真夜中のお願い
「――カナタ、お疲れ様です。こちら、どうぞ」
「あ、ユイ。うん、ありがと」
ユイが持ってきてくれたタオルで顔を拭き、よく冷えたレモン水で水分補給。かぁー身体に浸みる!
「ふふ、カナタはすごいですね。毎日、どんどん見違えるように強くなっていきます」
「えっ? そうかな? まぁ俺としては逆にリリーナさんたちの胸を借りてる気持ちなんだけどね。ほら、こっちの方がエネルギー貰ってるっていうかさ」
「そうですね。カナタも、なんだかすごく張り切っているように見えます。やっぱり、もっと強くなりたいのですか? カナタは、今でも十分すごいと思いますが」
「あー、うん。もちろんそれもあるけどね。他にもちょっと事情が……」
「事情?」
「あーいやなんでもない忘れて! えーっと、近いうちにちゃんと話すからさ!」
「は、はい。わかりました」
それからユイと一緒にみんなを見渡す。
まだやり足りないらしいテトラとアイリーンは二人で組み手を始めて、リリーナさんがそれを指導し、ついにでミリーとアイまで組み手の真似事を始めてしまったものだから、リリーナさんはそちらにも声をかけ始める。
生き生きとしたみんなの顔を見ていると、ホント、俺も元気になれるんだよな。まぁ、実際そうやって他人のパワーを受け取る才能もあるんだけどな。
「……カナタ」
「ん?」
「頑張りすぎないで、くださいね?」
「――え?」
隣のユイを見る。
彼女は、いつもより少しだけ寂しそうに見えた。
だから、俺は笑う。
「ん、もちろん。俺そんな頑張りすぎるタイプじゃないしなぁ。ほどほどにしとくよ。ありがとね」
そう言うと、ユイはこくんとうなずいていつも通りに笑い返してくれた。
ユイはいつも俺のことを見守ってくれている。
そんな彼女にちゃんとお礼の気持ちを伝えたいと――俺はずっと考えていた。
♨♨♨♨♨♨
――滞在四日目の夕方。
穏やかで楽しい日々を過ごしていた俺たちだったが、そんな時間も――ついに終わりを迎えてしまう。
王女様と遊んでいるアイを迎えに行った俺とユイが、そこである話を聞いたからだ。
今では数少ない王子の部下の一人――王の元でいわゆるスパイとして活動している貴族の女性が、王と宰相とのある重要な会話を聞いたと報告しに来たのだ。
その内容とは、今朝になって宰相がヴァリアーゼの『ある遺跡』に向かったらしいということ。
そしてその『ある遺跡』とは、シャルが命令によって向かわされた場所と同じらしい――!
俺たちはその話を聞いて何かが始まろうとしていると予感し、身体もすっかり元気になったからと、早速明朝にシャルの元へ発つことにした。
王子からも、数日は身体を休めつつ、何か動きがあればそのタイミングで――という打ち合わせをしていたので、どうやらここがそのタイミングらしい。みんなもすぐ了承してくれた。
そしてその夜。
既にみんなが寝静まったであろう時刻にも、まだ俺は寝付くことが出来ずにベッドの上でゴロゴロしながら窓の外の月をぼーっと眺めていた。
「……シャル、大丈夫かな」
シャルは強いし、あの歳で騎士団長にすらなった腕の持ち主だから、そこまで心配も要らないとは思うけど……なんだか少し胸がざわつく。もっと早くシャルの元へ向かっても良かったかもしれないと思っていた。
「んー…………なんか眠れないし、一人で温泉でも入ってこよかな。それに、これもどうするかなぁ……」
なんて思って身を起こし、ベッド脇の棚に置いてあった『それ』を見つめる。
そんなとき、コンコン、と優しくドアをノックする音がした。
「ん? こんな時間に誰だろ。はーい」
夜だし大きな声で促すのもあれかと、ベッドから降りて自ら扉を開けに向かう俺。
静かに扉を開くと――
「ごめんなさい、カナタ……起こしてしまいましたか?」
