ヴァリアーゼの王子
それから、お偉いさんとか俺たちみたいな客人が使うことが多いという専用門を抜けた俺たちは、地下道をしばらく歩いて城下町へ出ることなくそのまま城の地下まで到着。リリーナさんが入り口の兵士たちに俺たちを紹介してくれて、俺がリリーナさんから貰った例の許可証を提示することで無事城内へ入ることが出来た。
そのまま専用の階段を登り、城の一階へやってくる。途端に光量が増して思わず目を細めた。
「わぁ……カ、カナタ。ここがお城なんですね……」
「う、うん。すげぇな……!」
「わぁ~~~! すごいです~~~~!」
「へ、へぇ……これがお城なんだ……」
圧巻されて縮こまる俺たち。アイだけが楽しそうに辺りを見回している。
だだっ広いフロアは多くの人が行き交い、主に騎士の格好をしている人が多かったが、中には貴族っぽい雰囲気の人たちも何やら話し合っている。また、リリーナさんと同じメイド姿の女性たちも多く見かけたりした。
吹き抜けの天井には巨大なシャンデリアがいくつもぶら下がり、壁面には高そうな絵画もずらりと並ぶ。赤い絨毯はふかふかで心地良いし、どこを見ても高そうな物でいっぱいだ。映画とかでよく見た西洋の豪奢な館、という雰囲気がぴったりで、それをさらにでかく贅沢にしました、みたいな感じだな。
「――皆さま、どうぞこちらへ」
「あ、は、はいっ」
ここでリリーナさんとはぐれたら迷子になることは必死であり、俺たちはカルガモの親子のごとくぴったりとくっついてリリーナさんについていく。
階段を登ったり長い廊下を歩いたりまた階段を登ったり、もう完全に道がわからん。途中、リリーナさんがこの城の構造やらを教えてくれたのだが、正直ほとんど覚えていない。つーか広すぎだろ!
――で、十分以上かけてやってきたのは、ある長く広い廊下の突き当たりにあった部屋。
リリーナさんが扉を手で示して話す。
「皆さま。こちらがクローディア王子殿下の私室となります」
がっしりとした重厚な扉は威圧感すら感じるもので、緊張して生唾を飲む俺。ユイたちは同じように緊張からかその顔がこわばっていた。
リリーナさんは軽く扉をノックする。
「クローディア様。リリーナです。客人の皆さまをお連れ致しました」
『――ああ、入ってくれ』
「失礼致します」
リリーナさんはゆっくりとドアノブを引いて扉を開き、俺たちを促した。
「どうぞ、皆さま」
俺はユイと顔を見合わせ、それから一緒に歩き出す。アイとミリーもその後をついてきた。
入室した俺たちを出迎えてくれたのは――
「やぁ。初めまして、アルトメリアの皆さん。ようこそ騎士国ヴァリアーゼへ。僕がこの国の王子、クローディア・フォン・クースィバルト・ヴァリアーゼです」
なんかもう、すっっっっっげーーーーレベルのイケメンだった!
長身でよく整った顔立ちだし、金髪はサラサラなびいてるし、青い目は穏やかだし、たいして飾り付けた服も着ていないのに全身から気品というかオーラというか、貴族らしいまぶしさみたいなものをバリバリに感じた。身分が違うってのはこういうことなのかと、初めて身をもって体感した俺である。こんな美青年テレビの中でも見たことないほどだぞ!
