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コキュートス  作者: 朧塚
3/33

第一幕 極寒の刃が吹き荒れる地で。 2

 魔女が魔女を生み出す。

 憎しみと愛情の反復が、人を魔女にする。

 ………………。

 ………………。


 メアリーはスフィアに対して、強い嫉妬を抱いていた。

 彼女の幸福を握り潰してしまいたいと願っていた。


 自分の境遇は、一体、何なのか分からない。

 今でこそ、経済的には、安定してきたのだが。十二の時に、この屋敷に入ってきて、メイドとして働く事になってから、彼女は自分の人生とは一体、何なのかと思い始めていた。

 毎日、毎日、シーツを洗ったり、部屋の掃除をさせられたり、メイド長などから叱られたりで、ずっと嫌気が差していた。

 寝る間も無く、貴族達の世話をさせられるのは、本当に嫌気がしていた。特に、パーティーなどがあると。ひたすらに、忙しくなる。

 そんな風に、暗渠の只中で生きているのは苦痛でしか無かったが。みんな、どうせ同じものなのだろうかとも思った。

 スフィアの存在が無ければ、割り切れていたに違いない。

 みんな、苦労して、苦悩して、立派に大人になっていくものなのだ。そいて、自分は衣食住を十分に与えられている。恵まれている存在なのだ。

 しかしだ。

 割り切る事が、どうしても出来なかった。


 そう。

 自分だって、平等な筈なのだ。他人を支配する権利が与えられている筈なのだ。

 そんな捻じ曲がった歪な棘が、彼女の心の中で、徐々に生まれていった。

 幼馴染の少女。

 スフィアを見ていると、みなから愛されていると思った。

 どうせ、彼女は二十歳を過ぎれば。今よりも、ずっと綺麗になって、街の若者から愛されて、玉の輿にでも乗るのだろう。そんな妄想と呪詛に支配されて仕方が無い。

 ……私だって、お姫様になりたい。豪勢な生活がしたいんだ…………。

 そう思いながら、彼女はこの世界を憎んでいた。

 二十歳を過ぎれば、憎しみなんて無くなるのだろうとも思った。けれども、無くならなかった。ただ、ひたすらに大人という糊塗された笑顔の仮面ばかりが顔に張り付いていた。

 ぼんやりと。

 まるで、空ろな幻影のように。孤児院時代の事を思い出す。

 スフィアの顔が、ちらついている。巧く、くっきりと思い出せない。

 自分はあの頃は、幸せな世界にいたような気がする。今の状況を、どうにか抜け出せないだろうかと。思ってしまっている。

 メアリーは、他のメイド達を密かに軽蔑していた。

 おそらくは、後、何十年もの間、貴族達に仕えて。適当に、忙しく人生を送って。適当に、同じ事の繰り返しで、生きていくのだろう。楽しい事と言えば、同僚との間で交わす愚痴や休憩時間のティータイム。そして、寝る前に読むラブ・ストーリーの短編小説。何もかもが、下らない。

 大体、メイド達はお見合いによって結婚していく。そして、たまの休日に夫と会って、ささやかなバカンスを楽しむ。子供が出来れば、しばらくはその子の専用の部屋に預けられて、しばらくしてその子供が成長すると。大体、その子供は何処か別の場所へと奉公に出される。

 抜け出す為の希望、それは。

 この地方に伝わる魔女の物語。

 もし、自分が魔女だったらいい。そうすれば、今の自分を変えられる。

 スフィアが悪いのだと、思った。

 彼女がいけないのだ。メアリーの心を掻き毟る彼女がだ。

 窓から、夜風が入ってくる。メアリーは、暗闇を見ていた。見上げれば、暗黒の天空が広がっている。

 ふと、何かが聞こえたような気がした。


「……まさか、ね?」


 彼女は渡されている、十字架を握り締める。信仰の証だ。

 幼い頃に、思っていた。誰かが、自分を連れ去っていくのだろうと。幼い頃だけじゃない、貴族達に仕えるようになってからも、ひたすらそんな事を感じていた。

「どうせなら、いっそ。此処を逃げ出して、飢え死にしようかしら? それもいい。それも悪く無い」

 逃げ出した処で、何があるのだろう?

