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コキュートス  作者: 朧塚
11/33

第二幕 氷の魔女の大舞台 6

 ……ジュダス。

 彼は、自分の名前を言われて、目を覚ます。


 扉が開かれて、光が現われる。

 そこには、ヘリックスが佇んでいた。


「君はローザ様に仕えるつもりは?」

「無いな。死んでみるか?」

「いや、それは御免だね」

 ジュダスと呼ばれた者は、巨大な白銀の狼の姿をしていた。

 彼は、両脚に鎖が巻かれている。

 この部屋は、巨大な地下牢だった。壁一面に、彼を封じる為の魔方陣が刻まれて、記されている。それは、古いものから、新しいものまで、様々な模様が描かれていた。

「満月の夜には、人間になれるんだよねえ、君は」

 渦巻きの怪物と、狼の怪物は、それぞれお互いを睨み合っていた。

「そうだ。人間の形態の時ならば、俺は俺の持てる最大の力を使用する事が出来る。俺の能力である『ヘル・ブラスト』は、ローザごとき、いつでも終わらせる事が出来る。分かるか?」

「そう、そして。人間の形態の時は、僕の施した力から抜け出す事は出来ない。不便だよねえ」

 彼は、狼に対して、適切な距離を保てないか考えていた。

「交渉しない? 氷帝が手を焼いた敵が現われた。あの人、多分、前よりも強力になってやってくるよ。素質を感じたから、やっかいだよ。それから、ローザ様の食卓になっている街なんだけれども、能力者が逃げ出したという情報も入ってきている。どうするべきかなあ」

「ふん」

 ジュダスはせせら笑う。


「俺にローザの『ドゥーム・オーブ』は通じない。俺は人間の男が持っている特有の欲望が無いからな。俺には、食欲と破壊欲こそあるが。人間のそれじゃあない。俺が本当の力を取り戻したのならば、貴様らを引き裂く事は簡単だ。分かるか?」

「そうだねえ、僕は、正直、君がとっても怖いからねえ」

 そう飄々と言うヘリックスの声は、嘘も衒いも無いみたいだった。

「それで、相手の持っている力は何だ?」

「僕が確認した処によると、一人は幻影使い。幻影を現実のものにする。そして、もう一人は、あらゆるものを石に変えていく。かなり、やっかいだよ?」

「成る程、その規模はどれくらいだ?」

「まあ、まだ全貌が見ていないかもしれない。この先、更に成長するかも。取り敢えず、氷帝のフィールドにまともに応戦出来るくらいかなあ」

「成る程な」

「さて、交渉したい。君を自由にしていいかな?」

 ジュダスは鼻で笑う。

「俺を自由にする事が、何を意味しているのか分かっているのか?」

「どういう事かな?」

 狼は、恫喝するように言う。


「ディーバを死の世界にしてやるぞ? 忘れていないだろう? 俺も魔王の血族だ。俺も、背徳者だ。そもそも、俺を封印したのは、ローザじゃあない。もう、数百年も前なので、顔も忘れてしまったが、各国の強力な能力者達が、何十名も集って、俺を封じた。まあ、大概、皆殺しにしてやったんだが、中に俺の動きを封じる能力者がいてな」

 そう言いながら、狼は悔しそうな顔をする。

「そいつの顔も忘れてしまったんだが、まあ、そいつの頭を食い千切ってやったんだが。能力だけは残ってな。お陰で、この城の奥底に鎖で繋ぎ止められている」

「僕の次元転移の力なら、君の鎖を外せる。前々から、君は僕に目を付けていたよね」

「そういう事だ」

 ジュダスは、大口を開けて、ひょおぉぉぉぉぉと唸る。

 すると、扉の向こう側にいる見張りの兵士二人が、苦悶の声を上げる。

 ヘリックスは、兵士達を見る。

 すると、真っ黒な影のようなものが、昆虫の足のような形状で兵士達を押さえ込んでいる。そして、影はあっと言う間に、ジュダスの部屋の中に引きずり込まれると、彼の口の中へと収まっていく。

