何もしてないけど懐かれました
予備校生活は大変ですなぁ。国語の時間とか、これにあてたいっすわ。
「これにて会議は終了とする。各地のギルドマスターたちよ。ご苦労であった。」
「「「「ははっ!」」」」
「それでは、解散!これからも、我がフォンターナ王国の防衛、更なる冒険に励んでくれたまえ。」
ふぅ、終わった。談笑したり、しばらく休憩したりするギルマスもいるけど、私は、そそくさと会議場をあとにしようとする。
「ああ、ファナよ。お主は残れ。話があるゆえ、別室に来てくれぬか。」
「う…。何でございましょうか。私とて、ギルドマスターとしての仕事が忙しく…。」
「そう露骨に嫌がるな。お主の街は、冒険者の登竜門と呼ばれておるじゃろ?新人も多く、多種多様な種族の住む、治安が悪くなりやすい場所じゃ。その事について、お主の意見を聞きたくての。」
面倒くさ…。王の話は長いから…。ここは、うまく切り抜けねば。
「しかしながら王。今こうしている間にも、街に問題が起きているやもしれません。一応、サブマスターに任せていますが、ヤツは出世欲が強すぎるきらいがありまして…。少々心配と言いますか…。」
どうだ、しおらしくしていれば、そう強くは出られまい。そして街の事を心配しているからですよ、あなたの話がうっとうしいんじゃないですよという、さりげないアピール。ここで、下手なことを言っては、また日を改めて呼ばれるかもしれない。それだけは避けたい。ネムルの街から王都まで遠いし。
「そうか?では仕方ないな…。ご苦労、下がってよいぞ。」
「は。それでは。」
フッ。勝った!完全勝利!自然と笑みがこぼれるほどの、この高揚感。王すらも、私の手のひらの上で踊っている!
「ああ、そうじゃ。今度は視察という名目で、ワシがネムルの街に向かおう。そうすれば、お主は街を離れずともすむ。」
「へっ?」
「おお、これは名案じゃ。そうは思わぬかね?ワシと話をするのが面倒なネムルのギルドマスター、ファナ・ファオルペルツよ?」
バレてたー!?笑顔が逆に怖い。ニッコニコしてるけど、迫力が伝わってくる。一言でも逆らえば…。
「は、はは…。それは、名案でございますな。お待ちしております…。」
S級冒険者ならではの一級品、ドラゴナイトメイルのきしむ音に紛れさせ、ファナは思いっきり歯軋りした。
「め・ん・ど・く・さ・いんだよ!あんのクソジジイッ!」
バキインッ!!
怒りのあまり城壁を蹴っ飛ばす。全身を覆う鎧が、ガチャガチャとやかましい音をたてる。ドラゴンの鱗を加工して作った鎧は、全身フルプレートアーマー仕様。その硬さはダイヤモンドの比じゃない。でも…
「~~~~~~!!?!ンッ!ンッ!?」
声にならない痛み。そんな鎧が作れるなら、城壁にだってその技術を施すだろう。ただのレンガのように見える城壁にも、バッチリ鱗の粉末が練り込まれており、その上から魔法障壁も張られている。もちろんファナもそれは理解しているはずなのだが、怒りで我を忘れたようだ。
足を押さえて跳び跳ねる姿は、滑稽としか言いようがない。
「くそぉぉ…。私としたことがぁ…。いたいよぉ…。」
涙目でうずくまるファナ。だが昔から、悪いことは続くのが道理というもので。
ピィーー
「ん?」
バサバサバサッ!
「お前は、ファルコか?どうした、こんなところに。」
ピィ~
ホーミングフェザー。この世界における伝書鳩のようなモンスターだ。大人しい性格で、人間にもなつきやすい。モンスターはなぜか人を襲うが、必ずしも一枚岩ではないということだ。ただ、時速300キロ以上で飛行するために、ケガ人が絶えない諸刃のモンスターでもある。
「手紙か。ギルドからかな…なにっ!?」
フェンリル来襲、ケガ人多数、今すぐ帰還を。一言一句が脳天を叩き壊すぐらいの重みを持っていた。
「チッ!面倒事を増やすなぁぁぁ!!!」
ファナは、すぐさま馬に跳び乗ってネムルを目指して疾走するのであった。
ガオオオオ!!