 生き残ってしまっても、後はもう、娼館にでも行って、娼婦として生きていくしか無いんじゃないのだろうか。彼女達は、酷く軽蔑されている。最後の職業なのだとも言われている。一部の男達は、夢見がちで、彼女達をロマンスの対象にしているが。現実は、彼女達は、極めて差別的に見られていて。それに、心が病んでいる者達ばかりなのだと、聞かされている。

 彼女は、ぼんやりと、虚空を眺めていた。

 虚空の中には、薄っすらと、炎が燃え出していた。鬼火だろうか? この辺りの伝承で伝わっている、謎の怪火。

 メアリーは、両目を擦る。

 何も、いない筈だ。

 近くでは、雪兎が走り回っていた。

 可愛らしいが、何だか最近では、憎らしくもある。ああいった生き物は、何処までも自由だ。何処か、スフィアの輪郭と重なる。

 突然。

 雪兎の周りに、幻影の焔がちろちろと、燃え始めていた。

 メアリーは絶句していた。

 見る間に、兎は焔によって、焼かれて、燃え殻へと変わっていく。

「魔女が……、いや、違う。……これは、私がやったの?」


 …………。

 それは、一年近く前の事だった。

 メアリーは、約一年もの間、この力の使い方をコントロールしようと思っていた。

 どうせ、未来に何の希望も無いならば。全て、何もかも、壊れてしまえばいい。

 そんな、悪魔的な選択を彼女は選んだ。



 グラニットの街では、聖夜祭が行われていた。


 燦々と、街が松明の明かりで輝いている。

 スフィアの家は、この何ヶ月かで少しずつ生活費から削って溜め込んだお金を使って、それなりに楽しいささやかな聖夜祭の準備が行われていた。

 彼女は樅の木などに、飾り付けを行っていた。

 拾った松の実や、どんぐりなどを飾りにしていた。

 此れから先の一年も祝福出来るように、それぞれお星様に見立てているのだ。

 彼女は願い。自分の周りの者達が、みんな幸せになれればいいかなあ、と。

 この辺りの者達は、貧困なりに。それなりに人生を楽しく送りたいと願っている。

 スフィアは、聖夜祭に向けて、買出しに出掛けていた。

 街は凍えそうなくらいに寒い。


「あら? スフィアじゃない?」

 彼女は、ううん? と、見知った。その声を知る。

「あ、メアリー。久しぶりだねっ!」

 スフィアは久々に見た、年上の友人に会って笑顔が零れ落ちる。


 メアリーは淡い金髪の中に、黒檀のような黒の髪が混ざり、長い髪を縛っている。

 彼女はスフィアの数歳年上の友人で、スフィアと同じように孤児院育ちだった。

 孤児院の人間は、十二を過ぎると。色々な場所にもらわれていったり、働きに出される。メアリーは、十二を過ぎてから、十年くらいの間、街の領主の下でメイドとして働きに出された。

 スフィアは運よく、たまたま、流行病で子供を無くした老夫婦の下へと送られたのだった。

彼女は苦労人なんじゃないかなあ、とスフィアは漠然と思っている。

「ふふっ、スフィア。髪の毛がぐしゃぐしゃよ」

「あっ、先ほど降っていた雪が髪にこびり付いて、頭、ぐしゃぐしゃに濡れちゃって」

 メアリーは、強くスフィアを抱き締める。

 どうやら、メアリーは街の下まで、買い出しに来ていたみたいだった。

 丁度、領主の誕生日が聖夜祭の日の一日前だ。

 その時のパーティーの為に、今、コックなどが忙しく料理の仕込みを行っているらしい。

「あ、そうだ。スフィア、一緒にお茶でもいかがかしら?」

「あ、うん」

 スフィアは貧乏ながらも、慎ましく暮らしていくのがいいなあと思っていた。

 これから、どんな風に生きていくのか、まだ分からずにいる。

 十代のぼんやりとした頭では、とても色々な事を考えられる余裕なんて無かった。


 …………。

 それから、数日後に、メアリーは、スフィアの前で、グラニットの者達を燃やした。

 何故、彼女がそんな事をしたのか、スフィアにはまるで理解が出来なかった。



 スフィアは茫然自失に陥っていた。


 グラニットの街にある、スフィアが住んでいた村は、聖夜祭の日に焼け爛れてしまった。

 生き残った村人は、どうやら、何名かいたみたいなのだが。いずれも、たまたま、買い出しの為に。村の外に出ていた者達ばかりだった。

 スフィアは放心状態のまま、自分の家の中に閉じ篭っていた。

 戸棚の中などに入っているパンや林檎、葡萄酒や干し肉などを口にして、飢えを凌いでいた。農業と牧畜を行っていたガルドおじさんは、もうこの世にいないのだと、どうしても、頭の中で理解する事が難しかった。

 暖炉の炎を燃やすのが、怖かった。あの炎が、眼に焼き付いて離れなかったから。

 ただ、何故だか、メアリーを憎む気にはなれなかった。

 むしろ、彼女が何故、自分を此れ程までに憎悪していたのか分からない。

 何が、彼女をそこまで追いやってしまったのだろうか?