そこで上目遣いに俺を待っていたのは、枕を抱えたパジャマ姿が愛らしい我が許嫁のユイさん。
ちょうどいいタイミングかな、なんて俺は思った。
「――それで? どうしたのユイ?」
二人してベッドに腰掛ける。
隣のユイはちょっと申し訳なさそうに微笑み、
「突然ごめんなさい。その、明日シャルさんの元へ向かうと思ったら……少しだけ、緊張してしまって」
「ああ、それで眠れなかったの? じゃあ俺と同じだ。それで温泉でも行こうかと思ってたんだよ」
「え? カ、カナタもですか?」
「うん。いや考えすぎだとは思うけどさ。ほら、この数日いろいろヴァリアーゼを見てきて、一見みんなで平和で楽しそうにやってるけど、裏ではしっかり戦いも続いててさ。家族の騎士を失ったって人もたくさんいて……なんつーか、やっぱ戦争やってるんだなって思っちゃって」
「……そう、ですね。シャルさんも、騎士として戦っているんですよね……」
「……だね。だからさ、ちょっといろんなこと想像しちまって、それでシャルも大丈夫かなーって思ったりして。なかなか眠れなかったんだ」
「私も同じです。もしシャルさんに何かあったらって……。それで、相談したミリーには心配性もいい加減にしなさいって言われちゃいました」
「はは、でも里のとき一番いろいろ心配してたのはあいつだった気がするけどなぁ」
「ふふ、そうですね」
一緒になって笑いあう。それだけでお互いの不安はどこかへ消えていった気がした。
「あの、カナタ。実は……一つ、お願いがあるんですが……」
「ん? お願い?」
「はい……。その、ミリーもよく言っていることなのですが……。私にもっ、もっと魔術を教えてもらえませんか?」
「――え?」
いきなりのお願いに唖然とする俺。
や、ある程度その準備はしていたんだが、いきなりだったので驚いてしまった。
「魔術って……ユイ? 急にどうして?」
「はい。カナタとリリーナさんたちとの訓練を見るようになって、私も、少しだけリリーナさんに稽古をつけてもらって。いろいろと、考えたんです。私ももっと強くなって、カナタやアイ、ミリーを、里のみんなを守れるようになりたいって」
「ユイ……」
俺は――悩んでいた。
もちろんそのことは俺も何かにつけて考えていたし、今後もし何かあったときのために、何より自衛のためにユイとミリー、そしてアイにもある程度の魔術を【転写】しておいた方がいいんじゃないかと思っていたから、ある程度その魔術にも目星はつけてある。ユイもミリーもアルトメリアのエルフだから魔力は申し分ないし、俺の中にあるほとんどの魔術は上手く使いこなせるだろう。
でも、それはよく考えてしなくちゃいけない。
ユイたちに魔術を【転写】すれば、確かにユイたちは劇的に強くなる。膨大な魔力を持つアルトメリアのエルフが扱う魔術なら、並大抵の魔物は相手にもならないだろうし、おそらく戦争に参加したってそうとうな戦力になってしまうはずだ。そのことは、彼女たちに一度魔術を渡してよくわかっている。
だからこそ。
自分のさじ加減で彼女たちに強大な力を与えられてしまうという事実が、怖かった。
『才能』と『魔術』は違う。まったく別物の力だ。
才能は誰にでも何回でも【転写】することが出来るし、それを消去することも可能だ。しかし、魔術は一度【転写】したらもう他の誰かに渡すことは出来ず、さらに消去することも出来ない。頭の中の『写本』を理解出来るようになってからそのことを知った。
魔術を与えれば、それは彼女たちの血となり肉となり、人生を左右する力にすらなるだろう。使い方を間違えれば、取り返しのつかないことになってしまうかもしれない。
だからあの里のでの騒動以来、俺はユイにもミリーにも魔術を【転写】しないようにしていた。アイは言わずもがなだ。
「……ユイ、あのさ」
そのことを、ユイにも一度ちゃんと話しておいた方がいい。




