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コキュートス  作者: 朧塚
13/33

第三幕 さかしまの時計台 1

「どうも、お前の能力を使えば、俺の力の分身ならば、送り込む事が可能だ」

 ジュダスはくぉぉおおっと、唸り声を上げていた。

 へリックスは、冷や汗を垂らす。

 こいつは、本当に、コントロールする事なんて出来ない奴なんだな、と感じた。

「ルブルとかいうのを始末すればいいのだろう? 問題無い。何処にいる?」

 へリックスは、ディボーネから渡された地図を取り出す。

 ジュダスは鼻で笑った。

「じゃあ、お前、その辺りまで案内して貰おうか?」

 ヘリックスは、更に、引き攣ったような顔になった。

「えと、えと、僕が率先して、ルブルの城の辺りまで行かないといけないんだけど……」

 狼は唸った。

 彼は冷や汗を流す。


「分かったよ、行ってくるよ、大体の場所は知っているからっ!」

 そう言いながら、彼は、走りながらディーバを出て行った。

 ……………………。



 魔女は寝台から、眼を覚ます。

 ルブルは、寝巻きから、黒いドレスへと着替える。

「メアリー、今度は私が戦う」

 メアリーは驚いたような顔をする。

 ルブルが、まるで、酷く何かを恐れているような顔になっていたからだ。

 彼女の顔は、心なしか蒼ざめてさえいるようにも思えた。

 ウィンディゴの城の中には、巨大な塔があった。

 そこは、時計塔になっている。

 かちかち、と逆向きに針が回り続けている。

 ルブルは明らかに、動揺を隠せないみたいだった。

「以前の刺客なんかじゃない、明らかに強大過ぎる、何かが迫っている。以前は、ただの使い魔だった。けれども、今回は……」

 ルブルは剣呑な顔で言う。

「背徳者そのものだ……」

 瞬間。

 どんっ、と地響きが聞こえた。

 城が揺れる。

 メアリーは窓を見て、絶句していた。

 それは、巨大な彫像のようにも見えた。

 時計塔の上には、巨大な狼が張り付いていた。

 狼は遠吠えを上げていた。

 その声は、ウィンディゴ全体に鳴り響いていく。

 ゾンビ達が騒いでいる。

 彼らは震えながら、蠢いていた。

 ゾンビ達が、次々と、黒い何物かによって、飲み込まれていく。

 どうも、それは彼らの足元にある影が、伸びて、彼らを覆い尽くしているみたいだった。

 メアリーは、今、どんな事態が起こっているのか、把握するのに、混乱する。

 それは、あっという間の出来事だった。

 メアリーの硬い硝子の盾が、紙屑のように破られる。

 そいつは、部屋の中へと入ってきた。

 狼は全身から、輝く黒色の光を放っていた。


「女、動くな。お前には興味が無い」


 メアリーは、ひたすら悪寒と戦っていた。

 背中から、何かが這い上がってくる。

 それは、何故か、何処か懐かしい気分さえ感じさせるものだった。これは確かに、知っている何かだ。もしかすると、人間というものはこれに出会う為に生まれてきたのかもしれない。