 自分には、一体、何の責任があるのだろう?

 理解しなくてはいけない。けれども、理解する事が酷く難しかった。

 どうすればよかったのだろうか。

 何が、彼女を追い詰めてしまったのだろうか?


 …………いくら考えても、分からなかった。

 スフィアは、あの廃城へと向かった。

 確か、水月がいる筈なのだ。

 ふと、スフィアは気付いた。

 此処、数日間くらいの記憶が朦朧としている。

 記憶が、まるで抜け落ちているかのようだった。確かに、食事を取ったり、寒い中、毛布に包まっていたりしたのだが、どうしようもなく、現実感が剥がれ落ちていた。

 助けを求めるのならば、彼女しかいないと思った。

 メアリーの事……何故、彼女はあんな事をしたのだろうか?

 まるで、理解する事が出来ない。

 水月は不思議な感じがした。

 何か、相談してみたくなる。

 今は、何もかもを、考える余裕が無くなっている。

 自分は、まるで、生きている事が罪なんじゃないかと思わずにはいられない。実際、メアリーは、そのような事を言っていた。

 ……何故、メアリーは私の事を大嫌いと言ったのだろう……?

 全て、混乱している。

 ただ、あの虐殺の映像ばかりが、何度も頭の中を反復していく。

 どうやっても、消し去る事が出来そうにない。

 ぞぞっ、と。風が吹き抜けてくる。

 コートの中にも、風が入り込んでくるかのようだった。

「おや、元気にしていた?」

 廃墟の暗闇の中から人影が現われる。

 煤けたニットの服にマフラー、ズボンを穿いている。

 この寒空の下、何故、彼女はそんな薄着でも平気なのだろうかと思ってしまう。

「ああ、酷い惨劇があったみたいだな? 私は現場に向かったよ。素敵なくらいに、酷い有様だったな?」

 水月は、くっくっ、と笑っていた。

 その笑い方が酷く不気味だった。

 スフィアは、何とも言えない感情に襲われる。

 おもむろに、水月は、バッグのようなものを開けて、中から何かを取り出す。

 それは、奇妙なオブジェだった。

「何ですか……それ……」

「いや、ほら。これはさ、焼け死んだ人々の死骸が沢山あっただろ。みんな、酷い焼死体になっていたな? 素敵だなあ、と思って、色々、加工してみたんだ。ちなみに、これはイヤリングだ」

 水月は屈託の無い満面の笑顔で、黒ずんだ顎の骨の部分に、耳に取り付ける為の金属の輪を嵌め込んでいた。

「ちなみに、それから。私の後ろにあるもの、かなり拾ってきたんだ。死体達を、みんな美しい姿になっていたからな。私は、思わず見惚れながら、沢山、拾ってきてしまった。だから、私の後ろには、結構、置いてあるよ?」

 見ると。

 水月の背後には、無数の炭化した死体達が、横たわっていた。

 もしかすると、スフィアの知っている村の人達の誰かだったものかもしれない。

 スフィアは思わず、呟いていた。


「悪魔……」


 スフィアは心の底から、目の前にいる女が、異常者以外の何者でも無い事を理解する。

 スフィアを此れまで支えてきていた価値観が、見るも無残に崩れ落ちてしまいそうだった。

 今、感情を整理する事が出来ない。

 どうすればいいのか分からないし、現実感がまるで無くて、夢の中を彷徨っているかのようだった。

 きっと、酷く悪い夢を見ているのだろう。

 だから、今度、会う時は。きっと、メアリーは優しく、スフィアに話し掛けてくれる筈なのだ。

 早く、夢から醒めればいい。

 そうすれば、以前と同じような生活が待っている筈なのだ。

 思考を整理出来ずにいる。

 そうだ。水月と……彼女と、出会ってから、自分の人生が少しずつ、おかしくなり始めているような気がする。

「スフィア。私はお前の結末を見てみたい。お前がどういう人生を歩むのかを見てみたい。ふふふっ、くくっ、今、とっても楽しい。お前の顔が絶望に歪んでいるのがな?」

 目の前の女の瞳に映るのは、底知れない程の漆黒だった。

「私は人間の持っている邪悪さを可能な限り見てみたい。お前がどんな舞台劇を演じるかが、見たいんだ。分かるかな?」

 メアリーは……。

 彼女のせいで、おかしくなったんじゃないのか?

