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コキュートス  作者: 朧塚
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第六幕 死の風は冷血な舞台に吹き荒れる。 5

 氷帝はローザの寝室の中へと入り込んだ。

 ローザは、ぼうっと、何も無い空間を眺めていた。


「姫様……、ジュダスが……」

「分かっている…………」


 部屋全体から、唸り声が聞こえてきた。

 人間ではない、昆虫の金切り声や、機械の金属音のような。


「私の『ドゥーム・オーブ』を全力で使う。ジュダスも、デス・ウィングも始末する。そして、ルブルも……二度と、人間には戻れないかもしれない。それでも、私は私の街を愛しく思っているから。あの二人には消えて貰う。私も死を覚悟しなければならないみたいね…………」

 ぞわりっ、と氷帝は震えていた。

 ローザの眼は、まるで底知れない静謐さを讃えていた。



 ルブルはウィンディゴで一番、高い場所である時計塔から、遥か遠くの地平線の向こう側で、天候に異常が生じている事を知った。

「もう、スフィアはどうでもいいわね。……メアリー、大丈夫なのかしら? あの子、多分、何処かで、まだ私を信じていないでしょうけれども。まあ、いいわ。私もそんなものでしかないから」

 彼女は、人形を取り出した。


「クルーエル、メアリーを助けに向かいましょう? 私の愛しい弟。貴方の全力を使うのよ。私も、私の全力を使うから」

 彼女は『カラプト』を街全体へと使う。


 街がばらばらに解体されて、組み換えられていく。

 それは、テントや鉄骨を組み換える作業にも似ていた。

 出来上がったのは、巨大な翼を持つ骸骨のドラゴンだった。

 彼女は、ドラゴンの背中に乗る。



 ジュダスとデス・ウィングは、お互いを牽制し合っていた。


 どちらも、中々、消耗しない。

 ジュダスは、影によって人々を飲み込む事によって他人の命を吸収して、自分の傷を容易く再生させていた。対するデス・ウィングは、肉体を損壊されても、霧の身体故に平気でいた。お互いを殺害する手段は、ひたすら、互いの消耗を待つばかりだった。

 ジュダスは遠くから近付いてくる気配に向けて吼えた。

「で、貴様らは何だ?」

 彼は叫ぶ。

 巨大な翼が、森を包むように広がっていた。


「ああ、俺達はその何だ。“偽善”だっ!」

 アンクゥは声高に叫んだ。

 口にして、彼はとても恥ずかしそうな顔をしていた。

 ジュダスは馬鹿にしたような視線を二人に向ける。


「そうか、偽善か。俺は今、悪意と戦っている。お前らに興味は無い。見逃してやるから、さっさと引く事だなっ!」

 狼は吼えた。

 更に、ヘル・ブラストによる影が蔓延していく。森全体が、影によって飲み込まれていき、生命が朽ち枯れていく。

 森全体を喰らい尽くして、ジュダスの放っている黒色の光は、辺り一帯を覆い尽くし始めていた。


 アンクゥは……。

 ソリッド・ヴァルガーを全力で、ジュダスに向かって、叩き込む。

 そして、メアリーが、追撃として、イメージにより作り出した無数の剣や岩石などをジュダスに向かって、降り注いでいく。

 デス・ウィングはしばしの間、困惑していた。

「お前ら……何だ? 私の戦いなんだが…………」

 彼女は呆けたような声で言った。

 アンクゥは、自身の能力を、連続して狼へと叩き込んでいく。

 爆撃のような音が、周囲に鳴り響いていく。

「貴方は何?」

 メアリーは、デス・ウィングに向かって訊ねる。

 デス・ウィングは、どう答えればいいか分からない表情になる。


「お前は……スフィアの事はもういいのか?」

「何で、あの子の名前を知っているの?」

 今度は、メアリーが少し、驚いたような顔になる。


 デス・ウィングは、気まずそうな顔をする。

「お前らが殺し合ってくれるのを見たかったんだが。スフィア、あいつ、駄目だよ、どうしようもない、今頃、ルブルの城で死んでいるか。一人で泣き喚いているんじゃないのか?」

 デス・ウィングは…………。

 メアリーの作り出した、大量のナイフを、全身に突き刺されていく。

「ふうん? あの子をおもちゃにしていいのは私だけなんだけれども? 貴方は何なの? 貴方はスフィアに、何かしたのかしら?」

 デス・ウィングが、身体に突き刺さったナイフを、一本、一本、引き抜いていく。

 彼女はナイフが刺さっていた部分から、霧が噴き出してきて、肉体の損壊が修復されていく。


「お前はスフィアが大嫌いなんじゃなかったのか?」

「…………人間の感情って複雑で。貴方は、どうも、ルブルやローザやジュダスと同じ臭いがするわね。性根が腐り切っている感じがする。まあ、私もまったく人の事は言えないのだけれども」

