茶会とお願い
そこで俺たちは、まず話を始める前にリリーナさんが淹れてくれたストレートティーと、クロテッドクリームやイチゴジャムをつけたスコーンをいただき、そのあまりの美味しさに驚愕。こんな本格的なアフタヌーンティーは初めてで、ユイたちと一緒になってかなり夢中になってしまった。
さすがに里でここまでのものを作るのは難しかったらしく、ユイもアイもミリーも初めて食べる都の味に感動していた。特にミリーなどちょっと泣いていたくらいで、王女様がそれを見て笑っていたくらいである。
しかもこれらを作ったのがリリーナさんだということで、料理好きなユイの尊敬を一身に集めていた。
なんてほのぼのとした空気の中、俺は王子様に異世界に来てからのことをいろいろと話した。
この王子という人はなかなかの聞き上手で、よくうなずきながら時々質問を挟んで話を盛り上げてくれたり、俺たちの話を下支えしてくれている。おかげでユイもすっかり緊張が解けたようで、次第にいつも通り話せるようになっていったようだ。
ちなみに、食べるだけ食べたミリーは早々に真面目な話に飽き、アイと王女様と一緒になってキャッキャと遊んでいる。おい!
「なるほど……いきなりヴァリアーゼの秘湯めぐりをしたい人がいるとシャルに聞いたときは一体何かと思ったが、そういう背景があったのか」
「はい。まぁ俺が本当に勇者かどうかなんてわからないんですけど、でも、俺の才能で秘湯めぐりをすることで大地を活性化出来るとかで。そもそも竜ってが本物なのか比喩なのかもよくわからないんですけど」
「竜、か……。今ではもう、伝説の生き物となりつつあるね」
「なりつつある? じゃあ、やっぱり本当に存在するんですか?」
「ああ。数十年前、かつて歴代最強と云われた伝説の魔王――『フランツィスカ』が大陸を支配していた頃は、竜という種族もそれなりに生息していたらしいが、そのときの勇者の一人が魔王を討ち取って以来、徐々にその姿を見ることはなくなった。今でも絶滅したとも聞くよ。僕も、幼い頃に一度子竜の亡骸を見た事があるだけだ」
「勇者が魔王を……そんなことがあったのか。じゃあ、竜もそれに何か関わってるのかな……」
「あ……その話はアルトメリアにも伝わっていますっ」
まるでファンタジー世界の話に呆然とする俺と、小さく手を上げて答えるユイ。
いやここは実際本物のファンタジー世界なわけだが、勇者だの魔王だのはまだちょっと現実味がない。
「ああ。大陸中――ひいては世界中の人々が知っている伝承だろうね。しかし、誰も勇者が魔王を討ち取ったところを見た者はいないんだ」
「え? それ、どういうことですか?」
俺が興味深く尋ねると、王子は腰を据えてじっくりと語る。
「伝承によれば、勇者は単身で魔王の城に乗り込んだものの、帰ってくることはなかったという。だが魔王も同時にその姿を消し、その影響で世界中から魔物・魔族が減り、世界は平和になった。真実は不明だが、結果的に魔王はいなくなったゆえ、勇者が相打ちにした――と言われているんだ」
「そうだったんですか……」
「あくまでも伝承だよ。それから面白い逸話もあってね、魔王は幼い少女の姿をしていて、こっそりと人間の学校に通っていたという話も残っているんだ」
「ええっ!?」
「が、学校に?」
驚く俺とユイ。王子は愉快そうに微笑んでいた。
「ああ、他にもあるよ。たとえば魔王は実はまだ生きていて、勇者と共に辺境の地でひっそりと暮らしているとか。最強のメイドが魔王の世話をしているとか」
「勇者と一緒に!?」
「メ、メイドさんがお世話を? リリーナさんみたいな方なのでしょうか?」
「ははは、何の確証もないただの噂だけれどね。でも、魔王が生きているという説は今も根強く残っている。数が大幅に減ったとはいえ、まだ世界中に魔物や魔族たちが繁栄しているということからそう思う人が多いそうだ」
「ふーむ……なるほど」
「まぁ、それは大きな問題ではないさ。現代では我々人間も魔物や魔族たちと共存出来るようになってきているからね。彼らだって、魔王に仕えていたからこそ人間と争ってきたわけだから、今はもうその必要もなくなったということだろう。……あちらのお嬢さんも、見たところ魔族の血が入ってるね」
王子がチラ、とミリーの方を見る。ミリーは耳や尻尾をアイと王女様にいじられて「やめてぇー!」と悲鳴を上げていた。そこには何のしがらみもなく、ただ温かい空気が流れている。
「ふふ。こうやって人と魔族が仲良く出来るのならば、それに越したことはないよね」
「……そっすね」
「……はい。私もそう思います」
王子の言葉に俺もユイも同意する。
