聖剣の記憶
俺たちが何かを言う前にリリーナさんたちは茂みから飛び出し、凄まじいスピードで騎士たちの元へ駆け寄る。それは【神眼】を使っている俺でさえようやく追える速度であり、おそらくユイやミリーには何が起きたのかまだわかっていないだろう。
それからはまさに一瞬だった。
身を低くして駆けるリリーナさんはしかし足音すら立てず、その接近に最後まで気付かなかった騎士は突如ぐらりと頭を揺らして倒れ、リリーナさんがその身を静かに抱きとめ、シャルの剣と共にその身体を近くの茂みに移動させる。
同様に、テトラとアイリーンも見事に息の合ったコンビネーションでもう片方の騎士の足を取り、鎧の隙間から首筋に手刀を叩き込んで気絶させ、声を上げさせることもなく二人でそいつを抱え、リリーナさんに続いた。
――す、すげぇ……
呆然とする俺たちの方を一瞥し、リリーナさんが周囲を警戒しながら手招きをする。
俺はユイ、ミリーと共に茂みの中を移動し、ぐるりと回るようにリリーナさんたちの元へ。
そこへリリーナさんたちも二人の騎士を抱えたままやってきて、テトラとアイリーンがすぐに二人を簀巻きにして拘束。
俺はリリーナさんたちのまるで暗殺者のような手際の良さに終始困惑しっぱなしで、それはユイなミリーも同じようで、二人ともまばたきも忘れてリリーナさんたちのことを見つめている。
リリーナさんはシャルの剣を両手で抱えながら言った。
「やはり……シャルロット様の聖剣です。間違いありません」
「ああ~もう大丈夫かなシャルロット様っ。なんでこんなことになってんだよーっ」
「早くお助けに行かなきゃ……。でも、どこに……っ」
テトラが焦るようにむしゃくしゃし、アイリーンが不安げに手を組み合わせる。
俺はリリーナさんのそばに寄り、言った。
「リリーナさん。その剣、少しいいかな?」
「カナタ様?」
「ちょっと使いたいスキルがあってさ。触るだけで大丈夫だから。もちろん、剣には何も影響ないよ」
「……お任せ致します」
リリーナさんが差し出してくれた剣にそっと手で触れ、目を閉じる。
そして既に『写本』で検索していたスキル――【サイコメトリー】を発動させた。
これはモノに宿った思念を読み取り、かつての持ち主の記憶を辿ることの出来る力だ。
剣の残留思念は俺の中に入り込み、次の瞬間、まるで勝手に映画が流れるかのように、頭の中にいくつもの場面が巡り始めていく。
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最初に視えたのは、シャルが部下の騎士たちと共に遺跡を見上げているシーンだった。
『ドラゴニア遺跡か……。中に入って調査もしたが、やはり以前と何も変わりはない。それ以上の命令も受けていないが、王は一体、なぜ私をこの地に派遣したのか……』
特に何の成果も得られず、それでも任務だからと日々この場所で遺跡の探索、調査を続けていたらしいシャル。
その顔にはわずかに疲労の色も見られたが、それでも汗を拭って任務を果たそうとする彼女の真面目さはよくわかる。
それからシャルは何かを思いだしたように『ふふっ』と微笑み、
『そういえば、リリーナたちは無事にカナタ殿たちを迎えられただろうか。だとすれば、今頃はヴァリアーゼでサーカスでも楽しんでいるかな。また何か土産でも用意出来ればいいのだが……さすがにここからは無理か』
こんなときにも俺たちのことを気に掛けてくれているらしくて、独り言をつぶやきながらも可憐に笑う彼女の姿は、まるで友達と遊ぶことを考える普通の女の子だった。
と、そんなときに数頭の馬がバタバタと走ってくる音が聞こえ、シャルがそちらを振り向く。
やってきたのは、二人の騎士を従えた男であった。
男は馬から下りて口を開く。
『――任務ご苦労である。騎士シャルロット・エイビスよ』
そう声をかけられたシャルはすぐに片膝をつき、周りにいた他の騎士たちも同様にしゃがみ込んだ。
『これは宰相殿。まさか宰相殿まで来られるとは存じませんでした』
『ふん、これは王にとって重要な任務だからな。この私も直々に様子を見に来たのだ』
顎に手を当てながら、シャルを見下すように答える男。
年は四、五十といったところか。垂れ目で恰幅の良い身体をしており、高級そうな衣服や、その襟に付けられたヴァリアーゼの国章はわかりやすく身分を示しており、先ほどリリーナさんたちが倒した二人の騎士がそばに寄り添っていることからすぐにヴァリアーゼの宰相だということはわかった。シャルもそう口にしている。
シャルは膝をついたままハキハキと話す。
『そうでしたか。ところで宰相殿、こちらで調査を――とのご命令なのですが、やはり以前と何も違いはありません。私はこれから何をすればよろしいか。それに……この遺跡は長きに渡り封印され、敵国の国境にも近いからと放置されてきたはず。なぜ、今頃になって再調査を?』
『相変わらず強気な目をする女だ。しかし、その若さで騎士団長になったことは認めよう。王もよくお主のことを話しておるぞ』
『それは光栄です。目は生まれつきなのでお許しを』
『ふん、まぁ良い。説明してやろう。こちらへ来い』
『はい』
シャルと騎士たちは立ち上がり、歩き出した宰相の後を追って、そのまま全員は遺跡の中へ入っていく。
ランタンの明かりを頼りに奥へ進み、階段を下りて、また進んでいく。だがその先は行き止まりで何もなく、そこで宰相の足は止まった。
そして宰相がくいっと顎を向けると、専属騎士がその壁に手を触れる。すると壁は鈍い音を立てながらゆっくりと横に開いていき、隠された扉の向こうには開けた場所が存在した。
『隠し扉? こんなものが……』
ゆっくりと足を踏み入れていくシャル。
そこは周囲にいくつものランタンが用意されていて、ぐるりと一面を見渡せるくらいに明るいドーム状の室内だった。その広さは結構なもので、入り口の脇には巨大な竜の石像が二つ並んでおり、壁面には古代の壁画のようなものが描かれていて、その下には誰も入っていない牢がいくつも用意されている。
また、牢の周りをぐるりと囲むように湯気の立つ水が――膝下程度の温泉が流れており、そこからは何かキラキラとした粒子のようなものが見えた。一見すると足湯のようにも見える。
そしてシャルの視線は部屋の奥へと移動し――
『――なっ!?』
驚愕に顔をこわばらせるシャル。
視線は固定され、その身体は固まってしまっていた。




