潜入偵察任務、開始
テトラとアイリーンが兵士たちを拘束し終えて戻ってきたところで、俺はざわつく胸を押さえながら言った。
「リリーナさん、俺たちも手伝います」
その言葉に皆が「えっ」と俺を見る。リリーナさんはわずかに眉を動かした。
「カナタ様……ですが、危険です。おそらくここには敵国の者たちが多く入り込んでおります。今後、何が起こるわかりません。ご主人様にそのような危険を及ばすわけには……」
「だからこそです。もしシャルに何か危険なこと迫ってるなら、ここまで来て見過ごせないよ。俺たちはシャルのおかげでアルトメリアの里を守れたんだし、放っとけないって」
そう言うと、隣のユイも大きく頷いて。
「カナタ……はい、そうですよね! リリーナさん、私も同じ気持ちですっ。カナタにいただいた魔術もありますし、私でも力になれます! 一人でも多い方が、きっと何かと役に立てます!」
「ユインシェーラ様……」
「ふーん。まぁよくわかんないけどさ、アルトメリアのエルフは恩を仇で返すようなことはしないワケよ。『混浴する者みな家族ってね』。あたしはシャルロットのことよく知らないけど、カナタとユイがそこまで言うなら仕方ないから協力したげる。あたしだって魔術使えるようになったしね!」
「ミリー様……」
俺の意見に、ユイとミリーもそうやって続いてくれる。二人なら絶対付き合ってくれると思ってた。
「邪魔にはなりません。ユイやミリーは俺が守れるようにします。それに俺、王子にもシャルを頼むって直々に言われてるんで。ある意味王子命令っすよ」
「カナタ様…………」
俺たち三人はそれぞれに顔を見交わし、笑う。
テトラとアイリーンが嬉しそうに表情を明るくして手を組み合わせ、リリーナさんは少し考えるように目を閉じ、やがてそっとまぶたを開いて。
「……感謝致します。皆さまは、私どもが必ずお守り致します。テトラ、アイリーン。良いですね」
「もちっすよー! にへへ、久しぶりにあばれちゃうぞぉー!」
「は、はい! 全力でお守りいたしますっ!」
テトラが拳を合わせてニッと笑い、アイリーンが背筋を伸ばして声を張る。
リリーナさんはポケットから小さな髪留めを取り出すと、それで長い黒髪を後ろで一つにまとめた。テトラが「おおっ! リリーナさんマジモードだ!」と高揚する。
リリーナさんは平静を崩すことなく言った。
「それでは、ただいまよりシャルロット様の安否確認、および現状把握のための偵察任務を開始致します。皆さまは、決して私から離れぬようお願い致します。テトラ、アイリーンは皆さまの後ろにつきなさい」
「了解!」「了解ですっ!」
「身を潜めるため、森から接近致します。場合によっては撤退の判断を致しますが、その際はどうか迅速にお従いください。何より大切なのは皆さまのお身体です」
俺もユイもミリーもすぐに頷いて応え、リリーナさんもまた頷く。
「では参ります。テトラ、アイリーン。常に才能を使えるよう気を引き締めておきなさい」
「「はいっ!」」
こうして俺たちはまずラークとルーク、馬車を森の中に隠してからそのまま森を進み、シャルを探し始めた――。
先頭はリリーナさん。それに俺、ユイ、ミリーが続き、しんがりをテトラとアイリーンが努めてくれている。
そんな六人で森を静かに――それこそ忍者のように密やかに進み、出来る限り足音を消して、視界への集中を途切れさせないよう気をつける。
俺もすでにいくつかの才能を発動させているおかげで、敵に見つかることもなく順調に進めてはいるが、それでもやはり心臓の鼓動は早まり、場に緊張感はあった。潜入系のゲームなんかでもハラハラはしたが、実際本当にやってみるとその比ではない。
そうして徐々に遺跡や拠点の方へ近づいていくが、そこで先頭のリリーナさんがスッと手を横に伸ばし、俺たちにストップをかける。
そっと木の影から前を覗いてみれば、黒いローブに身を包んだ人物が一人、辺りに視線を巡らせながらゆっくり森を歩いている姿が見えた。その手には杖のようなものを抱えている。
リリーナさんが小声で話す。
「ノルメルトの魔術師のようです。まだ私どものことには気付いていないはずなので、おそらくは周囲の警戒に当たっているのでしょう」
「さ、さっきの方たちもそうでしたよね? どうして、ノルメルトの人たちがヴァリアーゼの領地内にいるのでしょう……?」
「つーかさ、ここって王様からの命令とかであのシャルロットって騎士が来てるんでしょ? なんでそこに他国のやつが混じってんのよ。ヴァリアーゼとノルメルトって友好国でもなく戦争してたじゃない。それが仲良く一緒にさ。なんかやらしーニオイする」
そんなユイとミリーの疑問には俺も同意し、テトラやアイリーンも同じ気持ちのようだ。
リリーナさんは兵士たちの方に視線を固定したまま返す。
「現状ではまだ何とも…………ですが、どうもシャルロット様が命じられたのはかなり特殊な任務のようです。一刻も早く、シャルロット様にお会いしなくては」
その発言には全員がうなずく。
何が起きてるか俺にもまださっぱりわからんが、とにかくここが異常な状況になっていることだけはわかる――!




