リリーナの策
その気持ちが届いたのか、ドラゴニアの少女は再びわずかに顔を上げ。
『…………阿呆が』
『――え?』
『妾より、自らの身を案じるのじゃな……』
それだけ言って。
ドラゴニアの少女は再び顔を伏せてしまい、以降はシャルが何を言っても反応すらしなくなってしまった。
『…………こんな、ことが……。いくら竜族とはいえ、正しい、のか……?』
牢の中を見つめたまま、シャルは悔しげにそうつぶやく。
『正誤など関係ない。ヤツがドラゴニアであり、封じられるほどに危険な存在だとわかっていればそれでよい』
いつの間にかシャルのそばにいた宰相がそう言い、そして、
『ご苦労だった、シャルロット・エイビス。よく役目を果たした』
『……もういいのか?』
『ああ、その剣さえ残っていれば――もはやお前は必要あるまい』
『? ――なっ!? こ、これはっ……!!』
宰相の目が怪しく光ったとき、シャルはすぐに動こうとしたようだが――しかし、もうその身体は自由を封じられていた。
宰相の背後に控える騎士が――いや、騎士だと思っていた連中がその手に持った杖で何かの魔術を行使しており、そこから触手のように伸びた魔力のヒモのようなものがいつの間にかシャルの身体にぐるぐると巻き付けられていて、それはヌルヌルとシャルの全身を舐めるように伸び、しかもそれがシャルのわずかな魔力を吸い取っているのが俺にはわかった。
さらにその触手はシャルの聖剣をつかみ取り、そのまま剣を宰相の元へ運ぶ。
『宰相……貴様ッ! 最初から、それが目的かっ!!』
必死に身体を動かして拘束から逃れようとするシャル。しかし触手はまるで獲物を追い詰める蛇のようにしつこく絡みつき、決してシャルを放さない。そしてシャルの体力と魔力をみるみるうちに奪っていく。
『ふん、無駄だ。その魔術は膂力では決して抜けられぬし、お前のか細い魔力では言うまでもない。やはりノルメルトの魔術師に協力を仰いで正解だったわ。この土地は魔力が極端に弱まるが、ノルメルトの魔術師がこれだけ集まれば魔術の行使も可能だからな』
『その剣を離せ! それは貴様などが易々と触れて良いものではないッ! ヴァリアーゼの魂が――誇り高き騎士たちが受け継いできた魂が宿っているのだ!!』
『安心しろ。そのヴァリアーゼの魂は我が王と我らが引き継ぐ。お前は自分の仕事をしっかりと果たした。ヴァリアーゼの礎になれたこと、誇りとして刻むが良い』
『ぐっ……なん、これ、は……っ! いしき、が……』
『よし、エイビスを拘束し、そちらの空いている牢にでも入れておけ。一度外でドラゴニアについての作戦会議を行う。その後、また訊くこともあるやもしれぬからな』
『き、さま……っ!』
『エイビスよ、お前はヴァリアーゼの騎士としては甘すぎるのだ。やはり所詮は女ということだな。フフ、ハハハハ……――』
高らかに笑いながら、シャルの剣を手に去っていく宰相。
シャルはついに意識を失ってうなだれ、触手の魔術に引っ張られて小さな牢の中へ詰め込まれ、魔術師たちに枷をつけられていく。
こうして聖剣を手にした宰相はそのまま遺跡を後にし、その際に専属の騎士に聖剣を手渡し――――――――
――――――
――――
「――はっ!」
意識が現実へ戻ってくる。
気付けば俺は身体中にびっしょりと汗を掻いていた。少しだけ頭が重い。
「カナタ、だ、大丈夫ですかっ?」
「ちょっとどうしたのよカナタ! すごい汗!」
「ユイ、ミリー……」
二人が心配そうに俺を見守ってくれていて、リリーナさん、テトラ、アイリーンも俺の身体を支えてながら汗を拭ってくれた。
「カナタ様。何か“視た”のですか?」
俺が何かの才能を使ったことを察したのだろう。
リリーナさんの質問に、俺は軽くうなずいて応える。
それからすぐに落ち着き、呼吸を整えてから話した。
先ほどこの聖剣から『サイコメトリー』で読み取ったすべての記憶を。
それには当然、みんな怒りや不快や、そんないろんな感情のこもった表情をした。
「……よくわかりました。カナタ様、感謝致します」
「いや。それより、早くシャルを助けに行かないと!」
「はい。しかし、牢には鍵が必要です。おそらく鍵は彼が管理しているはず。であれば……策を仕掛けましょう」
「策?」
俺たちの注目を集めたまま、リリーナさんは続ける。
「はい。お任せください」
そう言ってリリーナさんはその剣を――奪い返したシャルの聖剣をわざわざテントの入り口に立てかけ、そのままこちらに戻ってくる。その間もずっと足音を消していて、慎重な動きをしていた。
「リリーナさん?」
「お静かに」
そっと口元に人差し指を当てたリリーナさんに、俺たちは口をつぐむ。
そうして何をするかと思えば、リリーナさんはその場で拾った小石を手に取り、それをなんとテントの方に向かって投げてしまった!
驚く俺たちの視線の先で、小石は当然テントに当たり、その物音に気付いた宰相が中から姿を見せた。
「――ん? 通り雨か? いや、しかし空は……むっ!?」
と、そこで宰相はそばに立てかけられていた聖剣に気付き、慌てて手に取った。
「な、なぜこんなところに放置されている!! くっ、これを預けた私の信頼を裏切りおって! どこで何をしているのだあの大馬鹿者どもはッ! ヴァリアーゼの国宝を一体なんだと思っている! 国に帰ったら即刻死刑だ!」
イライラしながら辺りを見回し、やがてようやく怒りが収まってくると――
「ふぅ、ふぅ……。まぁ良い。一度エイビスの様子を見にいくか。この剣は、どうもヤツでないと抜刀することさえ出来ぬようだからな。気は進まぬが、それではなくては作戦が進まん。これをヤツの正真正銘最後の仕事としてやってもよかろう」
ニヤニヤと不細工に笑い、そのまま聖剣を手に遺跡の方へ向かう宰相。腰にはしっかりと鍵がつり下げられていることも確認出来た。
その際に、大声でその場にいた兵士たちを全員呼び寄せ、集団で遺跡の中へ入っていく――。