「お前は?」

 ルブルは訊ねる。

「俺はジュダス。地獄の大公にして、死を撒く者だ」

「成る程、『背徳者』というわけか」

 魔女はくすくすと笑っていた。

「歩く死体だろうが、何だろうが。俺の『ヘル・ブラスト』の前では、全て冥界へと向かっていく。ルブルと言ったか、お前もだ」

 狼は吼える。


「お前が、どれ程、その不死性を帯びていようが。この俺の敵じゃあない」

 狼は咆哮する。


 ぞわぞわっと、辺りから何かが這い上がってくる。

 メアリーはまるで動けなかった。

 ふと、自分が一体、何処に立っているのか分からなかった。

 確かに、この感覚は覚えている。

 自分は強い意志によって、死ぬ事を恐れなくなったのだと思った。

 背後から、何かが聞こえてきた。

 それは、まるで音楽のようだった。

 何かが、メアリーの耳元で囁いている。

 多分、この音楽は、人それぞれ別のメロディーとなって現われるのだろう。



「何だ? あれは?」

 デス・ウィングは、呆然とした顔で、巨大な狼を見ていた。


 あんなものは、今まで出会った事が無かった。

 どう言えばいいのか分からないくらいに、そいつの存在はとてつもなく強かった。

 隣には、他人の死が立っていた。

「おや、あれは何だろうね?」

「さあ? 私にも、分からない。あれは見た事が無い。一体なんなのだろうな?」

 デス・ウィングは、下顎に手を置いて首を捻っていた。

「あの狼の怪物が使っている力、あれは何なのかなあ? かなり、興味深いよねえ。一体、何をしているのだろう?」

 彼はただただ、笑っているばかりだった。

「さて、私は一体、何の為に生まれてきたのだろうね? そう思わないかい? 私は思うのだけれども、君の死も見届ける事が出来ると思うのだけれどもね?」

 デス・ウィングは、忌々しそうにドレスの少年を睨み付けていた。

 こいつの存在は、本当に不愉快だ。ずっと、彼女の隣で、悪夢のように寄り添っている。


「死が存在しているという事は、とても幸福な事なのかもしれないよ。そして、私もまた、死が存在しないのかもしれない。私はきっと“概念”そのものが人の形を取った姿でしかないのかもしれないからね。さて、君は人なのかな? それとも、人以上の何かに成り得ているのかな?」


 他人の死は、何も無い空間の中で、存在が浮かび上がっては、消えていく。

 彼の存在は、明滅するように、そこにある。

 ただただ、デス・ウィングのみに聞こえる声で囁き続けている。


「君は何の為に生きているのかな? 私はずっと不思議なんだよ。君はいつだって、私と同じように傍観者でいたがるね。でも、君はいつまで傍観者になりたがるのかな? いつまで、君は神の視点に立っていようとする事が出来るのかな?」


 他人の死は、無感動な声で言葉を紡ぎ続ける。

 デス・ウィングは、何だか少しだけ、楽しげな気分になってきた。

 見ると。

 ウィンディゴを彷徨っているゾンビ達が、何かによって苦しみ始めていた。

 さながら、それは地獄の責め苦にあっているかのようだった。

 きゅああああ、きゅああああっと、死人達は叫び声を上げ続けていた。

 何処か、不思議な気分だった。

 幼い頃に見た漠然とした死の恐怖が、頭を過ぎ去っていく。

 見ると、スフィアが寒いと言いながら、蹲っていた。

 彼女の背中にある影が長く伸び続いている。

 ドレスの少年は、笑い続けていた。


「ふふふふふふふふっ、ふふふふふふっ、君は何か気分が悪くならないのかな?」


 デス・ウィングは、困惑したような顔になる。

 確かに知っている。

 この感覚をだ。

 久しく忘れていたような気がする。

 あるいは、ずっと、何処かで恋焦がれていたのかもしれない。

 彼女は首を捻る。

 あの狼が、周囲に放っているもの、それによってスフィアが苦しんでいるみたいだった。

 そして、奇妙な事に、自分の心も不思議な気分に侵されているかのようだった。


「他人の死、私が人間だった頃の事なのだが」


 デス・ウィングは、ニット帽を深く被る。

 そして、ぱちっ、ぱちっ、と指先を鳴らし始めた。


「この感じを覚えている。知っている気がする。多分、これは死ぬ、という事に対するイメージだ。多分、人はこのイメージに囚われながら、生きているのかもしれないな」


 デス・ウィングは、狼と魔女の下へと歩いていく。

「私はもしかすると、この感覚を取り戻したいのかもしれない……」

 デス・ウィングは、どうしようもないくらいに、憧憬の念を抱いていた。

 ゾンビ達は、真っ黒な影の中へと次々と飲み込まれていった。

 影は、広がり、撒かれていく。

 壁が壊れていく。


 デス・ウィングは、少しだけ驚きの声を上げる。

 壁が、人体へと変わっていく。

 おおおぉぉぉおおぉぉおっと、辺りの建造物全体が唸り始めていた。

 そして、ぼろぼろっと、建造物の壁が剥がれ落ちていって、人体へと変わっていく。

 どうやら、この辺り一帯の壁という壁、建造物という建造物が、ルブルがゾンビ達を擬態させて作り上げたものみたいだった。

 建造物が、解体され、崩れ去っていく。ぼろぼろと、建物が人の姿へと変わり、闇の中へと飲み込まれていく。


 先ほどから聞こえている唸り声が、一層、酷くなり、さながら暴風のように聞こえ始める。

 どぉーん、どぉーん、という唸りと共に。

 真っ黒な底無しの孔の中に、辺り一面の建造物全体が沈んでいく。

 大地が振動していた。



挿絵(By みてみん)


挿絵、桜龍様より。

-デス・ウィングと他人の死-

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