騎士の誓い
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その後、シャルの部下のメイドさんたちには悪いがここが待ってもらって、俺たちはシャルのみを連れて里の村に戻ってきた。
エイラ、ルーシィ、フィーナは俺たちがシャルを連れて戻ることに驚きはしたが、ユイの判断ならと従い、こうして村に戻ってきたわけだ。
ユイが許可をしたことでシャルだけは結界に入れたのだが……当然、アルトメリアのみんなはシャルに怪訝な目を向ける。中には敵意を向ける者もいた。
真っ先に駆け寄ってきたミリーである。
「ちょっとユイッ! なんでこんなやつ連れてきてんのよ!」
耳と尻尾を立てて牙を剥くミリー。今にも飛びかかりそうな勢いで、俺や周りのみんなが慌てて彼女を取り押さえた。
「大丈夫よミリー。少し話をするだけだから」
「大丈夫って……いきなり暴れられたらどうすんの! ヴァリアーゼの連中なんてどいつもこいつもろくでもないやつばっかじゃない! あたしたち、こいつらに殺されてたかもしれないのよ! もう忘れたの!?」
「ちょ、落ち着けってミリー。ただの話し合いだよ。それに、いざってときは俺がユイたちを守るから、必ず!」
「フー! フー……ッ! …………わ、わかったわよ……あんたが言うなら……」
ミリーは呼吸を整え、ようやく身を引いてくれる。
「でも……ユイやカナタたちに何かしてみなさい。お前を八つ裂きにしてやる……!」
その敵意の視線と言葉を受けてもシャルはいたって平静で、ただ黙ってユイの後を付いて歩いた。
ユイは後ろを振り返りながら言う。
「シャルさん、ごめんなさい。でも、ミリーは悪い子ではなくて……」
「わかっている。ユイ殿が謝る必要などない。仲間を襲われたのだから、彼女のあの反応は至極正しい。憎まれるのも当然だ」
「シャルさん……」
「それに……ユイ殿は良い仲間に恵まれているのだとわかる。ここは良い里だな」
その言葉に、ユイの表情がほっと明るくなったのがわかった。
それから俺たちはあの集会所に向かい、そこでシャルと落ち着いて話をすることになった。
入り口のほうにはアイやミリー、エイラ、ルーシィ、フィーナを始めとするみんなが様子を見に集まってきていて、ユイがみんなを外に出そうとしたが、シャルはこのままでいいと手でユイを制した。さらにユイがお茶を淹れようとしたものの、シャルはそれもまた遠慮した。
こうして、俺とユイの前にシャルが座り、対面形式での話が始まる。
剣や兜を置いてきたシャルは他に武器を持ってはおらず、やはり彼女に敵意がないことはわかっていた。
「ユイ殿。こうして神聖な里に出入りさせてもらったこと、まずは感謝する」
「いえ。シャルさんのことは信用出来ると思ったので」
「……有り難い。そして、だからこそより私の罪は重くなる。このような女性ばかりの、子どもたちも多い里を襲うなど……絶対にあってはならないことだ。騎士の風上にも置けん……!」
シャルの手が強く握られ、身体中が大きく震えていた。
俺は尋ねた。
「えっと、シャルロットさん」
「シャルでいい、カナタ殿。おそらく私たちは年齢も近いだろう」
「あ、うん。わかったシャル。近いって、シャルっていくつなんだ? つーか訊いてもいいのかな」
「構わない。もうじき18になる。ヴァリアーゼでは18からが大人なのだが、いくら騎士として武勲を立てようが、年齢だけで子どもに見られてしまうのが多少不満ではあった。それもようやく解決だ」
「おお、俺と同じだ。俺も18だから遠慮なくカナタって呼んでくれ」
「承知した。改めて宜しく頼む」
「ん」
同い年だったシャルと握手をし、ちょっと仲良くなれた気がしたところで尋ねてみる。
「えーと、それでシャル。里を襲ってきたやつらはシャルの騎士団の一員だったのか?」
「正確には違う。ヴァリアーゼには第一、第二、第三と三つの騎士団があり、私は第一の団長だ。その上にすべてを束ねる神聖騎士団がおられるが、今はいい。そして先日ここを襲った連中はこれらの騎士団の者ではなく、まだ下級の騎士見習いである。とはいえ、私は何度も彼らを鍛え、導いてきたつもりだった。だからこそ、あのような蛮行に出たことが許しがたい! どうもアルトメリアの民が持つ強力な魔力を持ち帰ることで武勲を立てようとしたようだが……ありえん話だ!」
そういうことか……と納得する俺。要は、末端の下っ端連中が手柄をあげようとして暴走したってことだろう。
つーか、俺と同じ歳で騎士団長とかすごいな。まぁレベルも高かったしな。
ユイは尋ねる。
「シャルさん。もう何度も謝っていただきましたから、そのことはいいんです。私たちはカナタのおかげでみんな無事でしたし、結界も張り直せました」
「しかし……その程度で許してもらうわけにはいかない……! これは私の責任でもあるのだ! 何でもいい、私に申しつけてくれ! でないと国には戻れない! 出来る限りのことは何でもする!」
「ええっと……ど、どうしましょう……?」
ユイが困ったように俺に助けを求める視線を送ってくる。
俺はそっとユイに耳打ちした。
「じゃあさ、もう里を狙わないことを約束してもらえばどうかな? この人はかなり偉い人っぽいし、この人が納得してくれればたぶんヴァリアーゼって国はもう手出しをしてこないと思う」
「あ……そ、そうですね」
ユイはうなずき、言った。
「シャルさん。それなら……一つお願いを聞いてもらえますか?」
「なんなりと」
「では、もうヴァリアーゼ国がこの里を襲わないことを約束してください。この里は私たちアルトメリアにとって何より大切な場所です。例え現在ヴァリアーゼの領地に数えられているのだとしても、私たちはこの神聖な土地を、これからも守り続けていきたいのです」
ユイの真っ直ぐな思いが込められた言葉に、果たしてシャルは大きく頷く。
「承知した。約束通り、出来る限りのことはする。騎士の誓いは決して違えん」
「よかった……ありがとうございます、シャルさん」
「いや、むしろそれくらいは当然だ。それだけでは足りん。我が騎士団にて里の周囲を定期的に護衛しよう。もう二度とこのような真似は起こさせない」
「え? そ、そこまでしていただかなくても……」
「いいやそれくらいはさせてもらいたい。これが私の責任の取り方だ」
「せ、責任……でも、そんな……」
「これでもまだ足りん。もしもアルトメリアの民に死者など出ていれば腹を切って詫びるところだ。だからこれくらいはさせてほしい。頼む」
真摯に頭を下げるシャル。
おろおろするユイに、俺は苦笑してうなずくしなかった。
「わ、わかりました。わかりましたから、頭を上げてください」
「ありがとうユイ殿!」
真面目な顔でユイの手を握るシャル。ユイは目を点にしてあわあわしていた。
そんな光景を見て、ようやく入り口で見ていた他のみんなもシャルという人の人間性を感じ取ったのか、みんなの表情が柔らかくなっていくのがわかった。
そりゃそうだよ。俺たちに被害が出ていたら腹を切るなんて、そんなことを真剣に語る騎士がいるとは思わなかっただろうしな。




