動物好きな二人
――夜。
大地がオレンジ色に染まり始めた頃にその日の行程を終了した俺たちは、草原のそばにあった小さな森の中で野宿をすることとなり、既にそのための準備を始めていた。
今日は晴天で風もなく、何より馬車の中で眠れるためまったく問題はない。水なども近くの川で汲んでおり、飲料水や料理などはそれでまかなえる。もちろん手持ちのものもあったが、新鮮なほうがいいに決まってるからな。
つーか俺、異世界に来てからなんかたくましくなってる気がするぞ。俺の世界だったらこんな風に野宿するのは嫌だって思ってただろうけど、今はそんな気持ちまったくない。むしろ気心知れた友人とのキャンプみたいで楽しいくらいだ。
「さーて、そんじゃ俺は何するか……」
ぐるりと見回す俺。
ユイはリリーナさんの元へ向かい、料理の手伝いを申し出ている。リリーナさんは何度か遠慮して断っていたが、ユイの切実な“お願い”に根負けして手伝いを了承していた。
うんうん、ユイにあんな顔でお願いされたら誰だって断れないよな。よくわかるよリリーナさん。
なんて思いながらそちらへ歩き出す。
「ユイ、リリーナさん。俺も何か手伝おうか?」
「あ、大丈夫ですよカナタ。カナタはゆっくり休んでいてください」
「お気遣いなく、カナタ様。こちらは手が足りておりますので、よろしければ他の二人の元へ。しかし……ユインシェーラ様、見事な手際ですね……」
「そ、そうですか? ありがとうございます」
どうやら二人が少し仲良くなったようで嬉しくなる俺。材料もヴァリアーゼから詰んできていたようで、なかなか豪華な食事になりそうで楽しみだ。
で、リリーナさんの言うとおりテトラかアイリーンの手伝いでもしようかと思ったが、アイとミリーは川で魚を捕るというテトラについて行っており、今もそちらの方でキャーキャーと楽しげな声が響く。うーん、そこに俺が行くのも邪魔しちゃうか。
そして残ったのはアイリーン。
彼女は一人で寝床の準備や馬の世話などをしていたので、俺はとりあえず一番大変そうな彼女の手伝いをすることにした。
「アイリーンさん?」
「ひゃっ! あ、カ、カナタ様? あの……何か、ご用でしょうか?」
びくっと震えてから振り返り、おどおどしながら話すアイリーン。しまった怯えさせてしまった。
「驚かせてごめん。や、暇だし何か手伝わせてもらえないかなって」
「え……お、お手伝いですか? いえそんなっ。お連れしている客人にそんなことをしていただくわけにはっ」
「うーん、でも今のところアイリーンさんが一番大変そうだしさ。一人で休んでるのも落ち着かないし。お願いします! 俺にも何かさせてください!」
「え、え、えええ~!」
頭を下げるとアイリーンはわかりやすいくらい狼狽し、リリーナさんに助けを求めるような視線を向ける。
するとリリーナさんはこちらを見ることもなく、
「アイリーン、それ以上お断りするのも無礼です。お言葉に甘えなさい」
「リリーナさん……は、はいっ!」
アイリーンは短い返事をし、それからこわごわと俺の方を見て言った。
「そ、それではその、この子たちの……馬のお世話を……お手伝いしていただけますか?」
「了解っす!」
――で、俺はアイリーンと一緒に一頭ずつ馬を連れて川へ。そこで馬に食事や水を与え、その身体を洗ってやることになった。
少し離れたところではアイたちが川の中で魚捕りに励んでいる。あーあー派手に濡れてんなぁ。でも楽しそうだなあいつら。アイもミリーもすっかりテトラと馴染んでるし。ま、あの三人って気が合いそうだもんな。
「あの、カナタ様。客人にお手伝いしていただくなんてすみません……」
