騎士国への到着
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翌朝。
俺たちはパンと昨晩のちょっとした残りで簡単な朝食を済ませた後、青空の下で気持ち良くヴァリアーゼへ出発。
昨晩秘湯に入れたおかげか疲れもなく身体はスッキリしているし、気持ちも前向きだ。それと出発ぎりぎりまで寝まくっていたミリーが秘湯に入れなくて拗ねていたが、馬車の中でアイがそれを励ましてくれている。ちなみにアイはユイと一緒に早起きして、二人で朝の秘湯を楽しんでいた。
また、アイリーンが俺と目を合わせるとすぐ顔を背けてしまって話も出来なくなったことがちょっとショックな俺である。
おそらく――ていうか間違いなく昨晩のことがあったせいだろうけど、リリーナさんやテトラは表面上何も変わらないでいてくれるものの、ちょっと仲良くなれたと思ったアイリーンに避けられるのはツライ……。
そんな旅も昼過ぎには終わり、ようやく騎士国ヴァリアーゼに到着した俺たち。
「「「「おお~……」」」」
俺、ユイ、アイ、ミリーみんなの呆然とした声がぴったり揃う。
目の前に広がるのは巨大な石造りの城壁で、それはどこまでも伸びてるんじゃないかと思うくらい続いている。
同じく巨大な門は巨人でも悠々入れるんじゃないかというくらいの大きさで、俺たちと同じような馬車を使った行商人たちや、旅人っぽい人たちなど、いろんな人が次々に開かれた門をくぐり抜けていく。たまにちらちら俺たちの方を見られていたが、田舎者丸出しだったかとちょっと恥ずかしくなった。いや、それともメイドさんたちと一緒だったからかもな。
そして、正門の上には交差する剣の印がババンと飾られており、おそらく国章なのだろうことがわかった。かっけーな!
「皆さま、長旅まことにお疲れ様でした。ご案内致しますので、どうぞこちらへ。テトラ、アイリーンは馬車の片付けを」
「「はいっ」」
と言ってリリーナさんが歩き出したのは、大きな門とは別の方向。兵士が一人立っている小さな扉の方だった。
俺たちは慌ててついていく。そして尋ねた。
「リリーナさん? あの、あそこから入るんじゃないんですか?」
「いえ。あちらの正門は主に行商人や旅人、一般の方へ向けたもので、城下町へと続いております。城へ向かうお客様には遠回りになってしまいますので、その場合はこちらの専用門をお使いいただいております」
「ああなるほど、そういうことっすか」
納得する俺。ユイやミリーも「なるほどぉ……」と感心していた。その間にもリリーナさんが兵士に何やら話をして、兵士がその小さな扉を開いてくれる。
リリーナさんはそっと手を差し向けて俺たちを促し、言った。
「どうぞこちらへ」
ただそこで、アイだけがちょっとうずうずしながら正門の方を見ていたことに気付く。どうやら城下町の方に行ってみたいらしい。
すると、
「もしも城下町を散策されたければ、後ほど是非。宜しければそちらもご案内させていただきます」
と、こちらからはまだ何も言っていないのに素早くアイの気持ちを察してくれるさすがすぎるリリーナさん。その言葉にアイの顔も明るくなった。
「わぁ~! リリーナさん、ありがとーございますっ! やったー!」
「ありがとうございます、リリーナさん。ふふ。よかったね? アイ」
「はいユイねえさま! アイ、いろいろみてみたいですっ! たのしみですっ! おもちゃもあるでしょうか!」
「まったく、アイは子どもねー。あたしは美味しい物さがしに行きたいわ! 里じゃあ都会的なオシャレお菓子とかないしねー!」
「おもちゃも美味しいお菓子もたくさんございますよ。現在はちょうどサーカス団が招かれておりますので、ご滞在中にご興味ありましたらそちらもオススメです」
