目覚めたけど牢屋にブチこまれました
「おいおい…。」
さっきまで平野だったこの場所が、一瞬にしてクレーターになった。俺を中心に、深く大きい円状の窪みができている。その傍らで、プスプスと煙をあげながら、地面とキスしている狼。
恐る恐る近寄ってみる。息は…してるか。
「いやはやどうしてこうなった、どうしてどうしてこうなったー。」
躍り狂いながら連呼する。2ちゃんねるのアスキーアートみたいに。後は某ネトゲラノベ…おっと、これ以上は抹殺モンだぜ。転生することなく消えちゃうよ。なんなら歴史から消えちゃうよ。
何をしていいかも分からず、ひたすら躍り狂うこと数分間。
男…いやオスの野太い声が鳴り響く。
「防護壁展開!!」
「拘束しろ!」
ガチャガチャン!
「ぬおおっ!?ふぎゃぁ!」
全身に鎖が巻き付いて芋虫になってしまった。
「確保ぉ!確保!」
小太りでひげ面のちっさいおっさんが、屈強な男たちを引き連れてドテドテ走ってきた。
「ようし、捕まえたぞ!これでワシも大出世だ!」
ニタニタした顔で俺の顔を眺めるおっさん。気持ち悪っ。吐き気がするよ。笑顔ってのは美少女がやるから価値があんだよ。
「なんだか馬鹿にされてる気がするが…。構わん!街に運べ!」
「ちょちょちょちょ!待て待てい!何すんだよ!重っ、鎖重っ!」
男たちに抱えられて、手押し車に放り込まれる俺。全身の筋肉を無理に動かして暴れる。こんなとこで緊縛プレイされてたまるか。
「うるさい、魔族が!」
「はあ!?知らねえよ!離せっての!」
「嘘をつくな!あれだけの魔力!フェンリルを狩る力!人間レベルではないわ!」
フェンリル?神話の、オーディンを食べる狼…こいつが!?そんな大層なやつだったの!?それを狩るって、なにもしてねえけど。
ってそんなことよりだ!
「魔族とか、そんなわけねえじゃん!見た目人間じゃん!ザ・人間じゃん!こんな特徴ないのも、そうそういないよ!」
顔はフツー、いやちょっとイケメンよりのフツー。体型もフツー。漫画の背景でモブとしているようなやつだよ。
「騙されぬわ!魔法はお前たち魔族の得意分野だ。変装だってお手のものだろう。」
「だとしたら間抜けすぎんだろ!その場でずっと踊ったりとか、抵抗もしないとか。そんなすごい魔法が使えるなら、今すぐこの鎖破るだろ!それをしないってことは…。」
「フェンリルも持ち帰れ。素材として使えるかもしれん。」
「聞けえぇぇ!」
人と会話してるときに、別の人間と話すな、愚か者ぉ!
「魔族と話などするか。おい、帰るぞ。」
ガタンガタン!
男たちは、フェンリルの体に鎖を巻き付け引きずり出した。あの巨体を軽々と引っ張っている。あれも、魔法の力なのか。
俺の乗っている荷台も動き出した。地面のデコボコのせいで、乗り心地は最悪だ。
荷台で体を打ちつけ続けること、数十分。
俺は城壁のようなところを越え、街の中に入った。
「ようこそ、冒険者の街、ネムルに!貴様の墓となる場所だ。よく目に焼き付けておけ。」
さっきのおっさんが、歩きながら荷台を覗き込み、ペラペラとしゃべる。
「俺を、どうする気だ?」
「今からお前を、街の外れの牢屋に運ぶ。準備が整い次第、研究所に移送して、お前を解剖する。そうすれば、魔族を滅ぼす手がかりが得られるかもしれん。そしてワシは、魔族捕縛の功績で、ギルドマスターになる!」
はあ!?解剖だと!?ふざっけんなよ、したことはあっても、されたことはねえよ!そんな特殊な趣味ねえわ!解剖フェチとかじゃねえわ!
「長かった…。ずっとギルドのサブマスターとして、マスターのオマケみたいに過ごしてきたが、ついに、ついに下克上の時が来たのだ!」
おっさんはおっさんで、自分の世界に浸りきっている。いや、どうでもいいし。お前の野望とか知らんし。このままではまさにまな板の上の鯉!どうにか脱出せねば…。
「ほうれ、着いたぞ。お前のぶちこまれる牢屋だ。」
ボロボロの建物が、うっそうとした森のなかに、ポツンと建っている。一言で言うと、怖い。これは怖い。お化け屋敷じゃん、廃墟じゃん。こんなところにぶちこまれたら、俺のメンタルが持たないよ。
まあ、俺の話を聞いてくれるわけもなく、あれよあれよという間に、牢屋の前に連れてこられた。
「オラッ、入ってろ!」
「いてえっ!優しくしてくれよ…。」
ガチャン!
「はぁ…。」
ジメジメした空間、冷たい床。他に人もいないし。これからどうなっちまうんだ。
「もういいや。寝るか。」
冷静になるよう努める。暴れて体力消耗するよか、いくぶんマシな方法だ。俺は、疲れもあって深い眠りについた。
しばらくたった頃、外が何となく騒がしくなってきた。
ガチャガチャと金属音が鳴り響き、時折吠えるような声も聞こえる。
その音で目覚めた俺は、外の様子を確認しようとする。
しかし、窓もなく、様子が分からない。体には鎖、引きちぎることも不可能。不安ばかりが募っていく。
「ヒイイイッ!助けてくれえっ!」
鎧を着こんだ兵士らしき男が、駆け込んできた。鎧はボロボロ、血も出ている。
「どうした!何があった!?」
「フェンリルだ、フェンリルが街の中心部で暴れてやがる!研究所に移送する途中に、息を吹き返しやがった!」
バカ!死んでるかぐらい確認しとけよ!とどめ刺しとけよ、そんぐらいできるだろ!
「おい、街の中心部ってことは、民間人もいるんじゃねえのか!?」
「ああ…このままでは被害は甚大だ。でも、俺たち下級冒険者じゃ、相手にならない!この街でアイツを狩れるのは、ギルドマスターぐらいのもんだが、今は王都に出張中なんだ!伝令を飛ばしたが、間に合うかどうか…。」
最っ悪だ。さっき荷台から見た限りでは、街もそんなに大きい訳じゃない。逃げ場なんてそうそうないだろう。このままじゃ、全滅だ。
どうする、どうすればいい。考えろ。今までの経験、見たもの聞いたもの。全てを総合して、最適解を導き出せ。大丈夫だ、いつもやってることじゃないか!
(あれだけの魔力!)
(魔法は得意分野だ。)
(フェンリルを軽々と引きずる…)
頭のなかに、様々な光景が蘇り、1つの答えを示す。
「見えた。おい、この鎖を解いて、俺をここから出してくれ!」
「ええ?でも、勝手に出したら怒られ…」
「いいから早く!!!」
「ヒイッ!?は、はい!!」
シャキイン!スパパッ!
冒険者は、持っていた剣で、牢屋の鉄格子と、俺の体を縛っていた忌々しい鎖を切り裂いてくれた。
「サンキュー!行ってくるわ!」
「お、お気をつけて…。」
これが正解…のはず!そう信じて、俺は街に向かって走り出した。