ミリーたちを見つめる王子の目は優しいし、それだけで彼がシャルの信頼を受けるに値する人物であることは俺にもよくわかった。
王子は手を組み合わせ、少しだけ寂しそうに続ける。
「……にもかかわらず、僕たち人間同士は今も争いを続けている。人々はまだ成熟しきっておらず、この移りゆく時代に翻弄されているんだ。それは仕方のないことかもしれないが、少しでも早く、世界中から戦いがなくなっていけばいいと思っている。ただ、それを一番戦争を起こしてしまっている国家――ヴァリアーゼの王子が語るのは滑稽な夢物語だけれどね」
そう語る王子は苦笑いして、俺もユイもなんて答えていいのかわからなかった。
でもきっと、この人は本気でそう思っている。
そしてヴァリアーゼの王子として、自分がこの先どう進んでいけばよいのかをずっと考え続けているんだろう。
尊敬出来る人だと、俺も今は感じていた。
「ああごめん、話がそれたね。ともかく、竜がいなくなってから確かに争いは増え、資源は減っていき、特に辺境の人々の生活は苦しくなっていると聞く。それが世界の危機……ということなのかもしれないな。勇者と魔王はいなくなったが――そこはまだ勇者が必要な世界、ということなんだね。何とも皮肉な話だ」
カップのお茶を飲み干し、テーブルに置く王子。すぐにリリーナさんがおかわりを注いだ。俺とユイもついでに少しのおかわりをいただく。
「それから、シャルロットが責任を取ると言っていたが、先日、我がヴァリアーゼの者がアルトメリアの里を襲ったという事実。今一度我が国の王子として恥を忍び、謝罪させてほしい。申し訳なかった。あの者たちも父……我が王に心酔しており、横暴な真似をしてしまったようだ」
なんと王子は自らそう言って頭を下げ、ユイが「えっえっ」と慌て出す。
「我が王は、何かの薬によって正常な意識を奪われているとも聞く。それが他国の仕業なのか、それとも権力を狙う何者かの仕業かはわからないが……現在は、僕の部下たちが裏で調べてくれている最中なんだ。もしその証拠さえ掴めれば、僕の力でも王を抑え、代わりに僕が国を正しい道へ戻すことが出来る。だが、その間にもヴァリアーゼの力によって犠牲者が出続けている現状は何より辛い……。それが、たとえ我が国民でないとしても」
それは、おそらくユイたちアルトメリアの民のこともであるんだろう。
王子の言葉はとても重く、その顔に影を落としていた。
ユイは空気を察してあえて明るい声を上げた。
「あのっ、わ、私たちのことはもういいですからっ。シャルさんにいろいろとよくしてもらいましたし、その、もうヴァリアーゼから攻めるようなことはないようにしてくれると……それで十分なんですっ」
「ユインシェーラ嬢……すまない。貴女の優しさに感謝する。もちろん約束は果たすつもりだよ。騎士団には厳しく通達し、あの者たちにも猛省させるため牢に入れて罰を与えている。今後あのようなことはないようにさせるよ。僕も神聖騎士団の長として、騎士団への権力は王と同等のものをいただいているからね、どうか安心してほしい」
「そ、そうですか……よかったです……」
王子からその話を聞いて、ユイは心から安堵したようだった。俺もホッと安心する。それに、あの男たちがちゃんと生きて帰ってきていたらしいことも少しな。
また、とんでもない国なのではないかと思っていたヴァリアーゼにこんなまともな王子がいたことにも安心した。王様は少しヤバイらしいが、シャルの言うとおり、この人がいれば国は良くなりそうだよな。
「さて……こちらからもいろいろと長話をしてしまってすまない。そちらの話もわかったよ。であれば、この時代の救世主となるかもしれない勇者カナタには協力しなければね」
「いやぁ勇者って自覚はないんですけどね。ありがとうございます!」
「ははは。話をしてわかったよ。シャルロットの見識通り、君は面白い人だと思う。だが――」
「だ、だが……?」
なんだかちょっと不安になる俺。
王子は言った。
「突然になってしまって申し訳ないが、是非、僕の頼みを一つ聞いてはもらえないだろうか?」
「え? 頼み……ですか?」
「うん。既に許可証を発行しているし、君たちのための屋敷も用意してある。もちろん断ってくれても構わない。けれど、もしそれを見事達成してみせてくれたら、僕は君たちの旅が終わるその日まで助力を惜しまないことを約束する。どうだろうか?」
「は、はぁ……。えっと、それでその頼みっていうのは……?」
「シャルロットのことだ」
「え?」
唖然とした俺たちに、王子は言った。
「――どうか、シャルロットの仕事を手伝ってほしいんだ」