トランシーバーからの声
小学六年生の高橋海斗と山本祐樹は幼稚園の頃からの大親友だった。
登下校もお互いの都合が合わない時以外、一緒に行かなかった日はない。他の同級生と同じく、一緒に遊ぶことも多かった。
けれども、遊び方は他の同級生とは違い、外で遊ぶことは圧倒的に少なかった。祐樹は生まれつき体が弱くて、激しい運動が出来ないからだ。
例えば、キャッチボール程度であればなんとか出来たが、サッカーやバスケといったスポーツは無理だ。すぐに息を切らしてしまい、咳を何回もしてしまう。体育でも見学しがちで周りから馬鹿にされることも少なくなかったが、海斗だけは祐樹といつも一緒だった。海斗は祐樹でも出来る遊びを考えては、二人で試していた。
しかし、そんな生活は長く続かなかった。六年生に進級してから二ヶ月が経つ頃、祐樹は倒れてしまったのだ。
何か重い病気、とは海斗にも知らされたが、どんな病気なのか詳しく教えてくれる大人はいなかった。
親友だから、と心配した海斗は用事がある日以外、極力祐樹の見舞いに行った。祐樹が入院している病院は二人が通っている小学校のギリギリ学区内に入る場所にあった。
自転車で行くような距離のため、雨の日は少々面倒だったが、祐樹のほうが辛いんだと自分に言い聞かせて病院に向かった。
祐樹が入院してから二週間経った頃の放課後に、海斗はまた病院に訪れた。
「あ、海斗」
祐樹の病室に入ると、いつものように祐樹はベッドから身体を起こして嬉しそうに笑った。
「新しい漫画を買ったんだ。一緒に読もう」
海斗が持って来た袋の中の漫画を、ベッドに備え付けてある机に広げて読みだした。
いつも二人が読んでいる、お気に入りの漫画だった。
笑いあったり、壮大な冒険を羨ましく思ったり。祐樹はいつも自分も身体が丈夫だったら、と呟いた。
そんな生活がしばらく続いたある日のこと、珍しく祐樹から病院に来て欲しいと誘われた。
海斗が病室に入ると祐樹はいつもよりご機嫌だった。
「海斗、これを見てくれ」
祐樹からそう言われて渡されたのは、長方形の箱だ。
開けてみると、見慣れない機械が入っていた。
「電話みたいな形だけど、なんか違うな」
「それは電話じゃないよ。トランシーバーって言うんだ。父さんが買って来てくれたんだ」
海斗はトランシーバーを取り出してみると、周りは半透明なプラスチックに覆われて、透かして見ると中の基盤がうっすらと見える。本物に比べたら安っぽいものだろうが、海斗にはそんなことはどうでもいいくらい、トランシーバーに強く興味を示していた。
「すごいな。トランシーバーなんて映画みたいだ」
「それ、海斗にあげるよ」
「え。いいのか、もらっちゃって」
「二つセットなんだ。通信もできるよ」
それを聞いた海斗は大喜びで祐樹と試してみることにした。
病院内は携帯も禁止なので、入り口近くに出て立ってみることに。
「もしもし、こちら海斗。病院外から通信しています。どうぞ」
『こちら祐樹だ。ちゃんと聞こえてるよ』
二人は機械を通して聞こえた声に興奮した。
今では携帯やスマートフォンが当たり前にあるが、二人はまだ小学生だから、と持たされてはいなかった。
それだけではなく、元々SFなどに憧れていた二人にとって、トランシーバーを使って通信するというのは夢のような体験だった。
海斗はそれから学校が終わると真っ先に病院に向かうようになった。もちろん目的はトランシーバーを使うことだ。
そのまま通信しても楽しかったが、二人は色々工夫して遊び方を考えていた。
SF映画の真似をしたり、漫画のセリフを再現してみたり、電波がどこまで届くか実験したり。様々なことをした。
トランシーバーで遊ぶ時間は楽しかった反面、祐樹の容態は次第に悪くなっていった。日が経つにつれて祐樹は身体を起こすことさえ困難になっていき、最近では食事も満足に取れなくなった。
日に日に祐樹は弱っていったが、トランシーバーは手放さなかった。
そして数日経ったある日、海斗は寝るためにベッドに入っていた時だった。
「……ん、なんだろう」
睡魔が来た時に、近くからノイズのような音が聞こえたのだ。
海斗は目をこすりながら音が出ている場所を探した。
そしてその音はトランシーバーから出ているものだとわかった。トランシーバーに取り付けられた、通信を知らせる小さな赤いランプがぎこちなく点滅している。
『……ザッ……、カイ……』
ノイズに紛れて何か声が聞こえてきた。
『ザッ───、カイ……ト……』
「祐樹、祐樹なのか」
『カイト───……アリガトウ』
ノイズで乱れている中、その言葉だけはっきり聞こえた。
海斗はなんだか嬉しくなり、自然と笑みを浮かべていた。
「ありがとう、祐樹」
トランシーバーにそう返してから海斗は眠りについた。
「話したいことがあるんだ。ちょっといいか」
その翌日に海斗は学校で担任に呼び出された。
「言いにくいんだが……。昨日、山本が亡くなったそうだ」
「え───」
海斗はしばらく身動きが取れなかった。
信じられず、担任に思わず聞き返した。
「夕方だったらしい。最期まで、えーとなんだ……何かの機械を握っていたそうだ」
「そんな嘘だ、そんなこと────」
海斗には信じられない理由はもう一つあった。
……トランシーバーで聞いた、あの『アリガトウ』と言う言葉は、海斗は確かに夜に聞いたのだ。
先生や祐樹の両親にもその時のことを説明しても、まともに取り合ってはくれなかった。祐樹が最期のお別れを言ってきたのだろう、聞き違いじゃないのか、と。
そもそもそのトランシーバーが病院から海斗の家まで電波が届くはずがない、とも言われた。
「それでも、聞いたんだ」
海斗は大人にどれだけ言われようとも、そのことを信じ続けた。
今では証拠にもならなかったことだが、あの赤いランプが光っているのは、トランシーバーが繋がっていた印なのだから。
今、海斗は二つのトランシーバーをずっと大切に持っている。