表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コキュートス  作者: 朧塚
10/33

第二幕 氷の魔女の大舞台 5

 人間は、何故、こんなにも権力だとか地位だとか。

 あるいは、自分の欲望を叶える事だとかに縋るのだろうか。


 デス・ウィングには分からない。

 彼女には、愛するという概念さえもきっと無い。

 他人と交友を深めても、酷い空虚感に襲われていく。

 思い出すのは、社交界での出来事だった。

 自分は、女としての商品なのだと気付いたのは、いつの頃だろうか。

 物心付いた頃には。別に、自分に性別なんてものはいらないと思った。だから、自分の容姿が酷く醜いものだと思った。どうせ、性的な欲望を異性に強く意識させるものでしかないのだ、と。

 この肉体を捨て去る事は、いつの日か出来るのだろうか。

『背徳者』という概念は、人間が人間と思えないという事なのだろう。人間を道具か何かだとしか思えない。

 この世界に背き続けるという事、それはこの世界のシステムの何もかもを、呪い、蔑み、自分の道具でしかないと思い続けるという事なのだろう。



 クルーエルの能力によって、冷気を遮断する洞穴のようなものを作った。

 メアリーは、先ほどの敵によって付けられた傷を癒していた。


 水の刃によって、左腕と左脚に酷い傷を負っている。

 仕方が無いので、傷薬などを幻影で創り出して、傷の上に塗っていく。


「私は何でも、生み出す事が出来る」


 そして、幻影で創り出した消毒液で傷口を洗い流すと、布の切れ端を傷口に巻いていく。

 これから先の戦いで、もし、手足を失う事になったら。義手義足の代わりに、幻影で、手足を動かすのだろうか。

 やはり、苦痛というものは、自分の心をへし折りそうになる。

 とにかく、戦いの経験が欲しかった。

 自分と同じくらい強い奴、あるいは、自分よりも遥かに強い奴を前にすると、まるで自分は歯が立たなくなるのだろう。

 彼女は、隣に置いてある人形の髪を優しく撫でる。

 それにしても、今回はかなりクルーエルに助けられた。

 彼がいなければ、先ほどの戦いで死んでいたんじゃないだろうか。


「さすが、ルブルの切り札だけはあるわね……」


 クルーエルの正体は、メアリーもよく分からない。

 ルブルいわく、自分よりも強力な能力者なのだと言う。

 メアリーが分かっている事は、クルーエルは、辺り一面に石化ガスを撒いていくという事だ。

「ううっ、それにしても寒い」

 彼女は、幻影で炎を生み出していく。

 そして、ふうっ、と溜め息を吐いた。息が白い。

 そういえば、怪我のせいで、何だか身体が酷く弱っている。

 何だか、お腹も空いてきてしまった。


「クルーエル、一度、戻ろうかしら? 食料もまともに持っていないしね」


 そう言いながら、彼女は鞄の中から、乾パンを取り出して口に入れていく。

 そういえば。

 スフィアは、今、何処で何をしているのだろうか。

 悲しみながら、自分を憎んでいるのだろうか。



 たとえば、今、分かっている事は。

 絶望は、全ての生きる原理を見失う。


 今は、何だか呼吸するのも苦しい。

 スフィアは、数日もの間、色々な事を考え続けていて、結局、誰も助けてはくれないんだという事を理解し始めていた。

 だから、自分から動くしかないのだろう。

 スフィアは、水月の下へと向かおうと思った。

 水月は、もし、スフィアがメアリーと対決する覚悟があるのならば、手を貸すのだと言っていた。それ以外に、選択は無いのだろう。


「私、どうすればいいのかな……」


 幾ら迷っても、物事は何一つとして、動いてくれそうにない。

 物事を動かすには、自分がただただ、動くしかないという事だけは分かっている。

 ただ、どうしようもなく、怖いのだ。

 メアリーの事を考えるのが、怖い。

 多分、メアリーは。これからも、沢山の人々を殺し続けるのだろう。

 何故、彼女はああなってしまったのだろう。

 幾ら考えても分からないのなら、直接、また彼女と話をするしかない。全ての結論は、とっくに出ているのだ。

 自分が動き出さないと、どうにもならない。

 自分で、何かを決断出来るようになれるのだろうか。

 そう言えば。ずっと、メアリーに対して、憧れの念を抱いていたような気がする。

 もしかすると、それが返って、彼女にとって酷く不快だったのかもしれない。



 死にたくない。

 百年生きていても、二百年生きていても、そう思えてしまう。


