内気なメイドと役得
そうやって動物好きという共通点で繋がった俺たち。
こうして二人で何気ない話をしているうちに、アイリーンの顔からようやく緊張とか不安とか、そういう感情がふっと抜けて楽になっているように見えた。
何より――いつも物静かだった彼女が自然と明るい笑顔になってくれているのが嬉しい。
「はは、にしてもよかったよ。やっと笑ってくれた」
「えっ? あ、あの?」
「いやさ、アイリーンさんてすごい真面目で大人しそうで、俺たちにずっと気を遣ってくれてるのがわかったからさ。でも、こうやって自然に笑えたところが見られてよかったよ。しかも、笑顔がすっげー可愛いしさ」
「え…………か、かわ? …………え、え、え…………っっっ!!」
かあああああ、と一気に加熱したように赤くなっていくアイリーン。
それがおかしくてつい笑ってしまうと、アイリーンはさらに紅潮していったが、でも、それには決してさっきみたいな遠慮した居心地の悪さみたいなものを感じなかった。
それから彼女は言った。
「……カナタ様は、とても、お優しい心の持ち主なのですね……」
「え? いやいやそんなことは」
「私は……鈍くさくて、皆さんに、迷惑をかけてばかりで……。学校でも、テトラに助けられてばっかりで、あまり良い成績は残せなくて……。初対面で仕える方には、いつもすぐに怒鳴られてしまって……」
「え? そ、そうだったの?」
「はい……。それでも、カナタ様はこんな私なんかにもこうして気を遣っていただいて……シャルロット様がすぐに気に入られたというのも、わかります。それに……動物たちは、人の気持ちに敏感です。だからこの子たちも、初対面のカナタ様に心を開いて……私、驚きました」
「そうなのかな? いやぁだったら嬉しいけど……ああわかった洗うから待って待って!」
「ふふっ。ラークも楽しそうです」
「イチャついてんじゃねぇオラはよしろ」とばかりにラークに急かされている気がして、また手を動かす俺。だが「オラオラもっとだ」とばかりに身体を押しつけられてしまう。これ、本当に楽しそうなのか!?
たぶん動物の意志を理解するスキルもあるんだろうけど――っていうか検索したらあったけど、ここでそれを使うのはなんつーか無粋だよな。アイリーンの言う通り、こうやって世話して見てれば確かに楽しそうな気はするしさ。
何より、コミュニケーションを才能に頼るのは良くないことだろう。
「あ、あの、カナタ様」
「ん?」
アイリーンはそこですぅ、はぁ、と何度か気持ちを落ち着けるように呼吸して。
「あの、その…………ありがとう、ございますっ!」
と、おそらくはかなり勇気を出して頭を下げ、そう言ってくれた。
一体何に対してのお礼なのか。
ちょっと考えてみて、俺は答える。
「ん、どういたしまして。よし、アイリーンさん! ご飯までにちゃちゃっと仕事片付けちゃおうぜ!」
「は、はいっ。あ、その、カナタ様っ」
「お、今度は何?」
「私のことは、そのっ……ア、アイリーンと! お、お呼びくださって、結構です、ので……」
両手の人差し指を合わせながら、小声でもじもじとそう話すアイリーン。その顔はまたじわりと赤くなっていた。
ああ、そういえば頭の中では前から呼び捨てだったけど、実際はさん付けしてたな。リリーナさんはなんかはごく自然とさん付けしなければいけない感じな人って気がしてたけどさ。
なんてことに気づき、俺は頷いた。
「わかったよ、アイリーン。今後もよろしくね」
「は、はいっ! ――いたぃっ!? あ、あー! 髪食べちゃダメぇ~~~!」
そこでアイリーンがまたルークに「はよしろ」とばかりに軽くどつかれ、そのあとでふわふわの髪をもしゃもしゃ加えられてしまい、俺はまたつい吹き出す。そのせいでアイリーンの顔がさらに激しい赤へ変わっていったが、そんな姿もまた可愛らしかった。
だがそこで慌てたアイリーンがルークとのじゃれ合いで体勢を崩してしまい、そのまま俺の方へと倒れてきてしまった!
「きゃっ!
「うわっ!?」
が、なんとか俺が下敷きになることで彼女をキャッチ。
俺は地面に頭を打ってしまったものの、寸前でとっさに身体能力向上の才能を使ったおかげで大したダメージはなかった。うん、なんか徐々に才能を使うのにも慣れてきたかもしれないな。こう、常に頭の中の写本と身体の回路が繋がってる感覚がある。
それからともかくすぐにアイリーンの無事を確認したかったのだが、目の前が真っ暗で上手く声も出せない。
その理由はすぐにわかった。
むにむにと柔らかいものが、俺の顔を覆っているからである。
ああ……この幸せな感覚。
わかる。俺にはわかるぞ! これは、これはぁぁぁっ!!
「うう……も、もうルーク! あんまりイジワルするとごはん減らしちゃうからね! ……って、あれ? カ、カナタ様?」
「ひは……ひはほほ」
「え? ――きゃ、きゃあ!」
『下、下だよ』と答えることで彼女が退いてくれたことで、俺もようやく上半身を起こし、喋ることも出来るようになった。しかし幸せな感覚はすぐどっかに飛んでいく。
アイリーンは今にも泣きそうにおろおろして手を震わせながら言った。
「ご、ごごごめんなさい! 申し訳ありませんカナタ様っ! わ、わたしなんてことを……! あの! お、お怪我はありませんか!?」
「いやいや俺は平気。それよりアイリーンが無事でよかった。嫁入り前の子に怪我させるわけにはいかないからなぁ。つーかそんなことしたらシャルやリリーナさんに何されるか」
「カ、カナタ様……」
そっと頭を撫でると、アイリーンはぽーっと呆けたように俺を見つめる。
よし、多少強引に格好付けて体裁を保った。セーフ! まさかアイリーンのおっぱいの感触に浸ってたと知られるわけにはいかないからな! 気付いてないみたいだしわざわざ言うこともなし!
「さ、そろそろ行こうアイリーン。みんな待ってるかもしれないしさ」
「……あ、は、はいっ! あ、あのっ、えっと……あ、ありがとうございますっ!」
「ん、気にしないで」
そうして俺たちはルークとラークを連れてみんなの元へ。
うん、事故だったとはいえ役得。ありがたくいただきました!




