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異世界湯けむり英雄譚♨ ~温泉は世界を救う~  作者: 灯色ひろ
第二湯 ヴァリアーゼの秘湯

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外の世界



 ♨♨♨♨♨♨



 そうして馬車に乗り込んだ俺たちは、早速里を出発して外の世界へ。

 ヴァリアーゼに着くまでは、馬車で大体二日ほどかかるとのこと。それぞれ馬に乗って走らせれば一日かからず着くらしいが、今回は俺たちのことを考えてのんびりと進んでくれているらしい。


 二時間もすると馬車は山岳地帯をずいぶんと離れ、オーメル草原という場所をリズムよく進んでいた。

 御者台の方ではテトラとアイリーンが馬を操りながら轍の残る大地を駆け抜け、客車の中ではリリーナさんが俺たちの世話をしながらも、ヴァリアーゼやこの世界――アスリエゥーラのことなんかを教えてくれている。


 そうそう、それからアイにも【言語統一】の才能を【転写】しておいてみんなと話が通じるようにしておいた。ミリーは最初から外の言葉も話せたために問題はなかったけどな。


「――皆さま。そろそろ外をご覧いただくと、良い景色が見られるかと思います」

「外? ――うわ、すげぇ!」

「カナタ? 外がどうしたんですか?」

「カナタさまなになにっ? アイもみたいです!」

「なによ、あたしも見せて!」


 そこで俺は、初めて外からアルトメリアの里を見てたいそう驚き、みんなも俺にぎゅうぎゅうくっつきながら外へ顔を覗かせる。


 だだっ広いオーメル草原は地平線の先までずっと広大な緑を伸ばしており、日本ではまずお目にかかれない新鮮な世界に俺は心を奪われた。

 そして俺たちが旅立ったメルシャ山岳地帯は、多くの緑溢れる木々とグレーの岩山によって彩られ、空は一面の青が広がり、ものすごく迫力のある壮大な光景だった。

 例えるとスイスのマッターホルンとかユングフラウとか、そういう山と富士の樹海でも混じり合っているような、なんつーかそんな感じ。異世界の広大さの一部を見たような気がした。

 そして同時に、だからこそこの世界がどれだけ大きいのかということを感じ取れたように思う。


「はー……里ってこんな感じだったのか……」

「わぁ……すごいです……! あれが私たちの住んでいた場所……」

「わーわー! おっきくてキレーです! すごいですすごいです! アイ、こんなのはじめてみます! カナタさますごいですね!」

「あー、あたしもこっちに来るとき驚いたわ。ママの故郷ってこんなところなんだって。最初は里の場所もわかんなくて迷ったしね。でも、住めば都だったわ」

「ふふ。そういえばそうだったね、ミリー。でも……本当に驚きました。私たちはずっとあそこで暮らしていて、外の世界を見たこともなかったんですね……」

「ユイ……外に出るのはやっぱり怖い?」


 俺が尋ねてみると。

 ユイは少しだけ間を置いて、それから答えた。


「正直に言えば、怖いです。私たちアルトメリアは無力で、そのためにずっと隠れて暮らしてきましたから……。それが、当たり前でした……」


 その返事に、俺やアイ、ミリーは多少心配になったが――


「でも……ワクワクもしています」

「え?」

「旅をするなんて初めてで……不安もあるけど、でも、楽しみでもあります。外の世界にはどんなものがあって、どんな人たちが暮らしていて、どんな経験が出来るんだろうって」


 ユイは胸に手を当てながら、うっすらと微笑んで話す。


「これも、カナタが私たちの里に来てくれたおかげです。そうでなければ、きっと私たちは今もあの里に暮らし続け、その後もずっと、外に出ることも、アイにこんな景色を見せてあげられることもなかったはずです。それも平和で幸せなことかもしれませんが、でも……私はこうやって外に出て、みんなと一緒にこの景色が見られたことが嬉しいです。カナタ、ありがとう」