「「「「おおお~!」」」」
なんて俺たち全員のテンションが高くなる中、スーパーメイドなリリーナさんに案内されてユイたちはぞろぞろと扉の中へ。
が、俺は扉をくぐる前に立ち止まり、 そこでテトラとアイリーンがラークとルークを連れて馬車を片付けに向かおうとしていたため、駆け足でそちらへ駆け寄った。
「テトラっ、アイリーン!」
「ありゃ? カナタ様? どうしました~?」
「へっ? カ、カナタ様……っ」
明るく首をかしげるテトラとは違い、またびくっと顔を背けてしまうアイリーン。
ああ、やっぱ昨日のことが効いてるんだろうなぁ。まぁそりゃあバッチリ裸見ちゃったわけだし当たり前だけどさぁ……うう、この反応は悲しいぜ。
「えっと、ここまでいろいろありがとな。それと……あー、その、二人とも、昨日はごめんな。その、えーと」
直接言うのははばかられたが、テトラもアイリーンもすぐに察してテトラは苦笑。アイリーンは頬を染めてうつむく。
「昨晩も今朝も謝ったけどさ。でも、このまま別れるのはなんか申し訳ないっつーか寂しいっつーか……ちょっともう一言くらい話しておきたくさ」
「にははっ、そういうことですか。でも大げさっすよカナタ様っ。片付けたら合流しますからまた会えますよー?」
「あ、そうなの?」
「はいっす。それに昨日のことももう気にしないでくださいって! まーさすがにあたしもちょっと恥ずかしかったっすけど、別にあたしの身体なんて大したもんでもないですし。カナタ様もわざとじゃなかったですし。まーアイリーンは……この通りっすけどね」
困ったように笑いながら隣のアイリーンを指差すテトラ。
アイリーンはまた昨日のことを思い出してしまったのかもう耳まで真っ赤になってしまい、それでもずっと無言だった。
テトラが「ほら、アイリーン。いいのかよこのままで」とか言いながら肩で小突いたが、アイリーンは何も答えはしなかった。
「ありゃりゃ。まー気にしないでくださいよホント。それよりカナタ様っ、みんな待ってますよ!」
「あ、うん」
入り口の方でユイたちが何事かと俺たちを見つめている。
俺はラークとルークの方に駆け寄り、二頭の頭を軽く撫でた。
「二人も長旅ありがとな。ゆっくり休んでくれ」
二頭はぶるる、と「気にすんな」みたいな感じの返事をしてくれる。
そして俺は最後にもう一度アイリーンの方を見て、そのままユイたちの元へ戻ろうとしたのだが――
「――カ、カナタ様っ!」
そこで声を掛けてくれたのは、アイリーンだった。
振り返れば、アイリーンは手綱をぎゅっと握ったまま、
「あの…………べ、別に怒ってないですからっ!」
「――え?」
「わ、私……その、ご、誤解されやすいのでっ!」
と、それだけ言ってくるっと後ろを向いてしまうアイリーン。
テトラはそれを見て「ぶふっ」と噴きだし、笑いながらアイリーンの背中を指差して俺にニカッと笑いかける。
するとラークとルークが二頭揃ってアイリーンの頭に鼻を近づけ、ぱく、とアイリーンの柔らかそうな髪をむしゃむしゃ食べ始めてしまった。
「わあっ!? あ、だ、だめだってばぁ! 髪が痛んじゃうっ! カ、カナタ様も見てるのに! や、やめてラーク! ルーク! も、もぉ~~~~!」
「……ぷっ、ははっ! はははははっ!」
思わず笑ってしまう俺。テトラも同じように笑い、ユイたちも口元に手を当てていた。兵士の人さえ顔を背けている。そんな俺たちを見て、慌てていたアイリーン自身も思わず笑ってしまっていた。
そういやそうだ。アイリーンは前にも誤解されやすいって教えてくれてたもんな。彼女の無言の態度がそのまま彼女の本心というわけではないんだ。
それがわかっただけでも、なんだか急に気分が晴れてきた単純な俺であった!