 ローザはその為に、人を食い続けている。

 彼女は若い男達を使って、自身の肉体を保持し続けている。

 そうやって、彼女の寿命は延び続けていく。

 ヘリックスの存在が、彼女の支えになっているような気もする。

 とてつもなく、心の支柱になっているような。


「私は、きっと、彼がいないと駄目ね」

 彼女は自嘲的に笑う。


 ぼうっと、そいつは姿を現す。

 そいつは、ゆったりとした、黄金色のローブのような絹の服を上着に纏っていて、ひらひらとした形のズボンを履いていた。

「ヘリックス、おかえり」

「どうも、ローザ様。あのですね、此処からx地点に、奇妙な街を見つけたので、そこに“印”を入れておきました。僕はそこに次元移動で行ける筈です」

「そう、貴方はとても頼りにしている」

 ヘリックスの役目は、あらゆる街を“食卓”にする際に、その下調べとして、向かって貰う事だ。そして、彼はいつも“印”を付けていく。

 印とは、ローザの能力を送り込む事が出来る事を意味している。

「ああ、でも、不思議なんですよ、その街。大きな城もあって、最近、蜃気楼のようにいきなり出来たんですけれども」

「不思議? 何故?」

「人の“生体反応”が感じられないんです。だから、貴方の力で“食卓”に変える事が出来ないかも……」

「ふうん?」

 ローザは、それを聞いて、首を傾げていた。


 

 自分の存在理由は何なのかと、デス・ウィングは考えていた。

 他人の人生を眺め続ける事なのだろうか。


 足音が聞こえて、目を覚ます。

 廃墟の窓から、外を見た。

 すると、一人の少女が此方に向かってきていた。

 スフィアだ。

「おや? 決断は出来たのか?」

「う、うん」

 彼女は、強い眼差しを浮かべていた。

 彼女は、自分の意思が薄弱なのだろう。けれども、此れから積み上げていかなければいかないのだろう。

 彼女は、強くなろうと考えているのだろうか。

 デス・ウィングは、心の中で嘲笑う。

 少しだけ、彼女がより、壊れていく様を眺めたくなった。

「さて、お供するぞ? 行こうか、仇討ちに」

「……仇討ちじゃないよ」

「そうなのか」

「うん。話し合い。それが一番、いいんだと思う」

 デス・ウィングは、廃墟の外に出る。

 そして、大きめの鞄を肩に背負っていた。

「じゃあ、行きましょうか。占いによれば、西に向かうのがいいと出ている。きっと、そこに彼女はいるのでしょう。おそらく、魔女の方も」

 デス・ウィングは、とてつもなく、楽しい気分になる。

 この少女は、一体、どうなるのだろうか。

「ねえ、水月さん」

「何だ?」

「私、前の生活を取り戻せるかな?」

「さあ? メアリーとかいうのは、自由を欲したんだろうな。きっと、お前とは根底から、価値観が違っていたのだろう。まあ、どんなに仲が良いように思えても、何もお互いを分かっていなかった。それだけの事なのだろうな」

 感情のズレを直さなければならないと思った。

 何処で、間違えてしまったのか知らなければならない。


 だから、対決というよりも、対話なのだろう。

 スフィアは、もう既に、メアリーの行った事を赦していた。

 ただ、メアリーに対して、強い罪悪感があった。

 けれども、ふと思うのは。

 メアリーを赦せなくなる日が来るのだろうか。

 彼女を憎んで、殺してやりたくなる瞬間が訪れるのだろうか。

 そうやって、憎しみの連鎖の渦の中に、自分も放り込まれるのだろうか。

 それが酷く、怖かったりする。



 アンクゥは思う。

 復讐に生きない人生があってもいいんじゃないのかと。


 彼は、十九年生きている。もうすぐ二十歳を向かえる。

 ローザの能力は、二十歳前後の男に効果があるというのが有力な説だ。

 自分は攻撃を受けなかった。

 そして、街から抜け出す事が出来た。

 ディーバの街へと辿り着いた。

 街には、巨大な塔のようなものが聳え立っている。

 その塔の何処かに、背徳者・魔女ローザは潜んでいるのだ。

 自分の『ソリッド・ヴァルガー』はどれだけ有力なのだろうか。

 分からない、試してみる価値はある。

 大体のイメージはしてある。

 どうすれば、ローザを倒せるかをだ。

 それは、暗殺だった。

 ディーバは遠目には見えている。

 しかし、渦を描くように、何故だか、そこには辿り着けない。

 まるで、蜃気楼を見ているかのように思えた。

 実際、そうなのかもしれない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