ドラゴニア遺跡へ
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ユイに手を出したくて仕方ない悶々とした夜をなんとか乗り越えた俺は、翌朝、日が昇ったばかりの早い時間に起床。
出かける準備を済ませ、ユイとリリーナさんの手作り絶品朝食に舌鼓を打った後、王国の裏口の方からこっそりと馬車で出発してシャルを追いかけることになった。
こんなことをするのは、もちろん王やその配下たちに知られないようにするためである。
今日の空は多少曇りぎみだったが、ラークとルークは鼻を鳴らしてやる気を見せてくれている。またこいつらに世話になるな。
「頼むぜ。ラーク、ルーク」
「「ぶるるる!」」
二人の顔を撫でていると、そばでアイリーンが嬉しそうに笑ってくれる。
そしてそんな俺たちに見送るため、その場には王子と王女様も来てくれていた。王女様は相変わらず人見知りで俺たちにはおどおどしっぱなしだが、アイにだけはスキンシップを取って笑顔を見せてくれる。
王子様が俺たちを一瞥して言った。
「リリーナ。皆のことを任せたよ」
「承知致しました」
その言葉に足を揃え、恭しくうなずくリリーナさん。
今回の出発メンバーは俺、ユイ、ミリー。そしてリリーナさん、テトラ、アイリーンのメイド娘三人の、合わせて六人だ。
他国の国境付近まで行くということで、万が一の安全を考えてアイには留守番をしてもらうことになった。最初はアイも行きたいとだだをこねたものの、王女様と一緒に遊びながら待ってほしいと王子様に言われてからは、割とすぐ元気になってくれた。
そして王子は辺りを――手を繋いで笑いあうアイと王女様、それに護衛でついてきていた兵士数人を気にしながら俺に耳打ちをする。
「――どうもシャルロットは遺跡調査の名目で何かをさせられているようだが、もし何か危険があればすぐに戻ってきてくれて構わないからね。君たちは君たちの命を何よりも大切にしてほしい。約束だ」
「――はい、わかりました。けど、もし本当に何かがあれば出来るだけのことはしますよ。ユイはもちろんそう思ってますけど、俺だって、同い年のシャルは友達みたいなもんだって思ってますから」
「カナタくん……すまない。感謝する」
「いえ。それよりアイのこと、お願いしますね」
「わかったよ。任せてくれ」
王子は軽くうなずいて、そして一歩身を引いてから俺と握手をする。
「皆、どうか気をつけて」
俺たちはそれぞれにうなずき、王子や手を振るアイと別れてヴァリアーゼを出発した。
目的はシャルの偵察任務。そして目的地はここからさらに北東へ。魔術国家『ノルメルト』にほど近い国境の辺りらしい。
馬車から曇り空を見上げてなんとなく思う。
今回は少し嫌な予感がするな――と。
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そうして、途中何度か休憩を挟みつつ、およそ七~八時間ほど馬車を走らせた俺たち。
朝から平野を走ってきて、昼ご飯を済ませてしばらくした頃。ようやくシャルが任務についているという土地へ到着しようとしていた。
そこはなんつーか……古墳? いや遺跡か?
辺りには結構な規模の森が深々と広がっていて、その中に少し背のある大きな灰色の建物がある。それは明らかにもう使われていないような感じで、まさに古墳か遺跡かみたいな風貌だ。
そして森の周囲にいくつかテントなどが密集して設置されていて、そこに兵士らしきものたちの姿が確認出来る。おそらくはあそこが遺跡調査の拠点なのだろう。ユイとミリーも俺の横から外を眺めて確認している。
徐々に森の匂いが濃くなっていく中、俺は馬車の中で尋ねて見た。
「リリーナさん、あそこにシャルが? ていうあれ、遺跡ですか?」
「はい。あちらは『ドラゴニア遺跡』と呼ばれる古代文明の遺跡です。遠い昔、世界を滅ぼしかねないほどの力を持った災いの竜『ドラゴニア』を『聖女』が封じ、神として崇めた場所と云われております。遺跡の中には古代の秘湯が未だに湧いていると聞きます」
古代の秘湯、という単語に「おお~」と興味が向く俺たち。注目ポイントがそこになってしまうのが俺たちらしいっちゃらしいな、なんて思った。
ユイは軽く思い返すように目を伏せて言った。
「『ドラゴニア』……その名前は私も知っています。確か、世界を繁栄させてくれる始祖の種族の一つということを本で読みました」
「あっ、それあたしも知ってる知ってるっ。すごい種族なのになんか暴れて聖女サマに捕まっちゃったんでしょ。外の世界でも有名だったわよ」
「へぇ、そうなのか……」
ユイの言葉にミリーも続き、初耳だった俺にはなんとも興味深い話だった。
世界を繁栄させてくれる種族……か。
「そんなところにある秘湯なんてのも気になるけど、んでも、なんで騎士のシャルがこんなとこに呼ばれたんだ?」
「そ、そうですよね。それに、どうして今頃になって調査なんでしょう」
「んー言われてみるとそうよねー。リリーナはなんか知らないの?」
「申し訳ありません。それは私にも……」
リリーナさんが軽く首を横に振ったとき、ガタガタ、と急に馬車がストップ。俺たちは「おわっ」と体勢を崩しかけ、リリーナさんがすぐに俺たちを支えようと手を伸ばしてくれた。
御者台からテトラとアイリーンがこちらに顔を出す。
「テトラ、アイリーン。もう少し静かに止まりなさい」
「ご、ごめんなさいっす! でもリリーナさんっ、なんか検問みたいのがあってっ」
「ど、どうしましょう?」
「……検問? この場所にそのようなものはないはずですが……。皆さま、申し訳ありませんが、少々こちらでお待ちくださいませ」
頷いた俺たちの前を通り、リリーナさんが馬車から降りて外へ。
気になった俺たちも馬車の中から外を覗いた。




