メイドさんたちとのドキドキ混浴
ユイの発言に、テトラとアイリーンは何かちょっと嬉しそうな目でリリーナさんをそっと見つめていたが、リリーナさんはそれに気付いてもなお咳払いをして。
「お心遣い痛み入ります。ですが、我々使用人がお客様方と湯を共にするなど許されません。私どもは後ほど時間があれば浸からせていただきますので」
予想通り、使用人としての立場をわきまえた話し方でそう答え、テトラとアイリーンがわかりやすくがっかりと肩を落とす。
しかしユイは食い下がった。
「それは誰に許されないのですか?」
「……え?」
「リリーナさんたちより偉い方ですか? でも、その方はここにいませんから大丈夫です! それに、私たちの方は何も気にしません。ね? カナタ?」
「あ、う、うん。もちろん」いや正直言うとメイドさんと混浴とかいろんな意味でヤバイっすけどね!
「それに、何より私の方からお願いしているんです。客人からの要望と受け取ってはもらませんか?」
手を組みあわせてお願いするユイには、リリーナさんも受け身で戸惑った様子で。
「で、ですが……その、ヴァ、ヴァリアーゼの使用人たるもの自らを律しなければならず、いくらお許しをいただいても、私どもで皆さまの湯を汚すわけには……。そ、それに、お二人だけの方がごゆっくりと休んでいただけるかと……」
「そんなことありませんっ!」
と、そこで辛抱たまらんといった感じのユイは突如お湯から上がってリリーナさんたちの元へ。
裸でずんずんと近づくユイに、さすがのリリーナさんもギョッとしてしまっていた。
「カナタと二人のお風呂も大好きです。私にとってはすごく大切な時間の一つです。でも、お風呂はみんなで入っても楽しいですっ。身も心も裸になって、一緒にお風呂に入ると自然と仲良くなれます。私は、小さい頃からそうやって里のみんなと仲良くなりました。カナタとも、シャルさんとだって、一緒に秘湯に入ってからずっと仲良くなれたと思います。お風呂には、そういう力があります!」
「ユ、ユインシェーラ様……」
「私は、リリーナさんたちと、テトラさんと、アイリーンさんとも、もっと仲良くなりたいです」
「仲良く……ですか?」
「はいっ!」
ハッキリと、満面の笑みで答えるユイ。
「私は、世間知らずな子どもです。でも、だから外の世界の方々ともっと仲良くなって、いろんなことを知っていきたいと思っています。そのためにも、同じお湯に一緒に入りたいなって思うんです。それに、ここはリリーナさんたちも安心して入れる秘湯なんですよね? だから、チャンスだと思って……それでも、やっぱりダメ……でしょうか……?」
「そ、それは、その、え、ええと……」
笑顔から今にも泣きそうな表情に変わったユイに詰め寄られて、リリーナさんは眉尻を下げて困惑している。
そんなリリーナさんの珍しい動揺っぷりにか、テトラとアイリーンが「おお……」となんだか感嘆としており、
「リリーナさんリリーナさんっ! こういうときはお言葉に甘えた方が失礼じゃないんじゃないすかっ?」
「そ、そうですリリーナさんっ。お、お客様に恥を掻かせてしまいますっ」
「テ、テトラ、アイリーン……あなたたち……」
後方では二人のメイドのキラキラした眼差し。
前方ではユイが告白した乙女みたいな目でリリーナさんの言葉を待つ。
果たしてリリーナさんは――ついに折れた。
「……はぁ。わかりました。では、僭越ながらご一緒させていただきます……」
その言葉にユイがパァッと顔を明るくして俺にピースサインをし、そのままテトラとアイリーンとハイタッチ。
リリーナさんは少し肩を落として落ち込んでいたようだったが、それでも苦笑したその表情はどこか優しいものに俺には見えた。
ははっ、ユイにかかればあんな完璧メイドさんもこうなっちゃうんだな。ホント、ある意味ユイは最強だと思うわ。
――で。
「はわーっ! ここは久しぶりだけど熱めでイイ湯っすよねー! 普段はただのフロにしか入れないから温泉いいわマジいいわ~! はぁ~疲れとれるぅ~~~~!」
「うん…………はぁん……。身体がほぐれて、落ち着きますぅ……」
「……テトラ、アイリーン。いくらお許しをいただいていると言っても、お二人の前です。あまりはしたない格好や言葉はやめなさい」
