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異世界湯けむり英雄譚♨ ~温泉は世界を救う~  作者: 灯色ひろ
第二湯 ヴァリアーゼの秘湯

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囚われの始祖竜


 そこでシャルが見たもの。



 それは――最も巨大な牢に囚われた一人の少女だった。



 少女はそのか細い手足をいかにも強固そうな太い鎖に繋がれて縛り付けられ、意識を失っているのか、身体からはぐったりと力が抜けているようだった。


 愕然とするシャルは、軽くよろめきながら口元を震わせて言う。


『何だ……これはっ!? なぜこんなところにあんな少女が囚われている!? くっ、すぐに彼女を救出する! お前たちも手伝ってくれ!』


 騎士の部下たちに命令をして走り出すシャル。


 ――だが、その行く手を宰相の専属騎士二人が止めた。


『なぜ止める! お前たちも……なぜ行かないっ!? 早く彼女を助けなければ!』

『その必要はない』

『っ!?』


 宰相の言葉に鋭い視線を向けるシャル。


『何を言っている宰相殿! 宰相殿はこの場所のことを知っていたのだろう! なぜあんなに幼い少女を縛り付けているのだ!』

『外見だけだ。それにヤツを封印したのは私ではない。はるか昔の人類だ」

『ふう、いん……? 何をっ』

『初めは私も騙されかけたがな。ああみえて、ヤツは一千年以上生きている化け物だ』

『な、何……? 何を言っている!?』

『貴様もこの遺跡がどんな場所かは知っているだろう? ここはかつて世界を恐怖に陥れた災いの竜を封じた遺跡である』

『そんなことは知っている! それとあの少女に何の関係があると言うんだッ!』


『察しが悪いぞエイビス。それがヤツだ(・・・・・・)


『…………え?』


 シャルの表情がスゥ、と静かになっていく。

 宰相は牢の少女を忌々しげに見つめながらつぶやく。


『本来は地上を守るはずの守護竜でありながら暴走し、勇者や魔王にすら牙を剥き、あまりの力に魔族たちの手にすら余り、果てはこうして聖女により封じられた神獣と同義の存在――その名も始祖竜ドラゴニア。それがヤツだ』

『なに、を……そんな、馬鹿なことが……』

『牢の周りに温泉が流れているのがわかるだろう。この地の秘湯には『魔力を弱める効能』があり、ゆえにドラゴニアはこの遺跡に封じられたのだ。短い時間ならば問題もないが、長く籠もっていればその効果は絶大となる』

『封印……だ、だがなぜ今それがっ』


 シャルの問いに、宰相は面倒くさそうに息をつき、語る。


『貴様がアルトメリアで会ったという勇者とやらだ。勇者は世界中の秘湯を巡って世界を救うのだろう? 勝手に王子が許可証など発行するものだから、王の命によってその前にこの遺跡を再調査したのだ。身分もよくわからん勇者とやらに立ち入られ、ヴァリアーゼのものを破壊、または奪取されてはかなわんからな』

『カナタ殿はそんな遺跡泥棒のような真似はしない!』

『ふん。そこで偶然この部屋を発見してな。幾人か貴様と同じような反応をしてあのドラゴニアを救出に向かったわ。だがその全員が死んだ』

『なっ!?』

『封印とはいえ、それも完璧ではない。ヤツは弱りながらも極限まで生命維持活動を抑えることで冬眠のような状態となっている。だが不用意に近づけばそれが解除され、ヤツのまがまがしい赤き魔力に当てられただけで死ぬ』

『そん、な……』

『だが、貴様は死なないはずだ。その聖剣があればな』


 宰相の目がシャルの腰元へ向く。

 シャルもまた剣を一瞥し、そして宰相を見た。


『……それで私が呼び出された、と』

『その通りだ、シャルロット・エイビス。貴様ならヤツと話も出来るはずだ。話が出来るならいろいろと聞き出すことも出来るだろう』


 宰相がそう言うと、シャルの背後に控えていた部下の騎士たちがぞろぞろと宰相の背後へ移動。


 ここで記憶を追っている俺も――そしてその場のシャルも察していたようだった。


 王からシャルに付けられた騎士は最初から宰相のものであり、すべてこのときのために用意されていたもの。

 そして王からこの場に派遣されたことも、すべては――。



『……そういうこと、か』



 すべてを理解したシャルは、しかし逃げることなく顔を上げて前を向き、堂々と歩き出す。


 そして牢に封じられた少女の――ドラゴニアの前に辿り着く。


 紅の髪は伸びきっており、彼女の身体よりずっと長く牢の中に垂れ落ちていた。手足を縛る枷には不思議な文様の印が刻まれているのもわかった。


 ドラゴニアはぴくっと反応し、わずかにその顔を上げて、その赤い髪の隙間からシャルを見やった。


 ――深く鮮烈な朱の瞳。


 髪と同じ美しい色の瞳は、じっとシャルを見つめている。まるでシャルの心を覗くかのように。


 そしてその瞳を見たシャルは。


『――なんと、美しい目だ……』


 そうつぶやき、まばたきも忘れて赤い瞳に惹きつけられているようだった。

 次の瞬間、シャルの周囲を赤く燃えさかるようなオーラが包み込んだが、シャルの剣が淡く光り輝き、そのオーラを浄化するように打ち消す。宰相たちが「おおっ」と声を上げた。


 だが、ドラゴニアの少女はすぐに飽きたかのように顔を伏せてしまう。


 そして――




『…………貴様ではない』




 初めて、わずかにのみ発せられた声。

 その小細い声は、今にも消えてしまいそうなものだった。


 シャルはハッとしてすぐに声をかける。


『ま、待ってくれっ。今のはどういう意味だ? 君は人語を理解出来るのだろう!』

『…………』

『君が……君のような可憐な少女が、本当に災いの竜なのかっ? だとしてもこんな、今にも命の灯火が消えそうな子を放ってはおけない! そんなものは……私の騎士ではないからだ!』

『…………』

『それに、私ではない、と言ったな? 君はずっと誰かを待っているのか? 一体、ここで何を待っているんだ? なぜこんなことになっているんだ! 教えてほしい!』

『…………』

『……頼む、何か答えてくれ。このままでは、君はずっとここに封じられたままだ――!』

『…………』


 牢の鉄格子に捕まり、必死に声を掛けるシャル。

 記憶を覗いている俺にはわかった。

 シャルがこんな状況で、しかも相手は伝説に残るほどの竜で、なのに、シャルは本気でこの子の身を案じている。


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