誓い
そう思った俺よりも、しかしユイが先に言った。
「――わかってます。カナタが私たちのことを考えて、魔術を【転写】しないようにしていたのは」
「……え?」
「カナタは優しいですから。いつも、私たちのことを考えてくれています。それくらい、ちゃんとわかっていますよ。だって、私はカナタの許嫁ですから」
「ユイ……」
ユイはニコッと優しく微笑み、そして続けた。
「だけど、そんなに心配しないでください。私もミリーも……きっとアイも、もっと、カナタの役に立ちたいと思っています。そのために何をすればいいのか、考えていると思います」
「……うん」
「もちろん、カナタの気持ちは尊重したいです。だから、無理は言いません。けれど、もっと私を――私たちを信頼してくれると嬉しいです」
「信頼……」
ユイはうなずく。
それから胸元に手を当てて言った。
「私は、カナタと一緒に歩む覚悟があります。カナタの抱えるすべてのものを、一緒に支えたいのです。それが、私の覚悟だから。私はずっと、あなたのための私でいると約束します」
「……ユイ」
「だって、私はそのためにカナタについてきたんですよ」
まるで俺の不安を見透かすように、ユイは穏やかな声でそう言ってくれた。
なんていうか……ホント、参ったな。
俺が考えてる以上のことをユイは考えてるし、その上で、俺の気持ちさえ汲んでくれている。
もはや、俺が言うことなんてなくなってしまった。
だから、答えた。
「――ん、わかったよユイ。もっとユイを、アイを、ミリーを信じる。俺も、ユイたちの抱えるものを一緒に支えたいからさ」
「カナタ……」
「必要なときにはちゃんとユイたちにも活躍してもらえるようにするよ。この力は、きっとそのためにあるからさ。だからユイもちゃんと心の準備しといてね? 種類にもよるけど、魔術は使い方を誤ると大変だからさ! わかった? はい元気に返事!」
「え? は、はいっ!」
「よし、良い返事だ!」
また二人、一緒になって笑いあう。
こんな時間が、俺はとにかく好きだった。
二人の間の空気が優しく流れていく中。
俺は軽く深呼吸をして、覚悟を決めることにした。
「あのさ、ユイ。それで、えーっと、実はその、俺からもちょっと話があるんだけど」
「お話、ですか? はい、なんでしょう」
可愛らしく首をかしげるユイ。
――ああ、なんかすげぇ緊張する!
でも、せっかく二人きりになれたわけだし、雰囲気も良い感じだしな。今日は一日チャンスを探ってたんだし、ここを逃すのはもったいないっ! 明日にはもうシャルのところにいくんだしなおさらだ!
「ちょっと待ってて!」
「は、はい?」
というわけで、立ち上がった俺はベッドサイドに置いてあった『それ』を手に取り、またユイの隣に戻る。
そして、『それ』を両手でユイに差し出した。
ユイは『それ』に視線を落とした後、俺の目を見上げる。
「これ……は?」
「あー、えっとっ。俺からユイに! プレゼント、なんだけどっ」
「ぷれぜんと?」
「う、うんっ。あ、開けてもらえる?」
「は、はい……」
いきなりのことに戸惑っている様子のユイだが、俺の渡した小さな箱を手の平で受け取ると、ゆっくりとその手で開いていく。
「――え?」
ぽわん、と呆けたようになってしまうユイ。
『それ』は――箱の中に入っていたものは、綺麗な青い宝石のついた指輪だ。
そしてそれは、以前ユイが街を散策していたときに足を止めていたあの店……『レヴァン宝石店』のものである。
「……カナタ? これ、は…………?」
「いやー、その、ほ、ほら。ユイは俺の許嫁になってくれたのにさ、俺、ユイに何もしてあげられてないから。でさ、リリーナさんに訊いたら、こっちの世界でもそういう相手には指輪を渡すしきたりみたいのがあるって言ってたから」
「ゆび、わ…………? でも、こんな、いつのまに……」
「あー、えっとね。ほら、前にユイが見てた店のなんだけどさ。実は今日、こっそり買いに行っててね。ユイに渡すタイミングを探ってたんだけど……俺がヘタレなばっかりにこんなタイミングになっちゃって、なんか急でまじごめんっ!!」
じわじわと耳が熱くなってきて、自分がきっと紅潮しているだろうことがよくわかる。それでもなんとか言葉を探してそこまでは繋げた。
ユイはじっと俺を見つめたままで。
「…………これ、を、私の……ために、ですか……?」
「う、うん! その、う、受け取ってくれる、かな?」
「カナタ…………それでは、私の……返事は…………」
――ああああめっちゃ恥ずかしくなってきたああああああ!