「「は、はーいっ」」
なんて、満足げに湯に浸かっているであろうメイドさんたちの愉快なやりとりが聞こえる。
「ふふ。テトラさんもアイリーンさんも楽しそうで、やっぱり誘ってよかったです」
「へへへっ。お気遣いありがとうございますユインシェーラ様! あたしもアイリーンも普段こんな温泉なかなか入れないんで、おかげですっげー楽しーです! なーアイリーン?」
「はい。こうして外の任務に出ているときは、ゆっくりお風呂に入れることはまずないので……すごくありがたいです。ユインシェーラ様、ありがとうございます」
「そ、そんな改まってお礼なんて。私のわがままですから、気にしないでください。むしろ、私の方が楽しいくらいですから」
「「ユ、ユインシェーラ様……!」」
「えへへ。リリーナさんも、きっとお疲れでしょうから、ゆっくり疲れを取ってくださいね」
「……はい。ありがとうございます、ユインシェーラ様」
ユイもまた、そんなメイドさんたちに混じって楽しげな声をあげていた。
美少女エルフと美少女メイドたちがみんな裸でキャッキャウフフな楽園状態。
が、俺にそんな素敵なエデンは一切見えない。
「あのー……と、ところで、カナタ?」
「ん? 何? ユイ」
「いえ、その……ど、どうして布で目隠しをしているのかなと……?」
「ああこれ? フッ……俺は紳士だからね……」
格好付けて答える俺に、しかしユイは「しんし……?」と意味を理解していないようだった。
そう。俺は目隠しをしていた。
秘湯紳士たるもの、混浴するとあらば女性に対して当然の心遣いだ。
いくら自分で誓いを立てているとは言え、見えるものがあれば見てしまうことはある。たまにはある。あくまで事故で見てしまうことがある。あくまで事故で! 男だからな!
ともかく、そのためにこうして自らの目を縛り、視界を封じた次第である。すまないな俺の両目。お前には刺激が強すぎる光景なんだ。想像だけで我慢してくれ。
「カナタ様も、お気遣いありがとうございます。その……さすがに私どもも男性と湯を共にすることは初めてですから、どうして良いものかわからず……」
「あはは、いやいいんすよ。お願いしたのはこっちなんで。ゆっくり楽しんでください。リリーナさんは結構平然としてますけど、そりゃあ疲れてるでしょうし。テトラもアイリーンもさ。むしろ俺たちのために休んでほしいっていうか」
「カナタ様…………感謝致します」
「さぁっすが勇者カナタ様っ! 男らしくてカッコイイっす! それに……ふひひ。リリーナさんがこんなにか弱く動揺するの初めてっすよねぇ~。普段からもうちょっとそういう隙があったらかわい――ってごめんなさい冗談です! ひ、ひええええ! アイリーン助けて!」
「うう……め、目隠しされているとはいえ……カナタ様と混浴……カナタ様と混浴…………私、裸で……は、はしたない、です……。でも……ドキドキが……うう…………」
「全然聞いてないし!? あぁ~~~リリーナさんごめんなさい許してぇ~~~~!」
何が起きているのかは見えないが、それでもハッキリ想像出来てしまう俺だ。
しかしリリーナさんには悪いが、確かにテトラの言う通りリリーナさんはもうちょっと隙がある方が可愛らしいかもしれないなぁ。たまに見せてくれる油断した顔とか可愛いし。
いや待て! でもリリーナさんくらい完璧にメイド然とした人もすげぇ魅力的じゃん! むしろ普段あれだけ完璧だからこそ隙のあるギャップが威力を発揮するわけでもあるんだが……! ああそうなると迷うな! つーか今どんな光景が繰り広げてられてるか見たい! 可愛い女の子たちがイチャイチャしてるの見たいよおおおおお!
「……カナタ。なんだかニヤニヤしています」
「うぉぉぉ!? し、してないよユイ! あ、あはは! あはははは!」
「……そうですか」
ユイがどんな顔をしているのかわからないが、なんだかちょっと不満げな声色だった気がする。いつもならもうちょっとくっついてくるのに、今は腕も掴んでくれていない。
これ、もしかして嫉妬とかしてくれてたりして……? はは、だったら申し訳ないけど嬉しいかも。
なんて思ったとき、真っ暗だったはずの視界が一瞬だけ赤くなる。
頭の中の『写本』が開いていた――。