 ぼりぼり、ぐちゃりぐちゃりと、人間を丸齧りする音が盛大に響いていく。

 そして、ぷっぷっ、と、ジュダスは骨や鎧などを吐き出しながら、欠伸をする。

「俺の『ヘル・ブラスト』はこんなものではないぞ?」

「そうだね、僕も是非、見てみたい」

「ヘリックス」

 彼は告げる。

「死は影だ。死は生の影として顕現されている。人はみな、闇を嫌うな? 影を忌み嫌う。俺は死を撒く者だ。俺の通った場所は、死の世界に引きずり込まれる」

「ふふふっ、随分と凄く尊大な自信を持っているんだねえ?」

 彼は、吐き出した兵士の鎧を口の中に頬張って、がちゃがちゃと口の中で弄ぶ。

「ローザに伝えておけ。俺を解き放つのは止めろ。俺の力は最悪だ。何者も、俺を倒せない。魔女でさえもだ。いいか、俺は望んで、この牢獄の部屋の中に入っているんだぞ? その気になれば、抜け出せる事が出来る。けれども、やらない。どういう事か分かっているのか?」

 ヘリックスは、部屋を後にする。

「分かっているよ。君は……まだ、君の人間らしい部分が、君を抑制する。でも、力が強大過ぎて、自分でもまるでコントロールし切れない。でも、僕は……ローザ様は、君の力を借りたがっているんだよ」

 狼は唸り声を上げた。

 少年は、思わず耳を押さえる。



『背徳者』の定義とは、一体、何なのかとヘリックスは考える。


 強過ぎる能力者ではない。

 人間を人間だと思えないもの。

 おそらくは、それに尽きるのではないのだろうか。

 特徴としては、余りにも非人道的で、余りにも周囲に撒いてくる災厄が酷いものなのだと聞いている。

 そういった能力者を、最初に背徳者と呼び始めたのは誰だったのだろうか。

 あるいは、伝承の中から、生まれたのかもしれない。


 神に挑む力を持つ者、それが背徳者という存在なのだろう。


 ジュダス。

 あれは、確かに間違いなく拙い存在なのだと思った。

 この世界にあってはならない力の持ち主なのだと。



 スフィアには強い願いがあった。

 メアリーと和解したい。


 誤解を解きたいから。きっと、何かが間違えていたのだって。

 だから、旅をしなければならないと思った。

 きっと、何も分かってくれないかもしれないけれども。

 水月はいつも不思議そうな顔をしている。

 どう言えばいいのか分からない程に、奇妙なものを見つめるような目で、スフィアの事を見ている。

「私は人間の本質は、妬みだとか憎しみだとか、欲望だとか、そういったもので構成されていると思っている。どんなに塗り固めた言葉を使ってもだ。けれども、スフィア。お前は本当に純粋そうなんだな? それが興味深い」

「そうなんですかね?」

「お前は人間じゃないのかもしれないな。本当に天使なのかもしれない」

「うーんと、嘘ですよ、水月さん」

「嘘? 何が?」

「人間の本質がどうとか。貴方は、本当はそんな事、思っていないんじゃないかって、私は思うんだけど。どうなのかな?」

「成る程、私は偽悪的であると?」

「偽悪的っていうか、私よりも、全然、前向きなんじゃないかなあって。私なんか、今、もう、この凍える雪に埋もれながら死ねたら、どんなにいいのだろう。私は確かに思っているんです。思っているけれども、だって、それだと、どうしようもなく寂しいから。私は多分、自分の足で歩き出さないといけないんだと思う。私の生き方を見つけなければならないのだと思っている。私は今の気持ちを、まだ、言葉に出来そうにないのだから…………」

「そうか」

 水月はニット帽を目深に被って、何か表情を隠しているかのようだった。

「人間は美しいのか? 私はそれも知りたい。この世界の重力に耐え切れそうにない。なあ、スフィア。お前はもしかすると、可能性なのかもしれない」

「可能性? 分からないです」

「綺麗な人間がいるとするならばだ。まあ、それだけだ」

「綺麗な人間ですか、分からないなあ。会いたいんですか?」

「私は生きる事を望んでいない。死ねないから生きているだけだ。そういう者から見える世界はどうしようもない程に、空しくて、汚らわしい。人間の闇ばかりしか見ようと思っていない。きっと、お前は人間の美しい部分だとか、善なる部分だとかに焦点を当てられる者なのだろうな。そういう純粋さはとても大切なものなのだと思う」

