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コキュートス  作者: 朧塚
32/33

第六幕 死の風は冷血な舞台に吹き荒れる。 6

 スフィアはルブルの城の中で、物陰に隠れていた。


 怪物達が今だ、走り回っている。まるでキリが無い。とにかく、今はただただ逃げたかった。夢の中にでも逃げたかった。深い孔でも掘って、そこに隠れてみようか、そんな事を考えていた。

 ぽつり、と。

 一つの人影が現われる。

 スフィアは直感的に、何だか、その人影には縋ってもいいかな? と感じた。

「ねえ、助けてっ!」

 スフィアは叫ぶ。

 そいつは、ぱちくり、と瞬きを、よく繰り返していた。


「ああ、大丈夫かい。僕はヘリックス、君の名前は?」

「私はスフィア、よかった。このまま、死んじゃうんじゃないかと、私…………」

 ルブルの城からは、気付けば、怪物達の音が無くなっていた。

 ヘリックスは、床を指先でなぞっていく。

 そして、地面から、魔方陣が出現した。

「じゃあ、行こうか。僕の住んでいる国に、連れていってあげるよ」

 そう言うと、彼はスフィアを連れて、方陣の中へと飛び込む。



 ルブルのドラゴンは巨大な翼を広げていた。

 ドラゴンは、空を高速で飛び続けていた。

 ローザの国、ディーバに辿り着くまでは、あっという間だった。

「何かしら? あれは……?」

 彼女は眉間に皺を寄せていた。

 ルブルは、ぼんやりと考えていた。

 もっと、メアリーと色々な事を話したいなと。


「クルーエル、私、人間みたいになっちゃったのかなあ?」

 彼女は少しだけ、戸惑う。何だか、ぼんやりと、幸せってこんな感覚なのかなあと思った。本当は、誰か自分の話を聞いてくれる相手が欲しかっただけかもしれない。

 話し相手がいるのは、こんなにも楽しい事だったなんて思わなかった。

 一緒に料理を作る話なんかをしようと思った。

 彼女と一緒にやりたい事を指折り数えていく。

「私、……人間になれないかなあ?」

 自然と彼女はそんな事を呟いていた。

 どんな風に会話をすればいいか分からない。

 ルブルは細長い箱を大切に持っていた。


「ふふふっ、メアリーの右腕」

 彼女はそれを、とても愛しそうに抱き締めていた。

 彼女の一部を手にする事によって、いつだって、彼女が傍にいるような気がする。

「何かしら? あれ……」

 ルブルは思わず、驚いた顔になる。

 それは、巨大な樹木のような形をしていた。

「何? 私のカラプトみたいなものかしら?」



 樹木の幹は、所々がこぶのように膨らんでいき、様々な人の顔のような形になり始める。

 あらゆる人の命のエキスが脈動しているかのようだった。

 その樹木の形は、内臓のようにも見えた、まるで生命が河のように流れているかのようだった。

 笑い声が響き渡っていく。

 それはまるで、歌のようだった。

 アンクゥとメアリーは息を飲んでいた。

 そいつは、とにかく、生理的嫌悪感を催す化け物へと変わっていく。

 まるで、底知れない悪夢そのものが現実に現われたかのようだった。


「人間の幸福は一定数、分量があると私は思っているわ。だから、犠牲になるべき者と富を享受する者の両者が必要なのだと私は考えている。ドゥーム・オーブは、人間の欲望に働き掛けてくる力そのもの。人間が生存したい、子孫を残したいと思う願望に働き掛けている。ディーバは言わば、私の子供のようなもの、私の民はみな、幸福になる必要がある。たとえ、どんなに他国に犠牲を強いたとしてもね?」

 めきり、めきり、と音がする。


「命は平等では無いの。分かるかしら?」

 こきゅり、こきゅり、と彼女の肉体は原型を止めなくなっていく。

「メアリー、アンクゥ、貴方達はヘリックスや氷帝と同じように、私の民になる道を選ぶべきよ。そうすれば、貴方達の苦しみは何も無くなるのだから。私は力のある者は、たとえ、他国の者達でも受け入れたいし、個人的に私は貴方達が気に入っているしね?」

 ぞわわわっと、音階が外れた音が周囲に響き渡っていく。

 不協和音の嵐が舞っている。


「だから、貴方達の態度も、見逃してあげる。貴方達は私にひれ伏すべきね? 私にひれ伏せば、貴方達はあらゆる幸せを享受出来るのよ? そうだ、貴方達の力を使って、ディーバをもっと豊かに、もっと色々な幸福の形を作りましょう?」

 メアリーは変形していく化け物を睨み付けていた。


「下らないわ。私は与えられた幸せよりも、勝ち取った不幸を選ぶ。美味しいご飯を食べて、理解のある人間に巡り会えて。……私はそういう部分の幸福は享受しようとは思うけれども、私は世界と戦うつもりだし、自分自身の闇の部分とも戦うつもりでいる……っ!」

 メアリーは、巨大な戦斧を、化け物へと変身したローザに向ける。

 そして、くるくる、と回した。

 幻影で作り出したものには、重量が無かった。

 だから、彼女の華奢な腕でも、どんな破壊力を持つものでも軽々と手にする事が出来た。

 心臓のような樹木の部位が、戦慄いて、声へと変わっていく。


「貴方の幻影のイメージを実体化する力、とっても惜しいんだけれどもね? じゃあ、仕方無いか。こうするわよ? 貴方には、深い深い眠りに落ちて貰う。脳を破壊して、昏睡状態に陥って貰おうかと。でも、力だけは使えるように、生かしてあげる。そう、そうする事に決めたわ」

