混浴は勇者の義務
それから食後のお茶を飲んでいるとき、リリーナさんから驚きの話を聞く。
それはなんと、この屋敷の裏に露天の掛け流し天然温泉がある――ということだ!
ここは元々王子が別荘代わりに使っていて、王子は魔力耐性もないらしいが、加水などして魔力の『効能』を薄めながらひそかに楽しんでいたものらしい。
でもいちいち毎回加水して調整するのも大変だし、『効能』が薄まって温泉の意味を失ってしまうし、何よりヴァリアーゼのほとんどの人が魔力を持たないため、今では完全に宝の持ち腐れになってしまっていたのだとか。だからこそ、それも王子が俺たちにこの館を貸してくれた理由の一つみたいだ。
もちろん、そんなことを知ったユイたちが放っておくわけもなく――
「すごいですっ。カナタ、是非入りましょう!」
「アイもアイもっ! おふろはいりたいですっ!」
「今日は汗かいたしね~。ていうか、あたしだけあの野湯入れなかったんだから早くサッパリしたいのっ! ほらほら早く行きましょ!」
ユイ、アイ、ミリーのお風呂大好きアルトメリアレディースはノリノリで、リリーナさんたちはすぐに俺たちの着替えを用意して浴場へと案内をしてくれた。
……うん、この辺りが良い機会かもしれないな。
ユイたちに常識を身につけてもらうためにも、そろそろ頃合いだろう!
なんてことを思い、浴室までの道中に俺はある提案をしてみることに。
「カナタ、どんなお湯なのかすごく楽しみですねっ! まさか泊まる場所に温泉が併設されているなんて、なんだか夢みたいです!」
「あーうん、そうだね。えっと、それでさユイ」
「はい? どうしたんですか?」
嬉しそうに首をかしげてニコニコするユイ。
うわー。なんか言いづらい。でもこういうのは一度タイミング逃すともう言えないかもしれないしな!
「えーっと、何かいつも一緒に入っちゃってるけどさ。その、本来男女ってなかなか一緒には入らないものでね。里ではそれが文化だったからいいけど、やっぱ他の国だと違うみたいだしさ。ほら、シャルも言ってたじゃない?」
「……はい?」
「だからそのー、つまりね? 今日は別々に入ってみないかな……なんて!」
言うと。
ユイはしばらく言葉も失ってじっと俺を見つめていたが。
ユイの瞳が――じわりと潤み始める。
それはまるで、恋人に別れを切り出された乙女のように。
「カナタ……私と一緒は……嫌、ですか……?」
「え、えええええ!? ちょ、ユイ泣かないで! 違う違うっ!」
「今までずっと一緒に入っていたのに…………あ、あれ? 涙が……」
「い、いやそういうことじゃなくてさ! 違うんだよユイ! 別に嫌とかじゃないの! むしろ好きなの! けど俺はユイやアイに一般的な感覚っていうものをね! 男女はある程度距離を持った節度ある付き合いをね!」
「カナタさま! ユイねえさまをなかせちゃだめですっ! めっ!」
「あ、ああごめんアイ! そんなつもりじゃ!」
「ハァ? カナタ、あんたそんなどうでもいいことにこだわってんの?」
「どうでもよくないだろ! 男と女だぞ! なんかいろいろあるじゃん! モラル的なのがさぁ! 俺だって年頃の男だし、いつか何かやっちゃうかもしんないじゃん! ミリーはわかるだろ!?」
「そうなったらあたしが噛みついてでも止めたげるわよ。ほら行くわよー」
「えええええっ! ちょ、リリーナさぁん!」
最後の砦! とばかりに助けを求める俺。
しかし――
「……申し訳ありませんカナタ様。私には、その、お止めできません……」
「あははっ! カナタ様って結構苦労人っすよねー? でもいいじゃないすか、勇者様のハーレムって感じで♪ あたしも入っちゃおうかなーっ!」
「ハ、ハーレム…………」
頭を下げるリリーナさんと、愉快そうに笑うテトラ。そしてポッと赤くなっていくアイリーン。
「くそ……だあああもうわかったよ! 俺が悪かった! 行こうユイ! いつも通り一緒に入ろう!」
「……え? い、いいんですか?」
「いいよもうっ! なんかユイと一緒に入らないと落ち着かない身体になっちゃったよ! つーかユイがいいなら俺はいいよ! そのかわりいろいろ見ても怒らないでね! もし手が触れちゃっても許してね!!」
「カナタ……はい、もちろんですっ! 私の身体は、もうカナタのものですから!」
「そういうこと言っちゃうんだよなあああああ!」
悶える俺をよそに、ようやくまた笑顔に戻ってくれるユイ。
くそっ、さらば常識!