 まるで、二人の間に、人間が総体的に持っている光と闇のコントラストが当てられているかのようだった。

「メアリーがね、いつだって、私の為に贈り物をしてくれた」

「贈り物?」

「うん、誕生日には、いつだって、花のブーケとか、絵本とか、カップとか、そういったものをくれた、彼女はとっても優しかったです」

「美しい思い出も、愛していた感情も、忘れて朽ち果てていくものなのかもしれないぞ?」

「でも、私は信じたいから」

「そうか、赦せないとか、無いんだな?」

「何がですか?」

「自分の人生を明らかに破壊した奴だぞ? お前の義理の父親も、友人達も、みんな彼女の手によって死んだ」

「また言っている、水月さん、私はまだ気持ちの整理が出来ないんです。でも、メアリーは生きている。多分、私はもしかすると、私自身を責めているのかもしれない」

「そうか、本当に頑固で、誠実で。あるいは、滑稽だな?」

 スフィアには本当に分からない。

 自分自身の感情が今、どうなっているのかさえも分からない。

 ただ、動かなければ何も始まらないのだと思った。

 前に進まなければ、どんな結果にも辿り着く事が出来ない。

「私、水月さんの言うように。自分の感情を理解したら。現実を受け止める事が出来たら、大切なメアリーを憎悪する日が来るのかもしれない。でも、今はただ、メアリーの事を想いたいから。親友だから、私のお姉さんのようなものなんだから。ねえ、水月さん、貴方には分からないよ」

「そうか。そうだな、私には分からない。私は人間じゃないからな」

「人間じゃないんですか……」

 ああ、と、水月は言う。

 そして、魔物だろうなあと言った。

「子供の時間がいつか終わりを告げるように、いつか甘い夢から覚めるのかもしれない。そして、自分の生きている時間が最悪なんだとお前は知るかもしれない。私は見ているぞ? スフィア、お前の心が砕け散っていく様を眺めていたいから」

