何も持ってないけど火を起こしました
銀色のモッフモフの毛の上で、空をボーッと見つめる。異世界、パラレルワールド…。嘘か真か、現実か夢物語か。脳内は、絶賛混乱中だ。
「ふぅ…。叫んだら、喉乾いた…。水を探すか。」
俺、小室 剣は、いつまでも慌ててばかりのヘタレ主人公じゃないんだよ。一定時間慌てたら、即座に冷静になる。慌ててたって、いいことなんてないし。ここがどこか分からん以上、情報を集めないと死活問題だ。
キョロキョロしながらしばらく歩くと、川を見つけた。底が見えるくらい、透明度が高い。とはいえ、普段、除菌された水ばかり飲んでる、現代人のへなちょこお腹だ。ヤバイことになるのは、目に見えてる。主に人間の尊厳が。
「特に俺は、腹弱えしな…。いくら誰も見てないとは言うものの…。トイレもないし、フィーバーしては困る。」
こういうときは、煮沸だ。しないよりはマシだからな。
「…って!俺、何も持ってないじゃん!どうすんだよ、バカヤロー!」
突然落とされたから、カバンも何も持ってないし、会社帰りだからスーツだし、ポケットも空っぽ。やり場のない怒りが、俺の脳にアドレナリンを撒き散らす。このまま、諦めてたまるか!
「ないなら、作ってやる!今こそ、学校での勉強を役立てるとき!生き延びてやる、俺の知識で!」
まずは、火だ!昔ながらの、木を擦るヤツを作る。材料は、周りに結構あるんだ。必要なのは、回転させる木の枝、土台となる板、発火の糸口となる火口だったかな。
「木とか板は、そこらから持ってこれるけど。火口なぁ…。何かないかな。」
この手の道具で起こした火は、いわゆるボーボー燃えてる火じゃない。タバコや線香みたいな、くすぶったような火だ。それを、前者のような火にするためには、燃えやすいモノを敷いておく必要がある。
普通は、火口には麻なんかを使う。乾燥させてほぐしておくと、いい火種になる。ただ、ここにはそんなのない。もっと手軽に…。
ビュオ~
寒っ。風が一帯の草を揺らす。こういうのは、乾燥してないから向かないんだ。
ふと上空を見ると、白いものが飛んでいる。俺の手のひらにも落ちてきた。
「…ん?何だ、このフワフワ。さっきの毛でもないし。…!もしかして!」
俺は、風上の方に向かって走る。そこには、目的のものが生えていた。
「ツイてるぅ!タンポポ、しかも綿毛!」
辺り一帯にタンポポが、綿毛をふりまく。実は、綿毛も火口になるんだ。他には、キノコとか苔とかを乾燥させてもいい。時期と場所に左右されやすいから、あんまり期待してなかったけど。神様からのプレゼントかな?
「ふぅんぬぅぅぅぅ!!ふにいっ!」
シュコシュコシュコシュコシュコシュコ!!
全力で擦る擦る。煙は出るけど、なかなか火はつかない。手の皮が擦りむけても気にしない。ここで止めたら、一からやり直しだ。
「出ろッ!出ろおッ!あッ!出たぁ…。」
温かい…。気持ちいい…。
薪をくべて、大きな焚き火にしておく。こうすれば、薪を足せば火が持つ。
やっぱりいいものだな、火とは。便利すぎる社会に毒されて、感謝を忘れていたよ。数十万年前に人間が火を操りだしてから、生活の根底には、いつも火があった。ありがとうございます!
「これで、火と水は手に入った。後は、食料か…。」
食料問題が一番難しい。人間は、水さえあれば2、3週間は生き延びられる。でも、それは全く動かないとか、とにかくエネルギー消費を押さえた場合だ。空腹感はごまかせないし、いざというときに走れはしない。
「周りは、木、草花、川…。どれもダメだな。」
人間は木を食べても、消化できない。それは、人間の体には、木の主成分であるセルロースを分解する、酵素がないからだ。草花は、毒のあるのも多く、大抵は見分けがつかない。それに、この世界の草花が、元の世界と一緒とは限らない。
最大の可能性としては、川の魚だ。ただ、この川は透明度が高い。それは、逆に言うなら、汚れの原因である栄養素は一切ないということ。一概には言えないが、程よく汚れた川のほうが、魚は多い。それに、川を覗いた限りでは、魚の形跡はなかった。
あれ?詰んでね?ヤバイな、飢え死にしちゃうよ。救助なんか来てくれないし、モチベーション保てないよ。最終手段に出るしかないかね。
「あんまり、ここから離れるのはどうかと思うけど。街、いや人を探そう。これで、人類がいなかったら泣くよ?俺、人目もはばからず泣いちゃうよ?人いないけど。」
せっかく火起こししたけど、また戻ってくればいいや。
俺は、ようやく世界の探索を始めるのであった。
なつかしいなぁ。中学校でやったんですよ、これ。キットみたいなのがあって。理科室の机が、根性焼きされただけに終わりましたけど。