たとえ倫理的問題があるとしても、この子を泣かせてまで常識を押しつけたくはない! 俺はユイに笑っていてほしいのだ! そのためならば常識とも戦ってやるぜ! それでいいんだろ父さん!
「カナタ様……心情お察し致します……」
「リリーナさんありがとぉぉぉ……!」
その言葉に救われる俺であった。
――そんなわけで、結局いつも通りの全裸混浴スタイルでやってきた露天風呂。
リリーナさんたち三人は今回はメイド服姿のままなのだが、そのぶんこっちだけ裸で見られてしまうというのはやっぱ恥ずかしいものがあった。
が、そんな羞恥心もそれを見たらすぐ吹っ飛ぶ。
「おお! すげー豪華!」
「そうですね、カナタ。とっても綺麗です」
リリーナさんいわく、ここは王子様の秘湯ということで、その名前を取って『クローディアの湯』と名付けられているらしい。
西洋風……とでも言えばいいのか、辺りには色とりどりの花が咲いていて、大理石っぽい石が湯船に使われていたり、壁面や地面にランプが灯っていたり、なんだかリゾートみたいな雰囲気の露天風呂だ。
おそらくはリリーナさんたちのだろう掃除もよく行き届いていて、どこかの高級旅館のそれのようでもある。こういうところにはあまり入ったことがないからちょっと新鮮みがあるな。それに、シャワーなんかの設備もしっかりと整っていて快適に使うことが出来そうだ。
城の中なんかを見てもよくわかったが、どうやらヴァリアーゼみたいな大きな国だとガスや水道設備などのライフラインが出来上がっているらしい。電気こそないが、その代わりに魔力を使った設備もあるしな。
そして既にアイとミリーは二人でシャワーを勝手に使い始め、お互いにお湯をかけあってキャッキャと遊びはじめてしまった。
で、もちろんユイもそんな設備に興味津々らしい。
「ふわぁ……あの、リリーナさん? こ、このくねくねしたものは、一体どう使えば……?」
「それはシャワーと呼びます。このホースの中にお湯を引いて拡散し、身体を洗うための設備です。よろしければ、お身体を洗うお手伝いを致します」
「わぁ……すごい、そうだったんですね! で、でも私はカナタを……」
「いやいやいいよユイ。たまにはユイも洗ってもらってさっぱりしなって」
「そ、そうですか? それじゃあ……リリーナさん、お言葉に甘えてもいいですか?」
「もちろんです。そのためのメイドですから」
「……ありがとうございますっ!」
シャワーヘッドを手に、リリーナさんと楽しそうにお湯を出し始めたユイ。
うん、ユイはいつも俺の世話ばっかしてるけど、せっかくだからこんなときくらい世話してもらう側になってもいいだろう。
そんな光景を見て、残り二人のメイドさんたちが言った。
「あっ! それじゃあたしたちはカナタ様のお手伝いしますよ! カナタ様こっちこっち! こっち座ってください! ほらアイリーンも!」
「えっ? あ、う、うん! カナタ様……あのっ、お、お身体を洗わせてくださいっ!」
「え? でも――」
「いいんすよいいんすよっ。正式に命令受けてるんで、今はカナタ様もあたしたちのご主人様なんですから!」
「ご、ご主人様! 俺が!?」
「そ、そうですカナタ様っ! いえ、ご……ご主人様っ! ど、どうかご遠慮なさらないでくださいっ」
「あ、う、うん! そう? じゃ、じゃあお願いしようかな~?」
「了解ですご主人様!」「はいっ、ご主人様っ!」
本当は自分で洗おうと思ったんだが、「ご主人様」というマジックワードの魔力につい顔がにやついてしまい、二人に甘えてしまった俺。いや、ていうかこれもテトラとアイリーンの仕事なんだと理解すれば、頼む方が彼女たちのためなんだろう。
彼女たちと一緒にいるうちになんとなくわかってきたが、メイドさんには遠慮しすぎず適度に甘えることが重要なのだ! 何せそれが彼女たちの仕事なのだから、断るということは仕事を奪うことになってしまうわけだからな! うんうん!
そう、だから仕方なくなのだ!
決して可愛い年下メイドさんにご主人様と呼ばれてご奉仕されるのが嬉しいからではないのだ!