 執拗に、水月は彼女の心に刃物を突き付けるような言葉を言ってくる。

 スフィアは思わず、溜め息を吐いた。

「あー、もう。あっ、水月さん」

 言われて、水月も気付く。

 街のようなものが見えてきた。

 スフィアは地図を握り締めて喜んだ。


「わあっ! 水月さんっ! 私、村の外を出るの初めてだったから。こんなに歩けるなんて思わなかった。凄いな、あそこ、どうなっているのかな?」


 そこは街だった。

 空には、一面に広がるオーロラが輝いている。

 見た事も無いような街だった。

 地図には無い場所だ。



 スフィアは、街にいる住民に話し掛けてみたりしていた。


「此処の街、何て名前なんですか?」

「ウィンディゴというらしい、地図には載っていないんだな?」


 水月は、街の看板を指差した。

 煤けた灰色のマントを目深に被った老人は答えた。

 グラニット同様に、何だか寂れた感じがした。

 遠くで見た時のように、厳かな感じはしない。

 街は何だか、ぼんやりとしているような感じがする。


 どう言えばいいか分からないのだが。

 土人形のような顔をした人々が、沢山、歩いていた。身に着けている服は、この辺りではよく見かけるような衣装だ。

 何だか、街の人間全員から生気が感じられない。

 何処か、此処は墓場のような印象を受ける。

 まるで、街に住んでいる人間全員が、何処か嘆き悲しんでいるように思えた。

 取り敢えず、二人は宿を取る事にした。

 宿の中では、暖炉の明かりが煌々と輝いている。

 やっと温まれるんだ、とスフィアは喜ぶ。

 二人は宿の中で眠りに付く。

 スフィアは疲れ切っていたのか、すぐにぐったりとして寝入っていた。

 デス・ウィングは、ふん、と興味深そうに彼女の顔を眺めていた。

 デス・ウィングはふと、彼女の潜在的な力は何なのかと考えていた。

 間違いなく、彼女は能力者の素質がある。

 しかし、それが何なのかはまだ分からない。

 彼女の運命の行く先を見てみたいと思った。

 きっと、何か面白いものを見せてくれるのかもしれない。

 ふと。

 この街全体から、瘴気のようなものを感じていた。

 そう言えば、此処はルブルのいる場所なのだ。

 住民達が何者なのか分からない。



 ヘリックスは、ローザの前にいた。

「ジュダスを動かすのはどうかと思います。やっぱり、僕が出向きましょうか?」

 ローザは真っ白なシーツに覆われた寝室の中で、くっくっと笑っていた。

「駄目よ。ヘリックス。貴方はディーバを守ってくれないと」

「ですが、敵はきっと力を付けてくる」

「そうね」

 彼女は思い出したように言った。

「ディボーネを行かせましょうか。私に焦がれても、まだ生きている男。彼なら、みんな始末してくれる筈」

 ヘリックスはその名前を聞いて、萎縮する。

 ローザのドゥーム・オーブに食われながら生き残った者、それがディボーネという男だ。

「何か、敵の匂いの付いた物はあるかしら?」

 ヘリックスは、メアリーの落とした服の袖の切れ端を取り出す。

「勿論、用意しております」

 シーツの奥から、少しだけ眼が見える。

 彼女はとても楽しそうに見えた。



 スフィアは、夢の中でもう一人の自分の姿を見ていた。

 おそらくは、スフィアが押し殺している自分なんだろうと直感的に分かった。


 きっと、彼女はメアリーの事を深く憎んでいる。

 自分の全身が跳ね上がるような感覚に襲われた。

 自分の中に、何かが眠っている。それは、確かな事のようだった。

 全てが、朽ち枯れてしまえばいい。

 思えば、自分はメアリーの事を姉だと思っている。

 そして、彼女は全てを焼き尽くしてしまった。

 そのイメージが、記憶の中で、何度も何度も反復していく。

 何故だか、奇妙な事に憧れさえ抱いていた。

 彼女のようになりたいとも思ってしまった。

 自分も闇の中に、飲み込まれていきそうだ。

 自分も、別の自分に支配されてしまうのだろうか。

 普通の人間だったら、メアリーをちゃんと憎めるのだろうか。

 彼女を憎悪して、敵愾心を抱いて、復讐の為に生きようとするのだろうか。

 けれど、そうならない。ならないのは、自分も何処かで、メアリーと同じ事を行いたかったからなのだろうか?