フェンリルの咆哮は、天に届き地を揺らし、みんなの鼓膜を貫いて。
「サブマスター!これ以上は無理っす!あいつ、強すぎます!」
「マスター!ご指示を!」
ネムルのギルドサブマスター、ゴオマ・ボルキャン。ドワーフやゴブリンのような低い背にでっぷりとした腹。おおよそ冒険者とは思えない肉体。ツルギを捕らえた時も、自分でなく周りの人間に全てやらせていた。こんな人間がなぜサブマスターになれたのか。それは…。
「サブマスター!なにやってんすか!?」
「笑止!逃げるのよ!ワシは、欲望は強くとも実力は全くない!」
類いまれなる危機察知能力と、なによりプライドを捨てて我が身を優先する、ある意味見上げた根性によってのしあがってきたのである。冒険者はどんなに弱くとも、生き残れば勝ちの世界だ。ゴオマは、とにかく生きて生きて生き続けた。RPGでモンスターと一切出会わずに、ゲームクリアしたようなものだ。上司には絶対したくない、してはいけない部類の人間である。
「ふざけんな!俺たちを見捨てるのか!」
「バカモン!ワシだって戦えるもんなら戦っとるわ!だが、実力が伴っとらんのだ!」
もうムリだ。俺たちの上司がコレか。部下の冒険者たちの間に諦めと絶望が立ち込める。負の空気は集団に一気に伝播する。みんなが逃げ仕度を始めた頃、一人の救世主が現れた。
「おい、お前!」
全身汗だくのツルギが、逃げようとするゴオマの胸ぐらをつかんだ。
「貴様!牢を抜け出しおったのか!」
「じゃかあしい!んなこた、どうでもええわい!聞きてえことがあんだけどよ。魔法の使い方を教えてくれや。」
親の敵を見るような目でゴオマを睨み付け、そこらのチンピラが泣き出すような低い声で尋ねる。
「はあ?」
「いいから喋れ!時間がないんだよ!」
今こうしている間にも、フェンリルは暴れ続ける。損害は増える一方だ。
「魔法は、魔力とイメージがあって初めて生まれる。イメージだって漠然としたものじゃダメだ。きちんとその事象の起こる原因、理論を理解していないといけない。この世界で魔力と知識、両方を兼ね備えているものは少ない。だから…おい!どこへいくんだ!」
ツルギは話の途中でスタスタ歩き出した。おもちゃを与えられた子供のように、ニヤッと笑いながらフェンリルに向かって歩き出す。
「知識ぃ?バカにすんな。こちとら16年間、義務教育から真面目に勤めあげてたんだよ。今こそ見せてやるよ、俺の人生の集大成を!」
ツルギは、フェンリルに向かい合う。向こうもこちらに気づく。意識を集中させ、脳内に今までの知識を思い浮かべる。体が熱くなり、魔力が外に出る感覚があったその時、驚くべきことに、フェンリルがお腹を見せて地面に寝転がったのだ。
「うええっ!?何事!?」
驚くツルギを尻目に甘えた声を出すフェンリル。その巨体がまばゆい光を発したかと思えば、人間の中学生サイズの女の子が、立て膝をついてつむじを見せていた。
「お会いしたかったです、マイマスター。」
「お前は…?」
「私はフェンリル、先ほどのあの巨大なモンスターであり、マスターの忠実な僕です。」
姿形は人間だが、頭とお尻に、獣耳と尻尾がついている。特筆すべきは、小さな体に似合わぬ胸にぶら下がったメロンだろう。哺乳類は授乳しなければならないから、確かにとは思うが、いくらなんでも…というのが正直なところだ。俗に言うロリ巨乳というやつを、ツルギは直視できなかった。
「あの、僕ってのは?」
「敗者は勝者に尽くす。例えそれが、クズで愚かで取るに足らないような存在であっても。これが我々フェンリルの掟です。マスターは、私を圧倒的な力で潰しました。私は掟にしたがい、マスターに尽くすことを誓います。」
「えっ、それって俺がクズで愚かで取るに足らないような存在ってこと…?」
フェンリルは、自分の失言に気づいたのか慌てて、
「違います違いますっ!マスターは、体こそチビですが、素晴らしいお方だと思いますっ!チビですがっ!」
「二回も言うな!」
ギャーギャーわめいていると、後ろから蹄のパカラッパカラッという心地いい音が聞こえてきた。
「誰か!状況を説明しろ!」
漫画で見るような姫騎士が、白馬に乗って駆けつけてきた。
「サブマスター、ゴオマ・ボルキャン!現状を報告せよ!」
凛としたよく通る声で、混乱した現場に指令を出す。
「はっ、先ほどのフェンリルの件、ここの娘がそうであります。」
姫騎士ファナは、フェンリルと、その前に立つスーツの男を交互に見比べる。
「とりあえず、暴れる気はないようだね。少し話をさせてもらえないかな?ゴオマ、この二人は私がマスタールームへ連れていく。お前は、街の被害の確認とケガ人の救助を。」
「ははっ!」
「ああ、それと。敵前逃亡の罪は重いよ?」
「…!はい…。」
蛇ににらまれた蛙を、現実で見ることになろうとは。ツルギは、姫騎士から目を離せなかった。気を抜いた瞬間やられそうで。
「じゃあ、行こうか?」
鋭い視線はツルギとフェンリルを正面にとらえ、決して逃さない。ツルギは、気を引き締めながら、戦いの場へと向かうのであった。