「ユイ……うん、俺も同じだよ」

「ユイねえさま! アイもです! このキレーなけしき、里のみんなにもみせてあげたいですねっ!」

「ふふ、そうねアイ」


 姉妹は抱き合って喜び、そんな光景に俺もまた嬉しくなる。

 ユイはいろんな思いを抱えて暮らしてきたんだろう。外に出ることだって覚悟が要るし、この先何が待っているかもわからない。

 けど、きっと人生なんてそんなもんだ。

 何が待ってるかなんて誰にもわからない。それは怖い。けど、前に進まなきゃ何も始まらない。始まれば、こんな素敵なことにもめぐりあえる。

 ユイたちとの旅路に、こうした良いことがたくさん起きればいいなと、俺はそんなことを願うばかりだった。


「カナタ。でも、本当によかったんですか?」

「ん? 何が?」

「里に残っていた最後の秘湯に入らずに来てしまって……」

「ああ、いやいいんだよ。あそこはさ、もう少し後に残しとこうかなと思って」

「……残しておく、ですか?」

「うん。ほら、そうすればまたあの里に戻って来る理由にもなるしさ」

「カナタ……はいっ、そうですね」


 そう。俺はあえてあの里の最後の秘湯には入らなかった。

 最後にまた、あそこに戻ってきたかったから。


 ユイたちの故郷であり、俺が異世界にやってきた地であるあのアルトメリアの里はすべての始まりで、そして終わりに出来たらいいと思うようになっていたから。

 そのために、最後の秘湯には浸からず俺は外に出た。

 まぁ最後とか大げさに言ってるけど、別に今回の旅は異世界全部めぐるまで帰ってこないわけじゃないしな。ヴァリアーゼで王子様に挨拶して、適当に秘湯めぐりしたらさっさと里に帰るつもりだし。


 と、そこでミリーが何か思い出したように「あっ」と言った。


「そういや、外の世界には景色を一枚の紙に収めて残すことが出来るマジックアイテムとかあるみたいよ。あたし聞いたことある」

「そうなのミリーちゃん? すごいすごーい! それがあればみんなにもこのけしきをみせてあげられるんですね!」

「そうなんだ……外の世界にはすごいものがあるんですね……」

「それは写真、と呼ばれるものですね」


 と、ユイたちに教えてくれたのはリリーナさん。

 リリーナさんは黒髪を耳にかけながら、淡々と落ち着いて口を開く。


「主に商業都市アレスで流通しておりますが、我がヴァリアーゼにもいくつか写真機が存在致します。ですが大きさがネックとなり、持ち運びは少々難しいようですが……」

「へぇ、そうなのか……」


 どうやらこの世界にも写真技術があるようで驚いた俺。

 ただリリーナさんの話から察するに、おそらくそれは俺の世界だとだいぶ古いやつだ。テレビとかで見たことある、あの三脚とかの上で布とか掛けて撮るタイプのやつなんじゃないかな。まぁ異世界のものが同じものだとは思わないけど。


 その話にユイたちは少々残念がったが、ミリーがすぐにこう言った。


「なーんだそうなのっ。じゃあ今のうちにいっぱい見ときましょ! それであたしたちが見たものをみんなに伝えてあげればいいじゃない!」


 そんな前向きな発言に俺たちは笑いあい、


「だな。ミリーの言う通りだ。ほらアイ、いっぱいみとこうぜ!」

「ミリー……ふふ、そうね」

「はーいカナタさま! アイたちがちゃんと見ておきましょー!」

「そうそう! ほら見て! 向こうの山もおっきい! 里じゃ見えなかったわよね! ってわわわわっ!」

「おわ!? ちょ、ミリー!」

「! ミリー様!」


 そこでミリーが思わず馬車から落ちそうになったが、俺とリリーナさんでなんとか救出し事なきを得る。

 ミリーは苦笑したが、そこでポーカーフェイスなリリーナさんが初めて動揺や安堵の表情を見せてくれたため、なんだかちょっと嬉しくなった俺。しかしリリーナさんは咳払いをし、また何事もなかったように座り込む。


 それからも、俺たちはしばらくの間みんなで外の景色を眺め続けていた――。

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