また逢う日まで
……千年だ。
彼女は、千年以上もの間、あんなところでずっと俺を待ってくれていた。
ようやく会えて、あんなに喜んでくれて。本当は、このまま独りで離れていくのは辛いことだろう。前向きに話してくれる彼女が、そのうちにどんな思いを秘めているか考えると引き止めたくもなる。けど、きっとそれは正しくない選択だ。
何より、今は彼女の朱い瞳が強く輝いている。
自分を信じろと。
その想いにこそ、俺は答えなくてはいけない。
だから言った。
「……ん、わかったよアンジェ。待ってるからな。約束だ!」
「うむ。この契りは必ず果たそう」
その場でアンジェと握手をする俺。
こうして彼女と手を繋いだとき、俺は改めて彼女の強さの秘密がその内にこそあるのだとわかった。
最後にアンジェは言った。
「よいか主様。主様は今後も幾多の困難に遭うだろう。だが案ずることはない。主様ならばいかようにも打ち破れるはずじゃ。妾の【竜眼】にはすべて見えておる」
彼女は俺の目を見てニッと子供のように笑った。
だから俺も、同じように笑って応える。
すると今後は、アンジェがシャルの方を見て口を開く。
「シャルロット。貴様は覚悟をしろ」
「ん? ど、どういう意味だ。アンジェリカ殿」
目を点にするシャル。
俺のときとは一転、アンジェは冷たく睨みつけるような上目遣いに告げた。
「今の世に騎士国ヴァリアーゼは毒である。その血塗られた戦いの歴史は罪深く、幾多の美しき魂が散っていったか数えたくもない。妾が本来の力を取り戻したとき、大地を統べる者として貴様の国を消滅させることは容易い。これは貴様たちが負うべき責である」
それは、まるで審判を告げるかのような言葉だった。
魔力を失ってただの女の子になっているアンジェは、しかしその威圧感を失っていない。朱い瞳はシャルの身体を縛り、はるか高みからシャルを見下ろしている。
刹那にして緊迫感に満ちた空気の中、アンジェは続けて言った。
「……だが、貴様は変えると言ったな? このドラゴニアの前で。よもやあの言葉、虚偽ではあるまいな?」
シャルの心を正面から射貫くような、試すような言葉。
するとシャルはわずかにだけ身構えて、それでもアンジェから決して目を離すことはなく、大きくうなずいて応えた。
「――ああ。騎士に二言はない。必ずヴァリアーゼを変える。この世界と共に生きていけるような国に」
そう答えたシャルは、鞘に収まったままの聖剣を握ってアンジェの方に向ける。
俺にはなんとなくわかった。
騎士が剣を差し出す行為は、きっと何かを誓うときのものなのだ。
アンジェはそんなシャルの真っ直ぐな瞳を見て、それから少しの間を置いて言った。
「――よかろう。ならば貴様には猶予を与える。その理想の世界、妾に見せてみよ。だが貴様が清廉なる魂を穢したとき、妾が貴様とヴァリアーゼを共に滅ぼす。良いな?」
「承知した」
「……ふん、愚問だったか」
アンジェはため息をつくが、それはどこか満足げな微笑みにも見えた。そのときにはもう場の緊迫感も解れている。
けど、そこで俺は気付いた。
ずっと隣にいたユイだけは、なんだか複雑そうな表情をしている。
それにアンジェも気付いたのだろう。アンジェはチラリとユイの方を見て、今度は彼女に話しかけた。
「ユイよ。そのように陰気な顔はやめろ」
「え? は、はいっ」
お前でも小娘でもなくその名前を呼び、ユイが驚いたように返事をする。
アンジェは「ふん」と鼻息を吐いて眉をひそめる。
「この妾に情けでもかけているのか? ふざけろ。恋敵に心配されるほど妾はヤワではない。何より、お前はこの妾に勝利した名誉ある女なのだぞ。もっと晴れ晴れとした顔をしてみせろ。その無駄にでかい胸を張れ」
「アンジェリカさん……」
「約束通り、先はお前に譲ってやる。妾がいない間、せいぜい主様と乳繰りあうが良い。だがな、大人になるまでなどと悠長なことを言っていてはどうなるかはわからんぞ。主様は自然と女を惹きつけるからな。ゆめゆめ油断せぬことじゃ」
アンジェの視線は俺たちの背後――馬車のミリーやリリーナさんの方へ向いていた。
さらにアンジェは続けた。
「何より、妾は諦めが悪い女じゃからな。ドラゴニアの力を取り戻し、ないすばでーな大人の姿になったときには、その魅力ですぐに主様を誘惑し、子作りに励む所存だ」
「ええっ! ちょ、アンジェ何言って!? ていうか力戻ったら大人の姿になるの!? 何それ聞いてないんだけど!」
急にいろんな情報が出てきて慌てふためく俺だったが、しかしユイは真剣な顔をしてこくんとうなずき。
「主様を任せたぞ。ユイ」
「……はい!」
と、ハッキリとした声で応え、そして微笑む。
するとアンジェもまた、「ふんっ」と鼻を鳴らしながらも満足そうに笑った。
それからアンジェはいきなり俺の両肩に手を掛けてきて、俺は思わず前のめりになってしまう。
そこで、アンジェがキスをしてきた。
数秒ほど触れ合い、離れる。
まだ余韻が残る中で、アンジェは艶やかな笑みを浮かべた。
「主様よ。また逢う日まで」
「ア、アンジェ……」
呆然とする俺。
ユイが足音もなく静かに近づいてきた。
「……アンジェさん? 何を、しているんですか?」
「ふん、だから油断せぬよう言っただろう。主様。妾が戻ったら続きを楽しもうぞ」
「そ、そんなことさせるわけないですっ! もう! 早く温泉でも何でも行ってきてください!」
「やかましい生娘じゃな。まぁ待っておれ主様。妾が本来の姿を取り戻したとき、この娘よりずっと大きな乳を堪能させてやる。それはそれは夢心地じゃぞ」
「いいから早く行ってくださいッ! カナタもデレデレ想像しないでください!!」
「してないしてない! ってうわ!? なんかテトラとアイリーンまで降りてきた! ちょっとみんな落ち着いてくれー!」
そんな騒々しい中で、俺たちはアンジェと別れたのだった――。




