ヴァリアーゼの休日2
さすがに少し疲れてきて、どうしたもんかと腕を引っ張られ続ける俺。
そこでテトラが「あっ!」と何かを閃いたように手を叩き、
「カナタ様! じゃあじゃあっ、そのお返しにまたお部屋でマッサージしますので、それでどうですかっ! もしカナタ様がお望みなら……あたし、夜のご奉仕してもいいですしっ♥」
「ぶふぉっ!? え、えええ!? い、いきなり何言ってんだよテトラ誤解されるだろ! あー違うからねユイ! ミリーも石投げる準備すんな! アイはまだこういうの気にしちゃダメ!」
「えっへへへ♪ いっぱい気持ちよくしますよ~? だからお願いしまーす♪」
「そ、そんなこと言われてもなぁ~」
腕を絡ませておねだりしてくるテトラ。
なんつーか、あの俺の部屋での一件以来、テトラは前よりずっと距離が近くなった気がするんだよな。いや嬉しいは嬉しいんだけど、言動が過激というかなんというか!
なんて思っていたら、もう一人のメイドさんまで――
「うう……テトラ、抜け駆け……! カ、カナタ様っ! 私だって、な、何でもご奉仕しますっ! よ、よっ、よと、夜伽の覚悟だってありますっ!! だからお願いしますっ!」
「夜伽!? アイリーンまで何言ってんだよ!? だーもう二人とも落ち着いてくれ! リリーナさーん助けてぇーーーーーー!」
二人にぎゅうぎゅうくっつかれて、まるでネコ型ロボットに助けを求める少年のごとく叫ぶ俺。
さすれば彼女はいつも通りにやってきてくれて。
「テトラ、アイリーン。そのくらいになさい」
「「あうっ!」」
リリーナさんが二人の首根っこを掴んで引き剥がしてくれる。するとテトラもアイリーンもがっかりと肩を落とした。
「あなたたちはカナタ様のご厚意に甘え過ぎです。ご主人様の胸を借り、お時間を使わせていただいていることを自覚なさい」
「「は、はいっ!」」
「何より先ほどの攻防は無駄が多いです。テトラは最初から飛ばしすぎず、もう少し周りに目を向けなさい。アイリーンは躊躇せず、もっと機敏に動けるはずです」
「「は、はい……」」
早速の評価にぐったりし始めてしまう二人。
だが、ようやく諦めてくれたことにホッとする俺。
「ふぅ。ありがとリリーナさん。助かった」
「いえ。しかし二人とも、カナタ様の仰るようにかなり動きが洗練されてきましたね。その調子なら昇進も夢ではないでしょう」
「えっ!? リリーナさんマジっすか!?」
「わ、私もですか?」
「その調子なら、です。カナタ様に感謝して精進を続けなさい。良いですね」
「「はいっ!!」」
鞭の後にしっかり飴を渡して二人のやる気を引き出すリリーナさん。
一緒にいるとよくわかるけど、なんつーか、やっぱり人の上に立つものとして教育がしっかりしてるんだよな。そういう人だからリリーナさんもメイド長なんて役目を授かってるんだろう。
と、そこでリリーナさんは長い黒髪を後ろで一本に結び、言った。
「それではカナタ様。続けて私の訓練もお願い致します」
「うっす、了解です。けど今回は一本だけでお願い出来ません? さすがにちょっと二人の相手で疲れてきちゃって」
「承知致しました。それではその一本――気を引き締めてまいります」
なんて感じで、テトラとアイリーンの相手をした後はリリーナさんとも徒手空拳の組み手を行う、というのが定番の流れになっていた。
もちろんリリーナさんはテトラやアイリーンより数段上の実力者なので、俺も毎回一切油断出来ずにリリーナさんの動きを見極めるのだが、こうやって組み合うたびにそれが研ぎ澄まされていき、まるで抜き身の刀でも相手にしているかのような緊張感でこちらもすごく訓練になる。
