作者の実力不足だけど伝説が始まりました
タイトルの意味は、最後に分かると思われます。
「そっち雑巾がけしといて。」
「了解しました。あ、そこワックスついてますよ!」
「あぶねっ!ベタベタになるとこだったわ。ナイス、フェン!」
「私がいる限り、マスターを危険な目には遭わせませんよ!」
「よーし、今度は隣の部屋だ!いっくぞー!」
「おー!」
「…」
「…」
「「やってられっかーい!!!」」
やあ、小室 剣改め、ツルギ・セラーだ。安直だ、などとは笑ってくれるなよ?あのときは考える余裕がなかったんだ。
それより、俺たちがどれだけ苦労しているか、とことん耳を傾けてほしい。どこから話せばいいのか、俺も手探りだけど。じゃあ、俺がファナとの交渉を終えたすぐ後までさかのぼろうか。
あのときは…
「クックックッ。あー、久しぶりだよ。こんなに大笑いしたのは。君は面白い人間だ。」
「お前こそな。すばやい切り返しどうも。」
「お褒めにあずかり恐縮。さて、このいい気分のまま、仕事を終わらせたい。付いてきてくれるかな?」
肩越しに振り返って、人差し指で俺たちを誘うファナ。彼女の3歩後ろをついて歩くと受付にまで帰って来た。
「例のものを出してくれないか。」
「はい。かしこまりました。」
受付嬢は何事か頼まれると、パタパタと奥に消えてしまった。いったい何が行われるのか、俺は期待と好奇心と愉しさを感じていた。
「お待たせしました。」
「うむ、ありがとう。さてツルギ。君には冒険者になってもらうと言ったね?今からその手続きをしよう。文字は書けるかい?」
水晶のようなキラキラ光る玉を、片手でもてあそびながら尋ねるファナ。
「一応。こっちで通じるかは分からないが。」
不思議と言葉は何とかなっているのだが、文字が一緒とは限らない。不便なことになるかもしれない。少々悩みの種だが、別に眠れなくなるほどのことじゃない。
「さっきはなあなあにしてしまったが、相変わらず君がどこから来たのか分からないな。それに先程まで敬語だったにも関わらず、とたんにざっくばらんに話してくる神経も不可解だ。まあ、理解しようとするのは諦めたがね。もし、君が本当の事を話す気になったら、教えてほしいものだなぁ?」
呆れたような達観したような悟ったような。それでいて小悪魔的というか。怒りと悲しみもチャンポンされてるかな。俺みたいな、理詰めでしか考えられない凡人が味わうには、少々複雑にすぎる表情だ。
「気が向いたら…と答えとこうか。いや、別に隠す必要もないんだけど、どこか切り札って取っときたいみたいな感情もあるしな。本当に信頼関係を築けたら言うよ。」
「面と向かって言うかね、それを…。まあいい。私は面倒なことはとことん嫌いだ。どうでもいいことは、とことん無視するからそのつもりで。分かったらここに名前と歳を。あとは空欄でいいよ。」
「ほいほいっと。これでいいか?」
「うん。おや、君は23なのか。年上だったのだね。」
「え!?ファナっていくつ?」
「18だが。女性に歳を聞くのは感心しないなぁ?」
そちらが含みを持たせたから…とは言えるわけもなく。
こんな威厳のある18がどこにいる。ヤクザの親分でもこんな迫力はないな。そうでもないとギルマスなんてやってられないのかもしれないが。
「君の場合はここからが本題だ。聞くところによれば、君は凄まじい魔力を持っているそうだね?」
一転、興味津々で少女のような無邪気さを発揮してくるファナ。俺の事を不可解だ、不可解だと言うが、ファナだって十分な不思議人間だ。落ち着いた銀色のさらさらとした髪、アクアマリンを彷彿とさせる碧眼。鎧に隠されていても分かるスタイルのよさ。
そして、ギルマスという立場ながら面倒くさがり、大人びた態度から急に年相応の好奇心旺盛な顔を見せる、いわゆる二面性。学校で教科書とにらめっこしてたあの頃には、こんなヤツとは出会えなかった。いや、俺が見過ごしてたのかもな…。
(剣くんってー)
(頭はすごくい)
(性格はおか)
(いっつも下ばっか向い)
断片的などす黒い記憶。思い出したくもない。過去はダメだ。振り返ったところで辛くなる。やめろ。その先へ行くな。脳よ止まれ。思考を停止しろ!