 デス・ウィングは鼻で笑いながら、メアリーを見ていた。


 メアリーは、軽蔑するように彼女を睨む。

 お互いに、どうも、虫が好かない感じだった。

 メアリーは、どうしようもないくらいに、彼女も不気味に思えて仕方が無かった。ルブルやローザとは、違った感覚で気味が悪かった。


「貴様らの馴れ合いの最中悪いんだが」

 大地が振動する。

 咆哮が響き渡る。

 狼はアンクゥの全身を右足で押し潰しながら、デス・ウィングとメアリーの二人を睨んでいた。

「ローザがどうやら、能力を発動させているようだが? 俺だけで無く、お前ら全員も始末するらしい。どうする?」

 そう言って、ジュダスはアンクゥを蹴り飛ばして、二人の下へと放り投げる。

 まだ、赤髪の男は息があった。どうも、ジュダスは手加減したみたいだった。


「私はディーバの奴らは、みんな共犯だと思うな?」

 デス・ウィングはジュダスに言った。


「ジュダス……、もういいんじゃないかと私は思うけれど? もう、みな、ぼろぼろだろう。これから、苦しみ、悲しみながら、生きていくかもしれない。私達は全員、邪悪なんだが、正しい部分を持っていても、いいんじゃないのか? 何が正しいか知らないが。たとえば、人間にもう少し、期待するだとか……」

「ふん…………」

 狼は鼻で笑った。


「デス・ウィング、出来れば、満月の夜にもう一度、この俺と戦ってくれないか?」

 メアリーは不思議な顔で、巨大な狼を眺めていた。


「あら、貴方はもういいのかしら?」

「お前らのせいで、興が殺がれた。しかし、数百年ぶりに楽しめた。俺はディーバを離れる。しかし、やはり人間の世界は何も変わらないな? 欲望の渦によって、積み上げられている。これだけは言っておくが、背徳者という概念は、人間の裏の部分を指す単語みたいなものだ」

 ジュダスはそう言って、つまらなそうな顔で、再び、雄叫びを上げる。

 すると、影が徐々に収束していく。

 ディーバ中で荒れ狂っていた死の嵐は、あっけなく収束していく。


「じゃあな? 俺は自由だ。お前らも好きにすればいい」

 ふと、ジュダスは思い出したように止まる。

 そして、何だか、どうしようもないくらいに人間のような眼で、三名を見ていた。

「それからこれも言っておく、お前ら、この世界にはだ。死んだ方がマシな事もあるのだと、生まれてこなければよかった命もあるのだとな?」

 何か韜晦を込めるように、彼は言って、今にも走り去ろうとしていた。


「あら、それは無いんじゃないかしら?」

 唸るように、一面に声が響き渡る。

 城の塔の一角だった。

 真っ白なドレスを身に纏ったローザが、四名を眺めていた。

「私のディーバをよくもこんな風にしてくれたものね? ジュダス。私は、まず、お前は始末する。それから、デス・ウィング、お前もやっぱり、トリッキーで理解不能だから、始末する。ああ、それから」

 ローザは、満面の笑顔で他の二人を指差した。


「貴方達は見逃す。何処にでも好きな処に行くといいわ」

 メアリーの顔は引き攣った。彼女は全身の毛が逆立つような気がした。


「それは私達はつまり……」

「ええ、馬鹿にしている。私の敵では無いと思っているわ。ルブルとかいうのも、私の敵じゃあない。あちらの方はさすがに、死んで貰うつもりだけれどもね?」

「そう」

 メアリーは、マルトリートを発動させていく。

 彼女の顔は、怒りで引き攣り始めていた。


「もう、この辺りは私の“食卓”になっている。婚礼の儀式も始まっている。大人しく、死んで貰えないかしら? デス・ウィング、私は貴方を殺せないかもしれないけれども、追い払う事くらいは出来るかも。永遠にね?」


 デス・ウィングは、ローザに対して嘲る笑みを浮かべる。

 何も無い虚空の中から、何かが生まれようとしていた。

 まず、最初に見えたのは、大きな目玉だった。

 メアリーは思う、おそらくあれは何かの胎児なんじゃないのかと…………。

 大地が波のようにうねる。

 ローザの肉体が変形していった。


「もう、人間には戻れないかもしれないけれども、仕方無い事なのよ。貴方達が悪いのだから…………」

 気を失っていたアンクゥは目を覚まして、顔を上げた。


「ヘリックスの次元転移に似たような事を、私は出来る。あるいは、私は彼に出会ってから、私の能力が成長したのかもしれない。私は私の破壊のイメージを私の中へと取り込む」

 轟音が、何処からか、何度も響き渡っていく。


「食卓の最後の力、この辺り一帯を亜空間へと変えるつもりよ」

 ローザはそれだけ言った。



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