「ん? ああいやいや。俺がやりたいって言ったんだし気にしないで。つーか、アイリーンさんの負担を軽減出来ればって思ったけど、逆に負担かけちゃってるみたいでごめんね。もし邪魔だったら遠慮なく言ってくれていいからさ」
「え……」
ぽかん、と口を開けて固まるアイリーン。
性格なのかもしれないけど、ずっと困ったような顔してるからなぁ。俺が一緒にいる方が迷惑になっちゃってる気がしてなんか申し訳ない。
だからそう言ってみたんだが――
「――い、いえそんなっ! そんなことはありません! 大変助かっております! あの、ち、違うんです!」
「え?」
「私……こ、こんなですから。その、とても、誤解をされやすくて……。ですがっ、決してカナタ様をご迷惑に思うようなことは!」
「そ、そうだったの? それならよかったけど……」
あわあわと手を振って動揺するアイリーン。馬が「はよしろ」とばかりにぶるるっと鳴き、アイリーンは再び馬を洗いながらぼそぼそと話した。
「ごめんなさい……。私、感情表現が苦手で……。昔から、ハッキリと物を言えなくて……。それで、いつも相手を怒らせてしまったり、誤解されてしまうことが多くって……」
「あー……なるほど、そういうことか」
「せっかくご厚意でお手伝いをしていただいていたのに……。お気持ちを害してしまったようで、申し訳ありません……」
「え? いやいやそんなことは!」
今度は俺が慌てて手を振る。
あー、でもなんとなくわかるなー。こんな大人しい女の子に不安そうな顔で黙っていられたら、なんかすげー罪悪感を覚えるというか、悪いことをしてる感じになるし。
「いや、でもそれを聞けてよかったよ。迷惑じゃないとわかったらもりもり手伝えるからさ! 遠慮なくいろいろこき使ってくれ」
「え……? カ、カナタ様……私なんかと一緒で……嫌に、なりませんか……?」
「え? なんで? それより俺、馬の世話って初めてなんだけどさ、慣れてくると結構楽しいね。ほら、馬って走ってるときはかっこいいけど、近くで見ると可愛い顔してるよね。俺、馬も結構好きなんだよなぁ」
俺たちをここまで運んでくれた馬に感謝しつつ頭を撫でる。馬は大人しく俺に顔をこすりつけてきて、ちょっと愛着も湧いてきた。たまに競馬のレースとかテレビで見てたけど、やっぱかっこいいんだよな。
そこでアイリーンがまたその手を止めて、急にその声量を上げた。
「わ、私もですっ! わ、私動物が好きで、特に馬が好きでっ!」
「うわっ! そ、そうなの?」
「はいっ! だから、お世話も好きでやってるんです! この子たちは特に賢くて優しくて、こうやってお世話しているときは心が安らぐんです! あ、カナタ様の方はラークで、こちらがルークと言います!」
突然のテンションアップと、その明るくなった表情や早口に呆然とする俺。
でも、そこで彼女が本当に動物が好きなのだろうことがわかった。
だから俺も嬉しくなって返す。
「へぇ、そっかそっか。お前ラークって名前だったのか。でもアイリーンさんの気持ちわかるよ。なんかさ、馬ってこっちの考えをくみ取ってくれてる感じがするよね。目も優しい感じがするし」
「そ、そうなんですそうなんです! でも、リリーナさんもテトラもあまり動物には興味がないみたいで……お、同じ気持ちの方がいて嬉しいですっ!」
「あはは、俺も俺も。実は俺、実家で犬を飼っててさ。それで動物好きなんだよ。アイリーンさんは何か飼ってたりするの?」
「わぁ! そうだったんですね! 私も犬や猫を飼いたいんですが、ヴァリアーゼのメイド寮では動物を飼うのは禁止されていて……だから、動物のお世話をするお仕事や、こうして外に出る際に馬と触れあえるのが楽しみなんですっ!」
「なるほどなぁ、そういうことか。他にはどんな動物が好きなの?」
「はいっ! えっとえっと、何でも好き……なんですけど、特に――」