わずかな逢瀬
秘湯対決の決着後。
慌てて黄金の湯を後にした俺たちは、すぐ外に出てシャル専用のテントまで案内してもらい、そこでユイとアンジェを介抱することに。
ミリーに渡していた回復魔術によって二人ともすぐに意識を取り戻し、その頃にはむしろ黄金の湯の『効能』で活力全快にすらなっていたのだが、ひとまず大事を取って今晩は安静にしてもらうことに。ユイは俺たちに看病されることに少し照れていたし、アンジェも膨れていたが、でもまぁ、二人とも俺のためにここまで頑張ってくれたんだから、これくらいのことはしてあげないとな。
で、その日はもう太陽が沈み始めていたため、すぐに食糧や水、寝床の準備をなどを済ませ、森に隠したままだった馬車にラークとルークも連れてきて、今晩はここで休みを取り、明朝にヴァリアーゼへと戻ることになるのだった――。
♨♨♨♨♨♨
そして明朝。
馬の足音で目を覚ました俺たちの前に現れたのは、なんと様子を見に駆けつけてくれたという王子の部下の騎士たちだった。
その数はわずかに五人だったが、王子が信頼している直属の部下たちということで、王からの嫌がらせみたいな命令をなんとかやりきって王子の元に戻り、それからすぐにここへ駆けつけてくれたらしい。
というのも、宰相の部下たち数名がアイを狙って行動を起こしたようなのだ。
幸い、アイのそばにはいつも王女様が一緒にいてくれたおかげですぐにそいつらは逃げ去り、その後は王子が守ってくれていたことで事なきを得たらしいが、それで俺たちが狙われていると気付いた王子が、大急ぎで騎士をこちらにも送ってくれたとのこと。とにかくアイが無事でよかったと安心した俺たちで、ユイもミリーも心底ホッとしていた。
それからは、いまだに目覚めない宰相たちのために騎士を三人ほどを残し、二人が俺たちを警護しながらヴァリアーゼまで連れていってくれることになった。
宰相たちは縛り付けてあるから目覚めても何も出来ないだろうし、アンジェいわく、まだ三日ほどは目覚めないだろうとのこと。ヴァリアーゼに戻ったらシャルがこちらにすぐに援軍を送るらしいから、その後、宰相たちの罪も暴かれて事態は収束していくのだろう。
王と宰相が敵国と繋がっていた事実。そして王子やシャルの聖剣すら狙っていたこと。裏側にまだ隠れているだろう事実も、きっとすべてが判明したわけじゃない。それはきっと大変な国家問題になるだろうが、それは今のところ王子に任せる他はないな。
聖剣も無事にシャルの元へ戻ったし、とりあえずは、これで事件解決だ。
その後、俺たちは軽く朝食を済ませてからラークとルークの引っ張る馬車に乗りこみ、先導してくれる二人の騎士と共にヴァリアーゼへ戻ろうとしたのだが――
「――ん? おーいアンジェ!」
そこで俺が声をかけたのは、馬車に乗ろうとはせずに俺たちを静観していたアンジェ。その姿にユイたちもどうしたのかと首をかしげる。
俺は馬車を降りてアンジェの元へ向かい、それにはユイとシャルが一緒になってついてきた。
「アンジェ? どうしたんだよ、一緒に行くんだろ?」
「いや。残念だが、妾は共には行けぬ」
「え? ど、どういうことだよ? てっきり一緒に来るのかと」
「わ、私もそうだと思っていました」
「アンジェリカ殿? どういうことだ?」
困惑する俺たち。
すると、アンジェは腰に手を当てながら答えた。
「主様よ。主様の目的とはなんじゃ?」
「え? まぁ、当面の目的は世界中の秘湯に浸かって、【竜脈活性】の力で世界を救う……こと、かな?」
突然言われて戸惑いつつも答える俺。
アンジェはうなずいて言った。
「うむ。それは本来我らドラゴニアの役目であるが、今や主様以外の者に行うことはできん。だからこそ、姫たる妾が主様を傍で支えなくてはならぬわけだが……今はそれができぬ」
「え?」
「長きに渡りあの遺跡に封じられていたせいで、妾の力はごくわずかしか残っておらん。が、そこの騎士の聖剣によってそのごくわずかな魔力さえ失ってしまった。角も翼も尾さえない今のままでは、主様についていこうと何の役にも立てん。足手まといになるつもりはない」
「アンジェ……」
「アンジェリカさん……そ、それじゃあどうするつもりなんですか?」
尋ねるユイに、アンジェは「うむ」とうなずいて答える。
「代々ドラゴニアが骨休めをしていた魔力回復の秘湯がこの近くにもいくつかあるゆえ、それを巡る。それに、ここまで力が衰えてしまっては一度『精霊王』のヤツに会わねば難しい」
「精霊王?」
「うむ。世界の果てに存在する神秘の世界――『リ・ヴィエラ』に座するすべての精霊を統べる存在じゃ。人のそれが『王』であり、魔族のそれが『魔王』である。エルフ族もはるか昔に精霊族から派生した存在じゃ。ヤツはありとあらゆる魔力を操る術を持つからな」
「あ……聞いたことがあります! アルトメリアの里にも、そういった伝承があって。けど、てっきりただの伝説かと思っていました……」
「ふむ、なるほど。それでアンジェリカ殿はそちらに」
ユイに続き、シャルも納得したようにうなずく。
俺はもちろん初耳だったが、ともかく事情はわかった。
「そういうことか。それでまずは秘湯で魔力回復を……あっ、なら俺も一緒に行こうか? どうせ秘湯巡りの旅をしてるわけだしさ」
良い案かと思って言ってみたが、しかしすぐにアンジェには首を横に振られる。
「いいや。妾が行くのは秘湯とは言っても竜脈に乗ったものではないのじゃ。大地から溢れた魔力の溜まる……いわゆる『マナ・スポット』と呼ばれる場所であり、湯はその副産物にすぎん。主様にとっては意味のない場所じゃ。そのようなところに付き合わせて時間を浪費させるわけにはいかぬ。そもそも妾が回復するにはそれ相応の時間がかかろう」
「そ、そうか……」
「妾は今一度力を蓄え、ドラゴニアとして恥じない力を取り戻したときにこそ主様の元へ戻ろう。そのときは主様の力となり、世界統一のための旅に尽力する。約束じゃ。妾は主様のための姫だからな。案ずることはないぞ。妾はこう見えて尽くす女だからな!」
えへん、と小さな胸を張って両腰に手を当てるアンジェ。
それから彼女は少し真剣な眼差しをして、背伸びをしてそっと俺の頬に手を添えた。
「わずかな時間の逢瀬だったが……それで妾には十分じゃ。主様がいてくれる限り、妾はいくらでも前に進める」
「アンジェ……」
微笑む彼女の瞳が、俺には少しだけ寂しいものにも見えた。