 そんな思いがしてならない。


「貴方のせいで……メアリーは、私の友達は…………」


 水月は、くっくっ、と笑いながら首を横に振った。

「何があったのか知らないけれども、スフィア。お前の友達の事なんて、私は知らない。私はただ観察していただけだ。お前の友人達には、余り、何も興味が無かったから。友達がどうしたんだ?」

「メアリーが、みんな、殺したのっ! とぼけないでっ! 貴方のせいでしょう?」

 スフィアは、彼女に精一杯の敵意を向ける。

 水月は、首を横に振る。

 そして、酷薄な笑みを浮かべる。


「メアリーとかいうのは知らない。私はお前の友人の誰にも会っていない。私は、村が火事になったのを知って、焼け跡から宝物を拾い集めただけだ。しかし、私はお前の運命が知りたい。どのような生涯を送るのかをな?」

 スフィアは、理解する。

 おそらく、目の前にいるこいつは、間違いなく本物の悪魔か何かなのだろう。

 酷い離人感に襲われた。

 終わらない悪夢の迷宮を彷徨っているかのようだった。


「…………私、これから、一体、どうすれば…………」


 水月は、廃墟の中にある自身の荷物を漁っていた。

 古びた箪笥の中から、何か、小さな箱のようなものを取り出す。

 彼女は箱を開く。すると、中から、カードの束のようなものが出てきた。

 そして、水月は、泣きじゃくるスフィアの前で、カードの束を広げる。

「そうだ、スフィア。お前のこれからの人生を、タロット・カードで決めてしまおう。きっと、良い結果になるんじゃないのか?」

「え、えっと、…………タロットですか?」

「ああ、由緒正しき歴史のある占い方法だ。占いで、お前の人生の命運を決めてしまおう。お前は人生を捻じ曲げるべきだ。そうなんだろう?」

「占いで、ですか?」

「ルーレットとか、ダイス・ロールよりはマシだろう?」

 そう言いながら、水月は、サイコロを取り出す。

 ぱしっ、と。水月は、カードを引いていく。

「成る程……メアリーとかいうのは、お前の事が大嫌いなんだな?」

「そうなんですか…………」

 ぱしっ、と。彼女は、またカードを引いていく。

「お前に対する被害妄想と嫉妬心が強い。人格に問題があるんじゃないのか? この女、相当、妄想癖が強い。……自分の生きている環境が嫌だったんだろうな? お前が、どうも酷く羨ましく思えたらしい。自分の境遇のやるせなさに対する象徴を、どうも、お前に求めたらしい。いや、私は自分の事を棚上げして言うが。本当に、酷く歪んでいる女だと、思うぞ? こいつは」

 水月は、くくくくくっ、と不気味に笑い続けていた。

 そして、少しだけ、唇を引き攣らせていた。

「しかし、こいつ……このメアリーとかいう女、……私が言うにも、何だが……頭がおかしいんじゃないのか……? ……中々、私好みの異常者なんだが…………」

 水月は、カードを引きながら、勝手に一人で何かを納得しているみたいだった。

 そんな光景を見て、スフィアは何だか、思わず可笑しくなって、不覚にも何だか、拍子抜けしたような気分になっていく。

「そ、そうなんですか? …………メアリーって……」

「そうだな。大きな力をたまたま手にしてしまったから、お前に“復讐した”らしい。ああ、そうだ。こいつ、何か、大きな者に縋りたがっているのか? しかしまあ、随分と、お前に対しては、作り上げた仮面の顔で、接していたらしいな?」

「て、て、適当な事、言っているだけなんじゃないですか? 水月さんっ! 本当は、全部、何もかも、知っているんじゃないんですか?」

 スフィアは、少しだけ、腹立ち混じりに感じながらも、動揺の声を上げていた。


「馬鹿にしてはいけない。タロットは的中するぞ? お前達の事情なんて、私は何も知らない。どうだっていい。ただ、どういう原理か知らないが。タロットは当たる。心理学の応用なのか、対話の技術なのか何なのかは知らないが。タロットは的中する。それにほら、このカード・デッキは、私のお気に入りの一つなんだ」


