『背徳者・魔女ルブル』
冷たい墓標が戦慄いている。
此処は一体、何処なのだろうか。空しさによって翳っていく。
凍土によって、草木は眠っている。この静謐の中で、一人、女は笑っていた。
彼女の名前は、ルブルという。
かつて、魔女裁判によって、処刑されかかった者だ。
彼女は自らの身代わりを何名も立てて、自身が処刑される事は無かった。燃え盛る人間の断末魔を見ながら、彼女は陶酔に耽っていた。裁判により、火炙りにされた者達は、みな、彼女が整形によって、作り変えた者達だった。
誰も、本物の、魔女ルブルを見つけ出す事など出来はしなかった。
やがて、彼女は伝説になった。悪名ばかりが、残滓となって広がり続けた。
敷き詰めた城砦の跡地。
彼女はペンダントを握り締める。それは、彼女の代わりに、生贄となった者達の骨の入ったガラス瓶だった。
酷い激情と殺意に襲われる。
この胸の奥には、悪夢の花が咲いているのだろう。
この大地を呪いながら生きる事に、希望を抱いている。
うねる海嘯のように、小さな氷の刃が舞っている。
暗黒の凍土が大地を貪り続ける。やがて、星屑もまた、闇の色に染まっていく。
きっと、此処は地獄の様相に何処か似ているのだろう。腐蝕が世界を覆っていく。この地上に生きる生命全てが眠るのだろう。
彼女は自らの為に、死ぬ者達が、心の底から好きだった。
愛しい愛しい人達、それらは、全て彼女の物になったのだ。
この凍土の下には、彼女によって殺害された無数の死体が眠っている。
いずれも、まともに人の形をしていなかった。
この人が人の形状を織り成していない姿が、紛れもなく美しい姿なのだと、彼女は思っている。
地面に亀裂が走っていく。
やがて、所々が盛り上がり、大地が空へと向かって突き出していく。
それは、死体達だった。
まるで、饗宴のように死体が粘土のように、ぐちゃぐちゃに泥土と共に、混ざりながら踊るように空へ向かって浮上していく。
酷い腐臭によって辺りが彩られていく。ルブルは、その香りが酷く大好きだった。
此処は、冷たい地獄だった。
哄笑が唱和となって、続いている。
此処は、この世の果てのような、絶景だった。
この凍て付く程の心を溶かす事など、出来はしないのだろう。
ルブルの純然たる敵意は、一体、何処から来るのだろうか。彼女は冷たい死体が、とてつもなく愛しく思えていた。生きている者を愛する事など出来はしない、しかし、死んでいる者ならば、酷く愛らしく思えたのだった。
彼女は、丸い月を背にする。
満月もまた、哄笑しているかのように思えた。
自分は眠り人形のようなものなのだろうか。時間の止まった中で、ただただ、動き回る腐った死体に憧憬を抱いている。
どうせ、死ねば。みな、無情な死体となっていくのだ。
憎しみも、悲しみも、愛情も、苦しみも、楽しさも、何もかもだ。
あるいは、未来に対する憂いさえも。
ルブルは死体を動かす。彼女にとって、人間の死体はただの素材でしかない。それ以上の価値を見い出してはいない。彼らがどんな人生を歩んできたのか、ルブルにとっては、何の興味も無い。確かに、所々、階級を表すような衣服を身に纏っている者達もいるのだ。そんなものなど、どうだっていい。所詮は、ただの死体に過ぎないのだから。
彼女の眼には、全てが虚構に思えてくる。
全ては、肉の塊みたいなものなのだ。
彼女は口を開く。それは、虫の声とも、動物の唸り声とも、豪雨や風の唸りにも聞こえた。彼女の口からは、大量の羽虫が吐き出されていく。
彼女が吐き出しているものは、一体、何なのだろうか。それは、彼女の怨念そのものなのか、あるいは、大地に眠る者達の怨恨そのものなのか。それは、彼女だけにしか分からないのだろう。ただ、腐臭ばかりが、この雪原には漂っているのだった。
ルブル