そんな風に固まっていたのは俺だけではなく、ユイたちも同様にただ棒立ちで何も発することが出来ないでいたようだ。
そこでリリーナさんが助け船を出してくれる。
「クローディア様。こちらがアルトメリアの里長であられるユインシェーラ・アルトメリア様です。そしてお隣の方が勇者カナタ様。後ろのお二人はユインシェーラ様の妹君であるアイリベーラ様と、ご友人のミリー様です」
その紹介を受けたことで、俺たちはハッとしてようやく歩き出すことが出来た。
ユイが慌てて先頭に立ち、そして王子の前に立つ。
「あ、あのっ、はじめまして! ユインシェーラ・アルトメリアと申します! えと、お、お招きいただいてありがとうございました! お目にかかることが出来て光栄です!」
「ユインシェーラ嬢。ご足労いただき申し訳ない。こちらこそ、アルトメリアの民にお会い出来て光栄だよ。どうか緊張なさらず、いつも通りのお姿でお願いしたい」
「は、はい……」
ユイは王子が差し出してくれた手を取って握手をしたが、ガッチガチの緊張は依然解けないようだった。そりゃそうだと思うよ。
次に王子の視線が俺に向く。
「君が噂の勇者カナタ様だね。よく来てくれた。どうかくつろいでほしい」
「あ、ど、ども。お招きありがとうございます!」
「はは、そう緊張しないで」
俺もまた王子と握手をしたが、そのとき王子の手が意外にも厚く、そして硬く、しっかりと鍛えられた力強い手であったことに驚いた。一見爽やかでシュッとした印象だったけど、すぐにその考えが変わる。
そういや、シャルが王子はめちゃくちゃ強いみたいなこと言ってたもんな。
【神眼】で確認してみても【Lv420】と、今まで見てきた人の中で一番高い。なるほど、シャルが負けるのもおかしくないわけだ。
王子はアイ、ミリーとも握手を済ませ、俺たちに向き直って話す。
「突然で申し訳なかったね。シャルロットからの報告もあってね、アルトメリアの勇者の噂はもうヴァリアーゼ中に広まっているよ。それで僕も、シャルロットが気に入るような勇者様に是非会いたくなって招いてしまった」
「あ、そ、そうだったんすか。恐縮です」
「カナタの噂がそこまで……すごいです!」
「カナタさますごーい!」
「ふぅ~ん。でもまさか王子様に呼ばれるなんてねぇ」
目を輝かせるユイと、ぴょんぴょん飛びはねるアイ。ミリーはまだ信じらないような様子で、そんな俺たちに王子は気さくに微笑む。
「しかし、見たところあまり鍛えているようには見えないが……我がヴァリアーゼの見習い騎士を素手で圧倒したとか。いったいどんな修行をしてきたんだい?」
「あ、えーと、まぁいろいろありまして……」
「やぁ、そう簡単に教えてはもらえないか。とにかくゆっくり座って話をしよう。さぁ、こちらのソファーへ。リリーナ、アフタヌーンティーを用意してもらえるかな?」
「かしこまりました」
「頼むよ。さぁ皆さん、どうぞこちらへ」
「あ、はい。――お?」
と、そこで俺の目に入ってきたのは、突然王子の背後からひょこっと顔を出した女の子。
アイくらいの年齢だろうか。まだかなり幼いようだ。
そこで王子が「ああ」と気付いて紹介してくれる。
「この子は僕の妹であり、ヴァリアーゼの王女、エリアミリスだよ。いつも僕の部屋に来てしまって、気付けばここもエリスのおもちゃでいっぱいになってしまった。エリス、ご挨拶を」
「………………は、はじめ…………まし…………」
王子の身体に隠れながら、なんとかギリギリ聞こえるくらいの声量でつぶやく王女様。俺たちもすぐに挨拶を返したが、王女様はささっと王子の後ろに隠れてしまった。
「すまない。この子は少し人見知りでね。初対面の者にはあまり――」
と王子が言ったとき。
いつの間にかアイがこっそりと王子の背後に回っていて――
「わっ!!!!」
「ひゃあああ!?」
なんと突然大声を上げてしまい、その声に驚いて腰を抜かす王女様。
いきなりのアイの粗相に俺たちは当然仰天し、慌ててアイを止めようとしたのだが――
「おうじょさま! はじめまして! わたしアイです! アイリベーラ・アルトメリアといいます!」
「え……」
「としもおんなじくらいですよね! いっしょにあそびましょー!」
「…………わ、わたし、と……?」
「はい! アイ、そとのせかいでおともだちをつくるのがゆめだったんです! アイとおともだちになってください!」
尻もちをついていた王女様に、満面の笑みで手を伸ばすアイ。
王女様はしばらく呆然とアイを見上げていたが、やがて、おそるおそるアイにその小さな手を伸ばし――アイはしっかりとその手を握った。
「えへへ! これでもうおともだちですよー!」
「…………っ! う、うんっ! こ、こっちにおもちゃあるよ!」
そのまま二人は手を繋いで部屋を駆け回り、隅の方で宝箱のような箱を開け、中からおもちゃを出して遊び始めてしまった。
その光景をポカーンと口を開けて眺めていた俺たち。
王子様が言った。
「……お、驚いたな。エリスが、初対面の子とあんなに…………」
「お、俺も驚きました……いろんな意味で……」
「わ、私もです……はぁ、アイったら、もう……」
「ちょっと……あたし心臓ばくばくしたわよ……」
だがこちらの気持ちなど知ったことかと、アイと王女様はすっかり打ち解けて笑顔を見せてくれている。
なんていうか、子どもはすごいな。いや、アイがすごいのかもしれない。あの子は初めて会った俺にもあんな風に接してくれて、以来ずっと俺の支えになってくれていたしな。
「お茶が入りました」
そこでリリーナさんがお茶とお菓子を持ってきてくれて、王子がハッと俺たちを見回す。
「――よし。さぁ、僕たちも友達になれるよう、まずはお茶でも楽しもうか?」
なんて言ってウィンクをして、王子様とのお茶会が始まったのだった。