 くくくくっ、と水月は笑い続ける。

「このカード・デッキを作った奴は、面白い奴だぞ」

「何なんですか? その人は」

「ああ、アレイスター・クロウリーとかいう奴だ。何でも、凄い魔術師だったらしい。まあ、もっとも、このデッキ自体は割と、何処にでも出回っている。問題は、このデッキ自体、闇市で手に入れたんだが。何でも、持ち主の占い師が拳銃自殺を行ったらしい。自殺の際に、一発だけ弾丸の詰まったリヴォルバーで、ロシアン・ルーレットを行って、五発目で自身の頭を吹き飛ばしたらしい。そういうアイテムは、最高だ。非常にいい。何で、このデッキの持ち主は、普通に自殺しなかったのか。わざわざ、自殺をルーレットにしたのか分からない。五発、自分の頭を撃ってみて、助かったのならば、生きるつもりだったのか? 一発、自分の頭を撃つ事に、メモを残していたらしい。そのメモの内容も最高で、徐々に、自分の作り出していく狂気に引きずられながら、書いている。メモも別売りで購入した。察するに、どうやら、自身の能力を高めたくて、死の擬似体験をしようとしたのかもしれないな? 死と隣合わせになる事によって、自身の能力を引きずり出すとかいう伝承は、各地で知られている。私は、人間の持っている、そういう精神の歪さが、大好きなんだ」

 水月は、明らかに異常な趣味嗜好を延々と語り続ける。

 スフィアは、どんどん、彼女の言動のおかしさについて、飲み込まれていく。

「まあ、そういういわく付きの占い道具なら。信用しても構わないだろう? という事だ」

 と、水月は、飄々とした態度で落ちを付けるように言った。

「水月さん……、私の事、おもちゃか何かだと思っているでしょう…………?」

「そうだな、それは、間違いないだろうな」

「うう…………」

 スフィアは、地面に膝を落として、崩れ落ちる。

「で、どうしたい?」

 彼女は、相変わらず、含み笑いを続けていた。


「お前の人生は、メアリーとかいう奴に。粉々に破壊されてしまった。お前は、自分の人生を、これからどう過ごせばいいか分からないんだろう? 本当に、どうするんだ? お前にとって、彼女は憎いのか? どうなんだ?」


 そんな事を言われて、スフィアは困惑していた。

「決め方が分からない? ちなみに、助言なんだが。私は、お前も、メアリーに復讐する事を望んでいる。もし、そうするのなら、私はお前に存分に手を貸したいと思っている。どうだろうか?」

「嫌です……」

 スフィアは首を横に振った。


「私は、私は…………メアリーと、また、仲良くなりたい……誤解だから、全部……」

 水月は、ふむ? といった風に、神妙な顔になる。


「成る程。それもいい提案なんだが。いいのか? お前は、彼女の事が憎くないのか? お前の人生は、彼女によって破壊されたんだぞ? お前の他の友達もみんな死んでいったんじゃないのか? どうなんだ? お前の親代わりだった者もだろ?」

 スフィアは、声を強めて言う。


「メアリーは。私の姉みたいなものだった。私、お姉さんが、もし、お父さんを殺したとしても。私はお姉さんを全部、憎んだり、恨んだりする事なんて出来ないよ。どうやったって、私、メアリーを嫌いになり切る事なんて出来ないし、今でも、あれが現実に起こった事なのか。全然、頭の中で整理し切れなくて、明日になれば、悪い夢から醒めるんじゃないかって思ってしまうんだよ、全部、幻だったんじゃないかって、まだ、思っている」

「成る程な」

 水月は、これはこれで楽しげだった。


「最高だ。お前は、人間は善か悪かで。善の方を信じているんだな? 上出来だ。もしかすると、お前のその、他人に対するどうしようも無い程の善意や愛嬌やらが、かえって、彼女の怒りを最大限に引き出した可能性があるのだとしても、それはそれで素晴らしいと思う。人間はどうしようもなく、分かり合えないな? 私は、純粋な善意や愛が、結果として、対象を押し潰したり、対象の心を捻じ曲げて追い詰めたりしたとしても。それは、本当に素敵な事なのだろうと考えている。私は見てみたい。人間の善意の先に、何があるのかを。私は、悪意の塊でしかないけれども。それでも、善を為そうとする人間は美しいと思うし、屈託も無く、自分を不幸にしてしまった他人を真摯に赦そうと思える奴ってのは、本当に美しいとも思う。スフィア、私は人間というものが、一体、何なのか。未だ、分からずにいる。…………そうだな」

 水月は、少しだけ眼を閉じる。


「スフィア、私に生きる意味を教えて欲しい。私は、人間の悪意の先には、何があるのかを知りたがっているのだけれども。同時に、人間の可能性も見てみたい。お前は、私の生きる理由の一つに成り得るのだろうか? それは、とても興味深い事だな?」



挿絵(By みてみん)


スフィア


挿絵、桜龍様。

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