逃げるな逃げるな頑張れ俺! ここまできたんだやれば出来る! テンパってないでちゃんとユイの顔見て言え! よし言えッ! 才能に頼らずやれッ!!
「そ、そういうことっす! まだユイは大人になってないしそのとき改めて言おうと思ってたんだけどさ! で、でもただ口約束しただけでユイをずっと不安にさせておきたくなかったし、男としてその辺ちゃんとしといた方がいいかなと思ったわけでして! そ、それは俺の気持ちってことで! だからどうか受け取ってくださいっ!」
「…………カナタ……」
「あっでもお金足りなくてそこまで高いのは買えなかったんだけど、あっ、けどちゃんと自分のお金で買ったから心配しないで! ほら、さすがに王子様のツケでプレゼントの指輪買うなんて情けなさすぎるしさ! 実はリリーナさんたちの特訓を手伝った謝礼ってことで王子様から少しお金もらってたんだよ。それを貯めてなんとか買えたんだけど、ってそれも王子様のおかげなのか!? ああでもいつかもっと良いもの贈るから! 今はそれで我慢してもらえるとうれし――」
泣いていた。
ユイの大きな二つの瞳から、スーッと綺麗な光が頬を伝って流れ落ちる。
自分で何言ってるかわからなくなるくらいテンパってた俺だが、目の前でユイの涙を見たことで不意に意識がそっちへと持っていかれる。
「――え? ユ、ユイ!? え、な、なんで泣いてっ!」
慌てる俺に、ユイは両手で指輪の入った箱を大事そうに抱えながら。
「……うれしい、です。うれしい。嬉しい。嬉しくて、こんなに、しあわせで…………私、わたし…………」
つぶやきながら、大粒の涙をたくさん零してパジャマを濡らす。
好きな子がぽろぽろ泣いているのに。
けれどその光景が、俺にとっても、すごく幸福なもので。
同時に、彼女を想う気持ちがより強固になったのを感じる。
俺は尋ねた。
「…………受け取ってくれる?」
尋ねると。
ユイは静かに――けどしっかりと応えてくれて。
「……はいっ!!」
咲き誇るその笑顔が、俺には何よりも嬉しい答えだった。
――それから少しだけ間を置いて。
俺は、その指輪をユイの左手の薬指にそっと嵌める。なんだか本当の結婚式みたいな気がしてむちゃくちゃドキドキしてしまった。
こっちの世界だと、本当は婚約指輪に『誓いの刻印』を施すことで契約を済ませるらしいけど、今回はまだそういうことはしていない。それでもユイはとても喜んでくれた。サイズも問題なかったようでホッとする。こういうの初めてだからマジで緊張したよ!
「カナタ。この指輪……一生、大切にしますね。とっても綺麗で……いつまでも見ていられます……」
「そ、そんなに喜んでもらえると嬉しいけど。やっぱちょっと照れるな」
「ふふ……でも、なんだかとても不思議です」
「ん? 不思議って?」
尋ねると、ユイはおかしそうに笑いながら言った。
「少しだけ、想像していたんです。あのお店で見た綺麗な宝石が、私なんかにも、似合うのかなって。もしも、カナタがプレゼントしてくれたらどうしようって」
「そ、そうだったの?」
「はい。だから……こうして本当にいただいてしまって、すっごくすっごく驚いたんです。カナタは、私の気持ちを知っていたんですか?」
「い、いやいやさすがにそこまでは。でも、確かにユイがあの店で宝石を見てたのがきっかけだったんだ。俺、ユイにずっと何かお礼をしたいって思っててさ、それで、ユイもやっぱり宝石とか好きなのかなって。それじゃあ、プレゼントしたら喜んでもらえるかなってさ。俺の世界でも、やっぱ恋人に指輪を贈るのは定番だったし」
「カナタ……そう、だったんですね……」
「あ、でももちろんお礼だけって意味じゃないからね? あーいやその、面と向かって言うと照れるけど……その、ユ、ユイにだけ、だからさ!」
「…………カナタ」
ユイはそっと俺の方に近づいてきて、お互いの足がぴったりとくっつく。




