心の深化
そういや俺、めちゃくちゃな数の『才能』をあの女神のお姉さんにもらったけど、一体どんな『才能』があるのかはまだ全然把握してないんだよな。今までは必要なときに勝手に発動してくれたり、ユイたちを助けるとき必要な最低限のものを検索して発動したくらいものだし。
そう思って軽く目を閉じ、頭の中の写本にアクセスしてみれば、無限とも思えるくらい続くページにはズラズラとたくさんの『才能』と『魔術』が詰まっていて、それぞれに力の使い方や説明などが記載されている。
中には『初心者にオススメ!』とか『強力! キケン!』などと書き添えてあるものもあると気付いて、あの女神のお姉さんの仕業かとちょっと楽しくなってきてしまった。
なんていうかな、例えると辞書を適当にパラパラめくって、そこに書かれてる知らない言葉を調べているときみたいな、そんな感じ。新たな発見もあってなかなか面白いぞこれ。
「? カナタ? 何を笑っているんですかあ?」
「――ん? ああ、いや、ちょっと自分の才能を確認しててさ」
「確認……? え? め、目を閉じてわかるものなのですか?」
「うん、まあね。まだちょっと慣れないんだけどさ」
目を開けてユイにそう答えると、他のみんなも不思議そうに俺を見つめていた。まぁそりゃ、端から見たらただ目を閉じてニヤニヤしてるだけだろうしな。
「よし、ちょっと待ってて。『心の深化』も探してみるよ」
「「「えっ?」」」
リリーナさん、テトラ、アイリーンがまったく同時に声を上げる。
これだけ山ほど才能があるんだし、もしかしたら俺にもリリーナさんたちの『才能』が使えるんじゃないかと、その場で頭の中を検索してみた。
「――あ」
すぐに見つかる。
あった。【心の深化】のページだ。ていうかこういう字なのか。
写本の説明によると、このスキルは自らの精神力を極限にまで集中させ、普段は眠ってる全身の気力をより強く開放することで身体能力向上を図るもの――らしい。
興味があった俺はちょっと試してみたくなってしまい、軽く意識を集中させ、早速才能を発動させてみた。
一瞬だけ目の前が赤くなり、それからフッと意識が暗闇の中へ誘われていく――。
アイリーンの言う通り、全身がゆっくりと深い海の中へと落ちていくような不思議な感覚だ。
静かに、静かに……。
あるところまで落ちて、突然ある“境界を越えた”感覚があったとき、俺は自分の中で何かの“枷”が外れたことを確信した。
よくわかる。
今、俺は自分の脳がかけているリミットを一つ越えた。
この感覚は、以前から俺がよく使っている【身体能力向上】とはまるで違っていて、あれは全身の力を下から底上げしてもらっている感じなんだが、これは今持っている力がより全力で使えるようになったというか、限界突破をしたというか、そんな感じだ。
「……なんか身体が軽くなったかも。それに視界が広がったっていうか……耳もよく聞こえるようになった感じが……ん?」
と、そこでリリーナさん、テトラ、アイリーンがぼーっと俺の方を見ていたことに気付く。
「――ん? え? みんなどうしたの?」
尋ねてみると、あのリリーナさんが呆然としながら言った。
「カ、カナタ様……それは、まさか、【心の深化】を……?」
「え? あ、はい。わかります? 何か俺にも使えたみたいで。一階層だけ潜ってみたんですけど」
「はい……よく、わかります……。とてつもない、力が…………たった、一階層で…………」
さらに、テトラやアイリーンもガタガタとイスから滑り落ちるほどびっくりしていた。
「ええええ……わああああっ! カナタ様まじっすか! まじっすか! やべー! リリーナさんより――いや、シャルロット様やクローディア様よりすごいんじゃないですかこれ!」
「う、うん……こんな、見たことないくらいの、気力……! カナタ様……す、すごい、です……」
「え? そ、そうなの?」
言われて自分の身体を見下ろせば、確かに俺がリリーナさんたちに感じたオーラのようなものが――何かこう、ぶわっとした“圧”みたいなものが出ているのがわかった。
そこでスイッチをオフにするような感覚で頭の中の本を閉じると、自然に【心の深化】が終了して意識が元に戻る。瞬間にそのオーラも消えさっていった。
どうやらこれが、俺がリリーナさんたちに感じた類いのモノ――『気力』なのだろう。人が持つ普遍的な“気”の一種であり、訓練することで多くの『才能』に利用出来る力だ。
だけどユイにはそれは見えてなかったようで、何が起きたのかわからずキョトンとしていた。アイやミリーは何も気にせずキョトン顔でごはんを食べ進めている。
そこで、テトラとアイリーンが我慢ならないといった様子でドタバタと俺の方に駆け寄ってきた。
「カナタ様カナタ様っ! 今度一緒に訓練してくださいっ! あたしカナタ様にもいろいろ教わりたいですっ!」
「わ、私も! カナタ様っ、ご、ご指導くださいっ!」
「ええっ!? く、訓練っ? ちょ、テトラ、アイリーン?」
両脇から腕を取られて身動きが取れなくなる俺。
慌ててリリーナさんの方に目をやるが――。
「よもや、カナタ様がこれほどのお力をお持ちとは……。シャルロット様のお目は確かだったようです……」
「リ、リリーナさん! えと、ど、どうしましょう!?」
「……カナタ様。宜しければこの私にもご指導ご鞭撻、お願い致します。お胸をお貸しいただければ光栄です」
「ええええリリーナさんまで!? ユ、ユイどうしよう!」
リリーナさんまで立ち上がると俺の前まで来てその頭を垂れてしまい、困って隣を見てみると、
「カナタ……す、すごいです! 私にはよくわからなかったですけど、でも、なんだかカナタがすごく大きく見えました! やっぱりカナタは世界を救える勇者様なんです! 私も、カナタと一緒にもっと強くなりたいですっ!」
「アイもアイも! アイもつよくなりたいでーす! カナタさまにまじゅつおしえてもらいたいですっ!」
「ユイとアイまで!? お、おいミリー助けてくれー!」
ついにユイとアイまで俺にひっついてきてしまい、最後の一人に助けを求めるも――
「へぇーよかったじゃないモテモテでー。あたしに一個だけ回復魔術押しつけといて後はやりっ放しのくせにねー。さっさと次の女にいけばいいんじゃないの? あーおいしっ!」
「なんでいじけてるんだよ!? つーか人聞き悪いこと言うなって! ああもうちょっとみんな落ち着いてくれ~~~!」
なんだか興奮したみんなを落ち着けるのにそれからかなりの時間を要し、その頃にはせっかくの食事が冷めてしまっていたのだった。




