正妻争奪戦
俺が『王』の力を持つ者? それも元の世界にいたときから?
アンジェの言葉に俺は慌てて返した。
「いや! だ、だけど俺、元の世界では普通の人間だったよ!? 女神のお姉さんに力を貰ったから今の俺になっただけで!」
「それは違う。主様は元々特別なお人じゃ。だからこそ選ばれるべくして選ばれ、女神は主様に力を授けた。そして勇者としてこの世界へと導いたのじゃろう。でなければ、妾がこうして主様と出会うことはなかった。これは“運命の導き”なのじゃ」
「え、ええええ……!」
「しかしなんだ、女神のヤツめ。その全知全能の力をよもや異世界の主様に譲渡していたとは。千年を超えて『王』を捜してきた妾をあざ笑うかのごとき所行。やはりヤツは好まん! だが、この妾でさえ気付けかったものをヤツはどうして見抜いたのか……ぐぬぬ。考えてもわからんわ! ああヤツを燃やしつくしてやりたい!」
「え、えーと……」
アンジェの話は理解は出来たものの、しかし納得するのが難しい話でもあった。
俺は、元の世界でも普通じゃなかった……?
いやいや普通の人間だっただろ! でもアンジェはそう言ってるわけで。ああやっぱよくわからん! それに本当にそうだとしたらあのお姉さんが俺と出逢ったのは偶然じゃないってことなのか? ああさらによくわからなくなってきた!
「ふん、だが今はそんなことはどうでも良い。こうして主様に会えたのじゃ。妾はそれで十分じゃ!」
ニッコリと微笑むアンジェ。
……千年か。
一言で言うけど、それって考えたらとんでもなく長い時間だよな。
きっと、俺たち人間には想像もつかないほどに。
彼女はその間、たった一人で俺のことを待ち続けてくれていた。
そんな彼女の想いを考えると、諸々の言葉を否定するわけにもいかない。そもそも俺にもよくわかっていないんだからな。
だからだろう。ユイたちもその話を信じたようで。
「すごい……すごいですカナタっ! やっぱりカナタはすごい人なんですっ!」
「ふぅ~ん? 選ばれし勇者ねぇ。何度見てもそんなヤツには見えないケド。つーか持ち上げすぎじゃない? こんなエロ男なのに!」
「いや……カナタ殿ならばありえる! ドラゴニアの少女さえ退けたあの見事な力! そして何よりも聖剣に導かれた事実! 本来私以外には扱えないこの剣を、カナタ殿は見事に使いこなしてみせた! そうだろうリリーナ!」
「はい。もはや疑いようもありません。カナタ様のお力、誠にお見事です。感服致しました。こうしてシャルロット様をお救いいただき、感謝の念が堪えません」
「カナタ様……す、すごかったっす! あたし、途中からほとんど役に立てなかったけど、でもずっと見てました! すげーかっこよかったです! ありがとうございました!」
「カナタ様……シャルロット様を、みんなを助けてくれて、ありがとうございます……! 私も、信じます! カナタ様は本物の勇者で、素晴らしい方です……!」
「え、ちょ、みんな!? え、ええええええっ!」
ユイは手を組んで俺に寄り添い、ミリーはさり気なく俺の悪口を言い、シャルはグッと拳を握って目を輝かせ、リリーナさんさえ俺を尊敬の眼差しで見つめ、テトラもアイリーンも心酔したように俺をそばに寄ってくる。
が、そんなところでアンジェリカが「うがー!」と声を上げて立ち上がり、
「ええい離れろ小娘ども! 何を当然のように群がっておる! 主様は妾の主様なのじゃ! 貴様らのように乳臭い小娘どもが近づいて良いお方ではない! 妾の役目は王の力を持つ者を見つけ、その者の子を生むこと! そしてドラゴニアと世界を滅びの道から救うことじゃ! つまり主様は妾の夫となり――妾が主様の子を生むのじゃ!!」
「……ええええ!? ちょ、なにそれ聞いてないよアンジェ!」
アンジェはしっしっとその手を振るが、しかし、今は完全に魔力を失っている彼女にもはやあのときのような迫力はなく、ただの小さな子が暴れているだけである。
そして立ち上がったのはユイ。
「――アンジェリカさん。それは聞き捨てなりません」
「なんじゃと?」
アンジェと対峙するその目はとても静かに――しかしメラメラと燃えていた!
「娘。名を名乗れ」
「はい。私はユインシェーラ・アルトメリア。アルトメリアの里長であり、そしてカナタの許嫁です!」
「な、なに!? 主様の!?」
「はい! カナタにいただいたこの指輪に将来を誓い、すべてを捧げた女です。つまりはもうカナタの嫁です! 過言はありません! カナタの子は私が生みます。あなたには譲れませんっ!!」
『……えええええっ!?』
いきなりの宣戦布告。
これには俺だけでなくミリーもシャルもリリーナさんもテトラもアイリーンも驚愕の声を上げるしかなかった。
「ちょ、ちょっとユイ!? いきなり何を!」
そのまま俺の腕を取りギュッと胸を寄せてくっついてくるユイ。
この言動にはさすがのアンジェも愕然とし、
「な、ななっ、ななな……こ、このような小娘が主様の……! 主様本当か!? よもやこのような小娘と!」
「え? あ、えっとそのっ」
「本当です! この指輪を見てください! カナタとの愛がたくさん詰まっています!」
そう言って左手の指輪をこれでもかと差し示すユイ。
特に普通の指輪なんだが、アンジェは「くぉっ!?」と聖なる力にでも気圧されているかのようにうろたえる。いやなんでだよ!?
「な、なんたることじゃ……! 子供とはいえ、その乳でたぶらかしたか! ええい侮っておったわ! こうなれば妾の力で小娘を塵芥と化し、強引にでも主様を妾のみの王に――!」
「やめなさい」
「あうっ!? い、いきなりなんじゃ騎士の娘!」
そこでアンジェの頭をこつんと叩いたのはシャル。
既にある程度の気力を取り戻していたシャルは仁王立ちし、アンジェをお姫様だっこのように抱えて言う。
「事情はわかった。ともかく、これ以上ここに長居する必要はなかろう。皆も満身創痍だ。一度外に出てゆっくりと休もう。それに、急ぎ宰相たちの手当もせねばなるまい」
「な、何をする離せ騎士の娘! あのような男を助けるとはやはり阿呆か! だから離せと! 離せと言っているのじゃ! こ、この妾をまるで乳飲み子か小動物のように! うう、うう~~~! 離すのじゃあ~~~~~~!」
もはや人畜無害な幼女と化したアンジェの言葉を無視してスタスタと出口に向かうシャル。
俺、ユイ、ミリー、リリーナさん、テトラ、アイリーン、みんなが顔を見合わせる。
そして笑った。
一時はどうなることかと思ったこの騒動が、まさかこんな幕引きを迎えることになるとは、きっとこの場の誰もが思ってなかっただろうなぁ。