(気持ち悪いよね。)
ドスン!!
脳天直撃だ。幼き日の絶望は、今でも毒の吐息を漂わせて待っている。ともすれば、全てを食らい尽くさんとばかりに。
「…スター。マスター!」
「んあっ!?あ、わりい…。」
フェンリルがこちらを心配そうに見つめる。そういえば、コイツもいたな。今まで静かだったし、なぜか常に俺の後ろにいたし、忘れちまってた。
「どうした?顔色が悪いようだが。」
「何でもねえよ。質問に答えてなかったな。アレを魔力と呼ぶのならそうだな。自分でも分からない。何で急にあんな力が目覚めたのか。」
「ふむふむ。確かに素質はあっても、きっかけがなければ目覚めないものでもあるからね。仕方ないことだよ。それで報告によれば、草原に大きなクレーターができたとか。魔法でない、ただの魔力にできるとは思えないんだがね。」
「また疑うのかよ?」
「それをはっきりさせるためにも、これを使おう。魔水晶だ。」
ファナは、手で遊んでいた玉を乱暴にこちらに投げる。落としそうになったが、何とかキャッチに成功した。球技は、いや運動全般は苦手なんだ。
「何だこれ?」
「魔力を込めてみたまえ。そうすれば色が…」
「うおっ!?」
セリフを言い終わるまえに、水晶が黄金の輝きを放った。
「これは!?ツルギ!君は何者だ!?」
「ちょっとちょ、止めて!眩しいから止めてくれ!」
「魔力を込めるのをやめろ!」
「俺は何もしてねえよ!」
「貸せっ!」
ファナが魔水晶を奪い取ると、ようやく元の透明な球に戻った。
「はあ…。今のは…?」
俺が訪ねても返事はこない。難しい顔で思案するばかりのファナ。どうしたらいいのか戸惑っているようだ。
「そんな、バカな…。いや、むしろこれほどでないと、あの威力の説明が…。」
「おい!」
「ツルギ。落ち着いて聞いてくれ。君は、歴史に名を残す人間になれるかもしれニャい。」
「ニャ?」
「…!すまない。私の方が落ち着いていないようだ。ボロを出すまえに端的に言おう。君の魔力は、伝説級ということだ。」
またまた顔が真っ赤になるファナ。だが、そんなことはどうでもいい。伝説?いよいよ自分が自分でないようだ。
「さっき、魔水晶が黄金に光ったろう?魔水晶は、流し込まれた魔力の質ごとに色が変わる。上から、金、紫、青、緑、赤、無色。中でも金は別格で、今までに3人しか確認されていない。そして、ここに4人目が誕生したというわけだ。」
「マジか…。前の3人は、どんなヤツらなんだ?」
「1人は、初代魔王を討伐した勇者。もう1人は、この国をつくりあげた伝説の皇帝。最後は、今も世界の研究を続けているという、悠久の時を生きるエルフ。皆、後世に名を残す偉業を成し遂げた人物だ。」
「おお…。やっぱいるんだな、魔王…。エルフ…。俺もそんなヤツらと同じ…。」
「ギルドマスターかつS級冒険者である私ですら、紫どまりだ。全く、頭が痛くなるね。」
「何で?」
「周りを見てみたまえ。」
いつの間にか、俺たちの周りに人だかりが出来ていた。その誰もが、怯え、敵意、好奇の目をこちらに突き刺していた。
「さっきまで、俺のことなんか見向きもしてなかったのに…。」
「それほどの力ということだ。この事が、国中を駆け巡ってみろ、君を巡って戦争が起きてもおかしくないな。」
「面倒事は勘弁…だよな?俺もお前も。」
「そういうことだ。しばらくは、私のもとで力の使い方を学びたまえ。」
「へーへー…。」
頭を抱えてため息を付く俺と、頭痛薬を噛み砕くファナ。どうやら伝説は、勝手に幕を開けやがったようだ。
「って、冒頭に繋がってねえじゃねえか!作者ァ!!」
次は、次は必ず冒頭のシーンに帰って参ります…。