贈り物
話は続いて。
「え? じゃあヴァリアーゼ国内でも争いが……?」
「ああ。近年我が国は勢力を増し、国土も増やしてはいるが、一枚岩ではない。戦いが続く中で国王は……いつの日か人が変わってしまった。以前は騎士道の鑑たる人物であったが、今は戦争に取り憑かれたようになってしまっておられる。中には敵国の魔術によって正気を奪われたという者もいる。その部下たちが今では非人道的な戦いを起こし、先日この里を襲ったような輩も生み出してしまったのだと思う」
「そう……なんですか。じゃあ、そんな王様に疑問を持つ人たちが……?」
ユイの疑問に、シャルは「うん」と頷いて続けた。
「かくいう私もその一人だが、王についていけなくなった者たちはご子息である第一王子――『クローディア・フォン・クースィバルト・ヴァリアーゼ』様にお仕えし、現在はその命によって動いている。クローディア王子は若くして国宝である『聖剣エーヴィヒカイト』を授かり、すべての騎士のトップである神聖騎士団長も務める素晴らしいお方だ。私も一度手合わせしていただいたことがあるが、二十秒持たずに負けた」
「な、なんかよくわからないけどすごい人なのはわかった……」
「わ、私もですカナタ」
「それで十分だ。クローディア王子は騎士としての腕だけではなく、その心根も騎士道に恥じぬ真っ直ぐで美しいものを持つ方。妹君であられる第一王女、『エリアミリス』様を溺愛される優しさも持ち、文武両道を極めた類い稀な才人。いずれあの方がヴァリアーゼをより良き国にされることを私は確信している」
まるで自分のことをようにそのクローディア王子のことを得意げに語るシャル。
こんなシャルが尊敬する王子なのだから、きっと本当に良く出来た人なんだろう。
つーことは、ヴァリアーゼで問題なのは今の王様とその配下ってことになるのか。
「そのため、現在私と第一騎士団の者たちは王子の命により、他国への無用な侵略行為、その他の非道・悪道を行う者たちを戒めながら領土を守る任を任されている。にもかかわらず、今回の一件が私の目の届かぬところで起きてしまい、猛省している。本当に申し訳なかった」
「シャ、シャルさん。それはもういいですから」
「すまない……」
そのやりとりで、俺はなんとかおおよその状況は把握出来た。
クローディア王子の命として周辺領土を守っていたシャルが、しかし今回の件を見逃してしまったことで任務を果たせなかったと、そう感じているのだろう。見たところ、このシャルって人はかなりド真面目で責任感強そうだしなぁ。
と、そこでシャルが脇に置いていた大きな革袋を見てハッとし、それを手に取った。
「そ、そうだ忘れていた。これはせめてものお詫びなのだが……」
「お詫び、ですか?」
「う、うん。リリーナたちに持っていった方がいいと勧められて……ああ、私が連れてきた部下のメイドたちのことなんだが」
「あ、そういやあのメイドさんたちはなんなんだ? いきなりでびっくりしたんだけど」
ずっと抱いていた疑問を尋ねると、シャルはすぐに答えてくれる。
「ああ、彼女たちはヴァリアーゼメイド隊の一員で、普段から我々騎士団長に付いている使用人であり、身の回りの世話をしてくれている。それだけではなく、私が連れてきたリリーナ、テトラ、アイリーンは私の直属で戦闘訓練も受けているゆえ、部下の中でもなかなか強い方だぞ。並の兵士では歯が立たん」
「おお……そ、そうなのか……」
マジかよ戦うメイドさんか。どうりでただ者じゃない気配してたわけだよ。
「それはともかく、どうかこれを受け取ってほしい」
そう言って袋の中を取りだしてくれるシャル。
そして俺たちの前に差し出されたのは、少し大きめな瓶に入った色とりどりの輝くもの。
よく見ればそれは、俺の世界で言う『コンペイトウ』によく似たお菓子だった。
ユイは手を合わせて喜ぶ。
「わぁ……とっても綺麗です……! えっと、みー……てぃあ……?」
そこでユイが瓶に印字されていた文字を自然に読みとり、俺は一拍を置いて驚く。
「――って、あれ? ユイ、読めるの? これってアルトメリアの字とは違うよね?」
「あ、はい。言葉はアルトメリア以外は話せませんが、文字は小さな頃から勉強していましたから。特にヴァリアーゼの使うものは、最近集中して学んでたんです。これからもカナタと一緒にいるために、少しでも役に立ちたいですから」
「ユイ……」
ニコ、と微笑むユイに思わず感動してしまう俺。
ああもう、こんな健気に尽くされちゃ離れたくなくなるって! なんだよもうやっぱ嫁にしたいわ!!