ただ、それでも100%の全力ではなく、本当に必要なときにのみ全力を出すというリリーナさんの力や考え方は俺にとっても学ぶところがある。
同時に、テトラやアイリーン、ユイやミリーたちも外から見ることでわかることもあるだろう。みんな、すごく真剣に俺たちの一進一退を見つめていた。
そんな風にしばらく組み合った後、俺はわずかな隙をついてリリーナさんの足をさらい、彼女の体勢が崩れたところでその身を抱きかかえる。まるでお姫様抱っこのように。
「――ふぅ。今回はこんなもんで勘弁してもらえません? さすがにもう身体がもたないっす」
「……承知致しました。私の腕ではまだカナタ様に遠く及びませんね。より速く動くため、体重移動をもっとスムーズにしなければなりません……」
「いや十分速いっすけどね」
そっとリリーナさんを下ろすと、彼女はメイド服を軽く整えてから綺麗にお辞儀をしてくれる。そのときにはテトラとアイリーンも一緒になって。
「本日もありがとうございました。カナタ様。大変勉強になりました」
「「ありがとうございました!!」」
そんな三人に俺からも同じようにお礼を言う。
なんだかんだでこうやって三人と訓練をするようになって、俺自身もかなり勉強になっている。
何よりも、“相手に致命傷を負わせることなく無力化する”ための勉強だ。
俺は勇者として過ぎた力を持ってはいるけど、あくまでも目的は世界平和のために秘湯めぐりをすることであって、戦争に参加したりするつもりもなければ、魔物や魔族たちと戦うつもりも本来はない。誰かを守るために仕方なく戦うことはあるだろうが、たとえそのときでも、出来ることなら相手を手に掛けるようなことはしたくない。
ま、甘い考えだろうけど、そういう認識でいるってことを自覚してなきゃいざってときに動けなくなりそうだしな。
だから俺はこの力を――この才能たちをもっと上手く使えるようになって、みんなを守るために強くなれたらと思っていた。
「んー! なんかみんなの見てたらあたしも暴れたくなってきた! ちょっとカナタ、あたしにも付き合ってよ! ほらほら!」
「ええ? ミリーとかよ? でもお前、あんま肉弾戦とか得意じゃないだろ?」
と、今度は観戦していたミリーが手を上げて走り寄ってきて、その尻尾をふりふりとする。
しかしミリーはリリーナさんたちと違って鍛えられてるわけでもないし、筋肉もなく小柄な身体をしてるし、さすがにミリー相手には戦えない。
「え~! それはまーそうだけどさ~。あっ、ねねカナタ! じゃあさ、あたしにももっと魔術ちょうだい! めっちゃ派手で攻撃的なやつ! それでカナタを消滅させるつもりでやるから!」
「消滅させるつもりのやつにあげるかッ! あーダメダメ! ミリーはお預けな!」
「ええ~ちょっと何よそれ! うう、リリーナたちばっか贔屓してぇ……っ! どーせ裏でエッチなことしてもらってるからそのお礼なんでしょ! このドスケベ勇者!」
「人聞き悪いこと言うなああああっ! そんで噛みつくなああああ痛い痛い痛いっ! あーもうわかったよ今度ちゃんとやるから! それで許してくれよ!」
「ホント!? ホントねカナタ約束よ! えへへっ、これであたしもみんなを守れるくらい強くなれるわー!」
なんて一転して嬉しそうに飛び跳ねながら尻尾を振るミリーと、一緒になって喜ぶアイ。テトラやアイリーンも魔術なんていいなーと羨ましがっている。
まぁでも、ミリーはミリーでみんなのためを思って動いてるんだよなぁ。だからつい最後には甘やかしてしまう。
それに……実は俺も、ユイやミリーにどんな魔術を【転写】すれば彼女たちの力になれるか、そういうこともちゃんと考えているのだ。
彼女たちが求めてくれるのなら、俺としても応えたい気持ちはあるしな。