 もう一人の自分が、何か大きな力を授けようと語り掛けてくる。

 けれども、それを手にする事が怖くてスフィアは拒み続けている。


 ……………。

 彼女は目を覚ます。

 隣には、水月の顔が見えた。

 何だか、今日は何処か優しそうにも思える。


「ああ、そうだ。スフィア、この街なんだけれども」

 水月はふふん、と笑った。

「かなり、拙い事になっているかもな? 完全に敵の胃袋の中のような場所だ」


 スフィアは驚いた顔になる。

 何が、どうなのか分からない。


「多分、この街はそれ自体が、街ではない別の何かなんじゃないのかな?」

「別の何か、ですか?」

「ああ、それが何なのかは、さて」

 水月は、含み笑いを浮かべていた。

「取り敢えず、寝台がふかふかしていて、面白いぞ?」

 宿の部屋の中に、二人はいた。

 不自然なくらいに、綺麗な調度品が並べられている部屋だ。

 この辺りで使える通貨で、宿に泊まる事が出来た。

 水月は、寝台のクッションを何度も、押し潰すように指で押して、感触を楽しんでいた。



 メアリーはルブルの城へと帰っていた。


「そう、貴方のマルトリート。まだ、未完全なの、成長する必要がある」

「ありがとう……」

 ルブルは彼女を咎める事なく、それだけ言った。


 しばらくして、数時間程、経過していた。

不思議な違和感を覚えていた。

 何だか知らないが、得体の知れない感覚が込み上げてきている。

「ルブル、何かが来ている」

 魔女は頷く。

「貴方が何とかしてくれないかしら?」

 ルブルはふふっ、と笑う。

「貴方は私の右腕、違うかしら?」

「分かったわ」

 メアリーは、先日の戦いにおける敗北の事を思い出す。

 何者かが、窓の壁を叩く音が聞こえてきた。

 メアリーは窓を見る。

 すると。

 ぶしゃあっ、という音がして、何かの腕のようなものが見えた。


「ルブル。貴方のゾンビがおいたをしているんじゃないのかしら?」

 メアリーは、少し呆れたような声を出す。

 彼女はそう言いながらも、マルトリートを使い始める。

 幻覚で作った斧を握り締める。

 何か分からないが、薄気味悪い感覚を覚える。

 それは子供の頃に、悪夢に魘された時の感覚のような感じだ。

 どう言えばいいかよく分からない空間の中を彷徨っているかのような。

 ガタッ、という音がする。

 別の窓が開いていた。

「ふん、ふざけているのかしら?」

 考えられるのは一つ。

 おそらくは、ローザの刺客だろう。何らかの方法によって、このルブルの城の居場所を知ったのだろう。

 もし、そうだとするのならば、メアリーの逃走が原因となっているのではないのだろうか。ルブルに申し訳が立たなくなってしまう。

「まあいい、私が倒す。この前は負けたけれども、今回はそうはいかない」

 また、別の場所で、ガタガタッという音がする。

 また、新たに窓が開いていた。

「窓を開ける事によって、何か意味があるのかしら?」

 どしゃあっ、という音がして、何かが入り込んできた。

 メアリーは、思わず息を飲む。

 それは、どろどろに溶かされた鼠の死体だった。

 それが、何匹も混ざりながら固まっている。

 よく見ると、まだ息のある鼠もいた。


「ふん。随分と舐められたものね、私も」


 背後に、何かが立っている。

 メアリーは。

 そいつに向かって、炎の玉を投げ付けた。

 そいつは、火達磨になって、辺りを転げ回る。

 メアリーは息を飲む。

 そいつは、蝙蝠の翼に、猿のような腕をして、背中から無数の蛇が生えた禿頭の男だった。どろどろに溶解した醜悪な顔をしている。

「あら、貴方は何かしら?」

「お、お、俺様はデ、ディボーネ。ロー、ローザ様の下僕だ」

「ふうん」

 メアリーは、斧を空中に浮かべる。

 斧は浮遊しながら、勢いよく醜い男の頭へと深々と食い込んでいく。ぶしゅっ、ぶしゅっ、という音がして、男の背中から、腐った蝙蝠が飛び出して、開かれた窓から逃げていく。

 メアリーの感情が、真っ赤に染まっていくのが分かった。

 こんな化け物ごときを送り込んでくるなど、随分、舐められたものだと思った。

 ぶはっ、と蝙蝠男は、全身から勢いよく液体を吐き出していく。

 メアリーは、硝子で出来た盾で、それを防いだ。

 液体は強力な酸であり、床をどろどろに溶かしていく。

 何匹も生えていた蛇達が、床を這いずり回っていた。

 彼女はその蛇達に向かって、片っ端から火の玉を投げ付けていく。

 メアリーは何か違和感を覚えていた。

 何故だか、何かを伺っているような気がした。

 メアリーは気付く。

 溶けた場所が、更に、溶解し続けている。

 メアリーは、その液体を火で炙り続けた。


「もしかして、液体になっても、別の物質を食べ続けるのかしら?」


 だとするのならば、かなりやっかいだ。

 もしかすると、このまま、城全体を飲み込むまで、液体が広がっていくのかもしれない。

 ルブルは寝室で眠っている。

 彼女を起こしてはならない。

 メアリーは、自分の無力さに苛立ち始めていた。

 こんな敵程度にも、自分はちゃんと勝つ事が出来ないのだ。

 自分はもっと、強くならなければならない。

 何処までも強く、強力な存在にならなければならない。

 決して、役立たずであってはならないのだ。

 液体は炎で燃やしても、一向に蒸発しない。ただただ、床を食い続けている。

 仕方が無いので、液体をまるごと、氷の壁で覆っていく。

 そして壁に穴を開けると、そのまま、空中へ浮かべて、遠くへと飛ばしていく。

 ふと、メアリーは考える。

 この液体の化け物は、本当にディボーネと呼ばれる男本人なのだろうか。

 あの氷帝という男は、肉体が水だった。

 もしかすると、あの男も、何か弱点があるのかもしれない。

 自分の力は自由自在だ。

 ならば、相手の力だって、どれだけ強力なのか分かったものではない。

 もっと、能力とは何かについて考えるべきだった。

 能力、自分自身が持っている異質性そのものだ。

 階段の下を見る。

 すると。

 何か、霧のようなものが入り込んでいるのが分かった。

 おそらくは、敵は本体のようなものがあるのだろう。

 それを、倒さなければならないのだろう。

 メアリーは、慎重に、階段を降りていく。

 この敵は、相当に、やっかいだ。

 けれども、これからの戦いにおいて、重要な経験になるのかもしれない。



 ばさばさっと、蝙蝠のようなものがローザの寝室に飛んでくる。

 そして、ぎちぎちっと音を立てて何事かを彼女に囁いていた。


「あら、始末出来なかったの? 役立たずね」

 うしゅぅ、うしゅうぅ、と蝙蝠は何事かを囁いていた。

「ふーん、成る程。敵の居場所はそこにあるのね、分かったわ」

 それだけ言うと。

 ぶしゅうっ、という音がして、蝙蝠は、何かによって叩き潰されていた。

「貴方はもういらない。もうこれ以上の期待は出来ないから。さてと、へリックス、いるかしら?」

 へリックスは、壁の隙間から、顔を出す。

「どうしました?」

「敵の居所は。ディボーネが教えてくれた。どうやら、城の中にいるみたい。そして、それなりに強いみたい。他に誰か強力な能力者はいなかったかしら?」

「なら、僕が行きましょうか?」

「駄目よ。貴方は城の番人をしてくれないと、そうでしょう」

 確かに。

 へリックスが、ディーバにおいて守っているものは、無数にある。


「やっぱり、あの狼に頼み込んでくれないかしら?」

 ローザは、くすくすと、寝台の中で笑っていた。


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