両手にメイド
というわけで、ユイはリリーナさんと世間話をしながら身体を洗ってもらい。アイとミリーはお互いに洗いっこをしていて。
俺は俺で、テトラとアイリーンに頭やら背中やら腕やらを洗ってもらうことになっていた。
「カナタ様、かゆいところとかないです? 痛かったら言ってくださいね~」
「うん、平気。ていうかテトラ頭洗うの上手いな。あー、ほどよくマッサージ受けてるみたいで気持ちいいやー」
「にへへ。あたしマッサージとか得意なんで、言ってくれればお部屋まで出張しますよっ! お任せあれ~!」
「おお、ありがとなテトラ」
泡だらけのボディタオルをわしわしさせながら笑うテトラ。嬉しいけど部屋に出張ってなんか言い方が……!!
「あ、あの、カナタ様。腕は……どうでしょうか?」
「え? あーうん。えーっと、もう少し強くてもいいかな? アイリーンは、そんな俺に遠慮しなくていいからね」
「は、はいっ」
テトラは多少大胆な性格ゆえか、ごしごしと気持ち良く洗ってくれるものの、アイリーンはやはり遠慮がちでめちゃくちゃ優しく丁寧に洗ってくれる。
こういうところにも性格って出るんだなぁと勉強しつつ、メイドさん二人を両手の花に出来ている現状がとてつもなく幸せな俺だ!
ユイに初めて身体を洗ってもらったときも感じたけど、ああ、まさか俺の人生にこんなことが起こるとは……。それに、二人とも最初に会ったときよりずっと俺に対して親しく接してくれているのがわかって嬉しいんだよなぁ。
ムフー、なんか本物のご主人様にでもなった気分だぜ!
「うっわぁ、やらしー顔~。ちょっと二人ともっ、あんまカナタに近づくと赤ちゃん出来ちゃうから気をつけなさいよ!」
「ぶっ!? ちょ、何言ってんだよミリー!」
「ふーんだ。よかったわねーカワイイメイドさんハーレムで。あーやらしーやらしー」
「ちょ、ミリー!? な、何かあいつ最近当たりキツくないか?」
ツーンと俺から顔を背けて、またアイと楽しく洗いっこを始めるミリー。
そんな光景にテトラとアイリーンはくすっと笑って。
「あはは、カナタ様やっぱりモテるんですねぇ。まー強いしかっこいいし当然ですか!」
「う、うん。私も、わかります……」
「え? ど、どういう意味だよ?」
思わぬ言葉に尋ねてみると、二人は顔を見合わせて。
「にへへ、わからないですかー? やー、どう見たってミリー様のは嫉妬ですよ~」
「え?」
「で、ですです。たぶん、構ってほしいのだと……」
「し、嫉妬? ミリーが?」
改めてミリーの方を見てみる。
するとあいつもチラッと俺を方を見て、目が合うとささっと顔を逸らしてしまった。耳と尻尾がなんだか不安定に揺れていて、ちょっと驚く。
でも本当にそうなのかと思ったら、途端に今まであいつが素っ気なくなったときの理由がしっくりくる気がした。
「マ、マジか……。……よし、んじゃ後でフォローでもしとこうかな?」
「それがいいっすねっ」
「ですです!」
二人に言われてうなずく俺。
と、そこで腕を洗い終えたアイリーンがボディタオルを握ったまま、
「あ、あの……カナタ様……」
「ん、どしたのアイリーン? あ、もう終わった? あははありがとね」
「い、いえ。そ、それでその……」
「ん?」
「えっと…………その、ま、前は……っ! ど、どう、いたしましょう……?」
「……え?」
アイリーンの視線は徐々に俺の顔から下の方へと動き……タオルで隠した下半身に向いて、途端にボッと赤くなる。
「ご、ご要望でしたら、そ、そのっ、私……っ!」
「ちょ! い、いやいやいや! そこはさすがにいいから! 自分でやりますやります!」
慌てて返す俺に、アイリーンは真っ赤なまま「は、はい」とうなずく。
そんなやりとりを見て、テトラがまたニマニマといたずらっ子のようににやつきだした。
「おやおや~? なーにアイリーンさんってば、カナタ様の大事なトコロ洗いたかったのかな~?」
「ひぅっ!? な、ななな何言ってるのテトラ! ち、違うから! 私はメイドとして、カナタ様のお役に立てたらって思って!」
「え~でもあたしの知ってるアイリーンなら自分からそんなダイタンなこと絶対言わないけどなぁ~? いつの間にそんなエッチな子になっちゃったんでしょうね~♥」
そう言われたアイリーンは、今にも火を吹きそうなくらい紅潮を激しくしていき、あまりの恥ずかしさにかもはや泣きそうになってすらいた。
「ち、ちち違いますっ! エ、エ、エッチじゃないもん! お世話するのが仕事だからっ! し、仕事だよ! そ、そそそれだけで……」
「へぇ~~~ふぅ~~~ん? 何のお世話をしようとしたのかしらぁ~♥」
「テっ!! テ、テテッ……テトッ! テトっ、テトラあああぁぁぁぁぁぁーーーーーー!」
「げっ! うわマジで怒った逃げろっ!」
「え? ちょ、テトラ!? アイリーン!」
なんて流れで、呼び止める俺をそっちのけで浴場を走り回る二人。
俺やユイを洗った泡が石の地面に残っていたため、危ないよと声を掛けたかったのだが、その前にため息をついて頭を抱えたリリーナさんが二人の元へ歩み寄り、
「二人とも、いい加減に――」
と言ったところでアイリーンがテトラを捕まえ、
「捕まえ――きゃあ!?」
「うわっ! ちょ、アイリ――っ!」
アイリーンが足を滑らせ、テトラのメイド服を掴んだまま湯船の中へ落下! 当然、引っ張られたテトラも一緒にドボン!