「成る程、私にお人形さんになれって事ね? ルブルの方は、私を人間と認めたわ」

 アンクゥは、立ち上がった。

 全身が、酷く痛いが、ジュダスが加減してくれたせいか、特に骨や内臓などにも異常は無く、能力を発動させる意志も、まだまだ残っている。

 彼は、自身の力を、奇形的な樹木へ向けて、送り込み続ける。

 空間を爆撃して、破壊する能力ソリッド・ヴァルガー。

 その力が、樹木を体内から爆破させていく。


「ははははっ、私はこの形態になると、もう人間の姿には戻れないかもしれない。でも、ディーバ全体なら、この姿でも守れる。私は樹木となって、ディーバ全体を守護するつもりでいるわ」

 破壊された部分が、簡単に再生していく。

 アンクゥは唸り声を上げる。

 いつの間にか、ジュダスとデス・ウィングが消えていた。


「メアリーッ! あの二人は?」

 メアリーは、幾つもの大砲の幻影を作り始めていた。

「ローザも気付いているだろうけれど、彼女が変身している隙に、二人共、去っていった。やっぱり、彼らはディーバの人達なんて、どうだっていいんじゃないかしら? 私達もかもしれない。…………デス・ウィングにお願いされてね、あるものの幻影を作り出して欲しいって言われて」

 アンクゥは攻撃を続けながら、メアリーの話を聞く。


「何を作ったんだ?」

「満月」

 アンクゥは何だか、呆れたような顔になった。

 どうやら、あの二人はまだ戦いを続けるみたいだった。ジュダスは満月の時に、全力を出せると言っていたか……、アンクゥは、彼らが本当にどうしようもない戦闘狂なんじゃないかと思い始める。

「俺は……本当に、まともなんだって気がしてきたよ」

「私も自分はかなり狂っていると思うけれども、やっぱり、本当に頭がおかしい人達には適わないみたいね…………」

 メアリーは額に指を置いて項垂れる。

 巨大な枝状の鞭がしなる。

 メアリーの左肩が、深く刻まれる。

 彼女は声にならない悲鳴を上げた。

 マルトリートで作った武器が、その瞬間に、簡単に消滅していく。

「うっ、くっ…………っ!」

 彼女は少しだけ、泣きそうな顔をしていた。

「やっぱり、駄目だ。私は自分が傷付けられる事に弱い……。ああ、本当に駄目ね……」

 そう言いながら、彼女は距離を離そうとする。

 樹木の枝が次々と伸びていって、メアリーの周りに集まっていく。

 メアリーは必死で、防御の為の幻覚を作成しようとする。

 彼女は、ぜいぜいっ、と深く息を吐いていた。

 アンクゥは、今度は、メアリーを取り巻く枝の群生を攻撃する。


 そして。

 その隙を突いて、アンクゥの背中が深く切り裂かれた。彼は地面へと突っ伏す。

 どんどん、押される一方だった。

 怪物は、変形を重ね続けていく。

 メアリーの透明な幻覚の盾が、作成した先から、あっという間に破壊されていく。

 ローザは強かった。

 彼女は、やはり、ディーバの守り神のような存在になりたいのだろう。

 絶望感さえ過ぎってきた。

 しかし……。

 突然の事だった。

 樹木の大部分が何か巨大なものによって、爆撃されていた。

 樹木全体が、爆破炎上していく。


「あら、頑張って、持ちこたえているじゃない?」

 メアリーとアンクゥは、空を見上げる。

 すると、巨大な白骨のドラゴンに乗った黒い長髪に真っ黒なドレスの女が二人を見下ろしていた。

「あれ、そこの赤髪君、何だっけ? 私の名前はルブル、よろしくね。それから、メアリー、助けにきたわよっ!」

 メアリーは、包帯を作って、左肩の傷口を押さえる。


「あら、ルブル。助けに来てくれたの。私の事をそんなに思ってくれていたのね……」

「何、当たり前の事、言っているの? だって、私達、仲間じゃない?」

 メアリーは驚愕し、しばしの間、茫然自失とした顔になる。

「そうなの、私よりも何倍も何十倍も酷い、ただのサイコなんだと思っていた…………」

 メアリーは、指先を額に当てて、唸る。


「ああ、そうだ。スフィアって子に会った」

「あら、そうなんだ?」

「私の城の中に放置していたけれどもね? 多分、死なないんじゃないかなあ。ディーバの様子がどうも変だったから、此処まできたの。ふふふっ、メアリー、生きていてくれてよかった」

 ルブルは何だか陶然としたような表情をしていた。

 奇形の樹木は、破壊された部分をただちに修復させていった。

 ルブルの白骨ドラゴンは、再び、口腔に熱を集めていく。

 メアリーも、意志の力で、自身のマルトリートをまた発動させていく。

 アンクゥも負けていなかった、ルブルへの追撃として、能力を使っていく。

 巨大な真っ赤なクラゲのような怪物が、樹木の中から現われる。

 ルブルは、すかさず、人形を取り出した。

 人形の眼球が、ぎょろり、と動く。


「クルーエル、あいつを倒せっ!」

 石化ガスが、散布されていく。

 クラゲは、徐々に石と化していった。

 クルーエルの力は、圧倒的に強かった。

 ローザは、戦慄いている。

 そして、ローザは地面へと崩れ落ちていく。

 三人は、ふうっ、と一息付く。


 ルブルは、ドラゴンを地面へと着陸させた。そして、ドラゴンから降りると、メアリーを強く抱き締めた。



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