第六幕 死の風は冷血な舞台に吹き荒れる。 1
スフィアはやたら滅多に、ゾンビの集団から逃げ回っていた。
身体中、引っ掻かれたりして、切り傷だらけになったりしていた。
彼女はナイフを振り回す。
ゾンビ達はそのナイフを恐れながらも、自ら立ち向かっていった。
ナイフでかすった部位は、ぼろぼろと、腐るように剥がれ落ちていく。深く突き立てられるようものならば、簡単に全身が崩れ去ってしまう。
ルブルは、離れた場所から、スフィアの能力を分析していた。
「あの子、……結構、強い能力者になるんじゃないのかしら? メアリーも凄かったけれども、もしかすると、あの子も凄く強くなるかもしれない。いいわね、彼女を何とか、此方側に引っ張っても。……メアリーと仲直りさせて、メアリーが私の事を全てだと思ってくれたのならば。あの子を仲間に引き入れてもいいかもしれない」
ルブルは先ほどの激昂が収まりつつあった。
我ながら、少々、取り乱してしまったなと恥ずかしげに思う。
しかし、こんなに自分の中に人間らしい感情が眠っていたとは思ってもいなかった。
「デス・ウィングが言っていたように、私の中で人間みたいなものが芽生えつつあるのかしら? メアリーに対する感情も、最初は駒みたいなものとしか思っていなかったけれども。けれども、私は彼女の事を愛しく思っている。……私は背徳者じゃ無くなっていくのかしら?」
あるいは、そもそも、背徳者というものは、あくまでも“概念”であって。持って生まれた背徳者と呼ばれている者達の存在そのものの基盤になっているものではないのかもしれない。つまり、背徳者とは蔑称の事であって、結局は人間らしい部分もボーダー・ライン的に存在していて、それはとてつもなく曖昧なものでしかないのではないのか。
どんな悪人にも、善性の部分があるように。
背徳者と呼ばれる者でさえも、状況と何かによって起こった出来事による心境の変化によっては、容易く人の領域へと戻っていくものなのかもしれない。
…………あるいは、能力者が簡単に背徳者へと変わっていくという事も同じものではないのだろうか。
「って思うと、人間、という生物種は一体、何なのかしら?」
ルブルは柄にもなく、そんな事を真剣に考える。
少しだけ、人間とは、何なのかを再定義する必要があるんじゃないのかと思ってしまった。
とにかく、今は、下の階でルブルが作り出したオブジェと戦っているスフィアを、どのように扱おうかを迷っていた。
……取り合えず、癪に障るので。もう少し、虐めてあげようかしら。
ルブルは、指先を弾く。
スフィアの周りで、地面から巨大な昆虫の脚のようなものが生えてくる。
それは、巨大なヒヨケムシという生き物へと変わっていった。
砂漠に住まう十本脚の蜘蛛だ。
ヒヨケムシが、スフィアの身体を食い千切ろうと迫る。
スフィアは必死で、ナイフを振り回し続けていた。
ナイフが、怪物に触れる度に、怪物は崩れていくが、ルブルの力によって、すぐに再構築されて、少女へと襲い掛かっていく。
背中を脚がかすめる。肩から、鮮血が噴き出した。
ルブルは適度に、スフィアを痛めつけながら、すぐには殺さない事に決めていた。
ヒヨケムシの口腔から、しゅるるうるっ、と糸のようなものが放たれる。
糸がスフィアの脚へと絡み付いていく、彼女は必死で糸をナイフで消滅させていく。
気が付くと。
小蜘蛛が、天井の辺りから、姿を現して大量に降り注いでいく。
そして、地面の砂粒からも、無数の蜘蛛やサソリやらが、這い出してきていた。
辺り一面は、砂漠のような場所になっているのに。凍えるような冷気を漂わせている。
この怪物達は、本来ならば、砂漠に生息している生き物なのだろうが。ルブルの魔力で作り出したモンスター達だ、きっと極寒の吹雪の中でも平気で活動を続けるのだ。
彼女は、自分の作り出す怪物に、絶対の自信を持っていた。
メアリーが散々、言っていた少女がどんな能力を持っていたとしても、作り出した怪物の強さで捻じ伏せられる筈だ。そう思った。
「わ、わ、たす、助けて、水月さんっ!」
スフィアは騒ぐ。
ルブルは、何だか、拍子抜けしてしまっていた。
……なんか、貴方が言う程、凄い子には思えないけれども、何でそんなに粘着しているのかしら?
ルブルは、半ば、呆れた顔で、走り回る少女を眺めていた。
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