俺とユイは思わず立ち上がって駆け寄っていた。
「テトラ! アイリーン!」
「テトラさんっ、アイリーンさんっ!」
「えっ? わわっ、ふたりともおちちゃったのー?」
「ハァ? ちょっと、メイドが何やってんのよ」
アイとミリーもやってきてお湯を覗き込む。
心配する俺たちを前に、二人はそれぞれ湯船から顔を出して。
「ぶはっ! あぁ~もう! パンツまでびしょびしょじゃん! アイリーンのアホ! お前ドジなんだから気をつけろよー!」
「ぷはっ。――う、テ、テトラが悪いんでしょ! あんなこと言うからっ!」
「あんなことって何だよホントのことだろ! もー服着替えなくちゃいけないじゃん!」
「テトラが悪いんだもん! 私悪くないもん!」
全身ずぶ濡れになりながらも露天風呂の中でケンカを続ける二人。
そのとき、隣からぞわっとしたものを感じておそるおそるそちらを見る俺。
二人が湯に落ちたときの湯飛沫をもろに受けてしまったのだろう。
そこに――髪先からポタポタお湯を垂らしながら二人を見下ろす鬼がいた。
俺でさえ「ひぃっ」と身をすくめてしまう。
「――テトラ。アイリーン」
「つーか別に恥ずかしがることないじゃんか! カナタ様にもっとご奉仕したかったんだろ!」
「バ、バカバカ何言ってるのっ! そ、それはお仕事だったからで!」
「アイリーンは小さい頃からいっつもそうやって誤魔化してさぁ! ホントの気持ち言えばいいじゃんか! 言っとくけどあたし遠慮しないからな! 後悔しても知らねーぞ!」
「うううっ……テ、テトラだって昔から無茶ばっかりやって! 私のことなんて全然考えてくれなくて! カナタ様のことだって急にそんな……バカバカバカぁっ!」
「――テトラ。アイリーン」
「あんだとお前の方がバカだろ! もーちょっと待ってよリリーナさん今こいつとひいいいいぃぃぃぃぃっ!?」
「ひっ――!」
そこでようやくリリーナさんが自分たちを呼んでいることに気付いたのか、テトラとアイリーンは湯船の中からこちらを振り返って一気に青ざめていく。途端に二人ともガチガチと歯を鳴らして小動物のように縮こまって震え始めた。
「主人であるカナタ様のお世話を放り出して子どものケンカですか……。そのうえ、皆さまが心安らぐ場所でやかましく暴れ回り、主人より先に湯に浸かるとは何事です……?」
「ひいいいい! ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「あ、ああああああっ! お、おおおお許しくださいっ!」
二人は氷のように冷たい目をするリリーナさんから襟首を掴まれて湯船から引き上げられ、びしょ濡れのまま涙目で懇願する。
リリーナさんはうっすらと冷笑を浮かべながら言った。
「今回の件で少しは成長したかと思っていましたが……。どうやら、あなたたちは一から躾直す必要があるようですね……?」
「「わ、わああああああああんっ! ご、ごめんなさあああああああああい!」」
二人は抱き合いながらわんわんと泣き出し、リリーナさんが大きなため息をつく。
俺はユイたちとどうしたものかと目を合わせ、スパルタ教育モードに入りかけたリリーナさんを必死に止めようとしたのだが、それはなかなか至難の業であることを知るのだった……。
――そして数分後。
「テトラ」
「ひゃい。もうこんなことしましぇん。ごめんなしゃい。ひぐっ……」
「アイリーン」
「はい……二度とこのようなことがないようにします……申し訳ありません……」
「……よろしい。では早く着替え直してきなさい。わずかとはいえ湯に浸かってしまった以上、『効能』に当たって風邪を引く可能性もありますよ。そうなればさらに皆さまへご迷惑をおかけします」
「「はい……」」
石床の上で正座していた二人はそっと立ち上がり、びしょ濡れのままとぼとぼ脱衣場へ戻っていく。
リリーナさんは俺たちに頭を下げ、
「大変お騒がせして申し訳ありません。すぐに戻りますので、皆さまはごゆっくり秘湯をお楽しみくださいませ」
どうやら彼女もまた、濡れた服を着替えに戻るようだった。
たったの数分ではあるが、あんなに楽しそうに俺の身体を洗ってくれていた二人は、リリーナさんからこっぴどく叱られてずいぶん大人しくなってしまった。
二人を気に入ってる俺からすればちょっとやりすぎでは……なんて気もするのだが、いやまぁ客観的に見ると、確かにあの行動は使用人として怒られて当然ではあるか。リリーナさんも二人のことを考えて厳しくしてるわけだしなぁ……。
と、そこでユイが声を掛けた。
「あのっ!」