なんて悶えていると、シャルが「フフ」と顔を緩ませて言った。
「これは『ミーティア』と呼ばれる星形の砂糖菓子なんだ。最近余所から国に流通してきたもので、よく女性へのプレゼントとして贈られるらしい。その、こんなもので許しをもらおうなどと思ってはいないのだが、アルトメリアの民は皆が女性と聞いていたし、リリーナたちも喜んでもらえると言ったから……。ど、どうか受け取ってくれ」
「いいんですか? ありがとうございます、シャルさん!」
「あ、ああ。それと、アルトメリアの民はよく秘湯で湯浴みをすると聞いてな。ヴァリアーゼの女性たちに使われている固形の洗浄剤も持ってきた。国内では『セッケン』と呼ばれているのだが……これも使ってくれ」
「わぁ~……すごい! これで身体を洗うんですか? 是非使ってみたいです! シャルさんありがとうございます!」
「う、うん」
ユイの思わぬ喜びように呆然とするシャル。俺はつい笑ってしまった。
するとそこで、ずっと入り口から覗いていたアイやミリーたちが入ってきて、
「そのビンのおかしキレイです! ユイねえさまみせてくださーい!」
「ちょっとちょっと何よそれ! 外のお菓子ですって!? それにセッケン!?」
「わ、わわっ」
ドタドタと入って来た二人に思わず身を引くシャル。
さらに、そんな二人に続いて他のみんなも一気になだれ込んできた。
「ちょっとユイなにそれ! 外の世界のお菓子なのー?」
「私にも見せてよ! わーキラキラしてキレイねー!」
「これ本当に食べられるの? なんか食べちゃうのもったいないわね♪」
「ふーんこれで身体を洗うの? 泡立つのかなー?」
「今夜早速使ってみましょ! ありがとね騎士サマ!」
「キャーこんなの見たことない! さっすがヴァリアーゼの騎士サマねぇ!」
「わ、わ、わわわわっ! ま、待ってくれ! 落ち着いてくれ!」
ユイの持つ『ミーティア』に集まる一同。
それはまるで欲しいオモチャを買ってもらった子どもたちのようでもあり、街中で芸能人に群がるJC・JK集団のようでもある。みんなの目は実にまぶしい。
壁際まで下がっていたシャルはそんな光景を見て何度もまばたきし、呆然としていた。ちょっと怯えた感じのシャルが面白くて吹き出す俺。
「カ、カナタ殿。こ、これは喜んでもらえている……のだろうか?」
「ぶふっ! た、たぶんそうだよ」
「そ、そうか。それならよかったが……」
と、そんなところでシャルの手を引く乙女たちが登場。
「ねぇちょっと騎士サマ! このセッケンの使い方詳しく教えてよ! なんかイイ匂いするわねーこれ!」
「こっちのお菓子もさ、どうやって食べたらいい? ていうか作り方教えて!」
「え、ちょ、だから待ってくれ! 私も詳しいことは――う、うわあああっ」
そのままみんなに引っ張られて集団の中に押し込まれるシャル。
気付けば、先ほどまでみんなに奇異の視線で見られていたシャルがいつの間にか溶け込んでおり、俺はまた思いきり笑ってしまった。
だって、シャルがいくら真摯で真面目に謝ってもアルトメリアのみんなとは繋がらなかった気持ちが、こんなプレゼントであっという間に繋がってしまったのだから。
「はははっ。うーん、やっぱ女性にはプレゼントってことかねぇ」
まさか異世界に来てそんなことを学ぶとは思いもしなかった俺である。
まぁ何はともあれ、こうやって平和に相手との距離が近づいたなら良かったよな。




