのもなんだけど、俺今ちょっとごついだろ!? こんなもんのどこが魔女っ子だ!! そんなもん崇めてどうすんだ!!」
「「「「だがそれがいい」」」」
「合唱すんな馬鹿野郎! てか魔女さま出てくんなっていったで」
ヴェリチアーレの首根っこを掴み上げようとしたその時、左手の森の方から急に殺気を感じた。
反射的にヴェリチアーレに覆いかぶさり、即座に飛ぶ。ついさっきまでいたところに、バリスタから発射されたと思しき太い矢が地面にクレーターを開けて突き刺さる。魔法加速バリスタか!
「まーちゃん!」
「黙れ、舌を噛むぞ」
抱きかかえたヴェリチアーレに低い声で注意し、玄関ポーチへ着地した。
家の周囲3m以内なら、クラス4以下の魔法や魔法加速バリスタの攻撃程度を防げる結界が仕込んである。ヴェリチアーレの自前の魔法ではない。警備会社の製品だ。年間契約料と使用料がやたら高いが、契約したかいがあったというものだ。森からバシバシと音を立てて弓矢やバリスタが飛んで来るが、全てキレイに防がれている。
今や森と我が家の敷地の境目には、雑多な防具で身を固めた暴徒の集団がその姿を現していた。
食い詰めた人間の、武装難民だった。こうなってしまうともう餓狼の群れと変わらない。我が家はそのいい餌にみえた、ということだろう。
「まーちゃん、まーちゃん」
ヴェリチアーレがスカートの裾を引っ張り、庭の方を指差した。
そこにはさっきの厄介さん3人組。すでに拘束は解かれているが、腰が抜けたのか動くことができないようだ。
「ええいくそ、仕方ない」
「魔法武装は1番から4番まで使用拘束解除済み! 頑張ってね、まーちゃん!」
「やってやりますよ、こんちくしょう!」
ていうかそんなもん仕込む手間で自分で攻撃してほしい。
◆
国境警備隊が到着するまでの1時間で、俺は人間の群れをやっつけ、厄介さん3人組を助け出した。
武装難民たちは殺してはいない。まぁ、打ち身と、ひどければ骨折というところで許してやった。
厄介さんたちに手伝わせ、戦意を失った武装難民にスープを配っていると国境警備隊がやってきて、隊長さんは開口一番こう言った。
「マーサちゃん! ギガントカワユス!!」
ブルータス、お前もか。と、異世界の偉人は言ったそうだ。
それで話が済むならまだ良かった。
◆
「魔女さま! これはどーゆーことですか!」
「えー? いいじゃん喜びなよ。全国区だよ、全国区」
居間のマギビジョンにはあられもない姿で飛び回る俺の姿。画面には「魔女っ子マーサちゃん復活?! 武装難民を撃退!」の派手なテロップ。その反対側の隅には「Mチューブ・ベリーチャンネルより転載許諾済み」の文字列。
「~~~~~~~! あのなぁ!」
「あらやだ、私も写っちゃった~♡」
画面を見ると大げさな演技で受け答えするヴェリチアーレ。
「しれっとインタビュー受けてんじゃねぇですよ!?」
「まぁまぁ、そんな怒んないでよ、まーちゃん。なんでもしてあげるからさぁ」
余裕綽々で適当なことを言うヴェリチアーレ。これには流石にイラッとした。
ずいと顔を押し出し、真顔で言ってやる。
「ん? 今なんでもするって言ったよね?」
「はへ?」
「覚悟してもらいますよ」
ガッシリと両手で肩を掴んで力を込める。
「ヴェリチアーレ」
カッコつけてその時はそういったのだが、本当に覚悟が必要だったのは俺の方だったよね、というのはまた別の話だ。