ヴァリアーゼの使者
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そうして俺は、ユイと共に里の入り口――森を抜けた先まで向かっていた。
俺たち子ども二人だけで行かせるわけにはいかないと、先ほどの猛禽使いであるエイラや、活発で行動的なルーシィ、淑やかで冷静な副里長であるフィーナって子も一緒に来てくれた。三人ともまだ十代後半だがアルトメリアの中では大人であり、昔からユイを妹のように可愛がってくれた人たちらしい。
他にアイやミリーも来たがったが、あまり大勢で行くのも相手を刺激する可能性があるということで、結局この五人となった。
そうして結界内ギリギリの場所――森の途切れまで来たところで、その場に四人の人物が立っているのが見えた。
一人は銀甲冑をまとった騎士で、おそらく集団のリーダーだろう。
そして問題は、その後ろに控える残りの三人がなぜかエプロンドレス姿のメイドさんだったことである。
「え? メ、メイドさん?」
困惑する俺。
近くには馬が四頭ほど木に繋がれており、それを足にしてきたのだろうこともわかった。
「えーと、エ、エイラ。あの人たち?」
「は、はいカナタさま。この子が見つけてきてくれたのはここみたいですっ」
俺をさま付けするクセのあるエイラに確認すると、彼女は肩に止まった鳥を見てうなずく。
「ねぇカナタっち、結界の中にいれば安全なんだよね?」
「結界の中から話しかけたりすることは出来ないでしょうか?」
ルーシィとフィーナに尋ねられ、俺は頭の中の『写本』を開きながら答えた。
「んと、結界は術者であるユイの許可がなきゃ入れないし、物理攻撃、魔力や法力、あらゆるエネルギーにおける攻撃も無効化される。そもそもこの場所を認識することさえ出来ないから安全だけど……具体的には空間を分断してるから、こっちから話しかけるのも無理だ。話し合いをするなら一度こっちから出ないといけない。相手を招き入れるのは危険だしね」
「そっかそっか、了解」
「それではこちらから出るしかないですね」
ルーシィとフィーナがうなずき合って納得。
「でも……少し気になるんだよな」
「カナタ? どういうことですか?」
「うん、この結界は本来認識することも出来ないはずなんだ。けど、あの人たちは明らかにここにアルトメリアの里があることを意識してここにいる」
「「「「あ――」」」」
ユイたちがみんな同じ反応を見せる。
俺は意識的に『写本』を扱うことが出来るようになったため、力を使うだけではなくそこからスキルや魔術の詳細なども調べることが可能になっていた。
「たぶん、結界の魔力を何かしらの方法で感知してるのか……それとも、前に突き返した騎士たちの情報を聞いて場所に目処をつけて来たのかな。そこまで正確にはわかってないみたいだけど、どっちにしろ、ある程度の場所が割れている以上はこのまま見過ごすのは危険かもしれない」
「うう、どうしましょうどうしましょう~」
「んーそっか。もしうちらの里を探すのが目的ならちと怖いかもね」
「そうですね。かといって放置も出来ませんし。ユイ、どうしますか?」
エイラ、ルーシィ、フィーナがそれぞれ考え込み、ユイに判断を委ねる。
「うぅん……そう……ですね……」
考え込むようにうつむくユイ。
そんなとき、結界の外にいる騎士の一人が――先頭に立っていたリーダーらしき人物が声を上げた。
『――アルトメリアの民よ! この声が聞こえているだろうか!』
それはよく通る高く美しい声だった。
その騎士は周囲をぐるぐると見回し、どうやら俺たちの居場所を捜しながら呼びかけているようだ。
『我々は騎士国ヴァリアーゼの使いとしてはせ参じた! しかしあなた方と争うつもりはなく、捕縛しようなどという気もない! もしこの声が聞こえているのならば、どうか一度話を聞いてはもらえないだろうか!』
騎士は腰に下げていた剣を鞘ごと外してメイドの一人に預け、両の膝をついてその場に正座した。それを見てメイドたちも同じように座り込む。
『もし聞こえていて考える時間が必要ならば、今晩中はお待ちする! 我々は決して危害を加えたりはしない! 騎士の名に誓う! どうか、前向きな返答を期待する!』
そう言って、騎士はただ静かに座り続けた。メイドたちも同様である。
おそらく、この人が言っていることは本当だ。俺の【神眼】で確認する限り敵意はないし、ウソをついている形跡もない。特に、あの騎士からは誠実で誇り高いオーラが強く感じられた。【Lv360】と相当な戦士でもありそうだ。
「ユイ、あの人はウソはついてない。一度話してみてもいいかもしれない」
「カナタ……そう、ですか」
「よし! それならまずうちとエイラ、フィーナで話してこよっか? 大丈夫そうならユイたち呼ぶしさ!」
「そ、そうだね。ユイも里も、私たち大人が守らないと! ずっとユイたちに頼りっぱなしじゃダメだよねっ」
「そうですね、ルーシィ、エイラ。私たちはそのためにきたわけですし。ではそういうことで――」
エイラたち三人が大人らしく。
しかし、ユイが一歩踏みだし、が言った。
「待って! やっぱり、私が行きますっ!」
「「「「え?」」」」
その発言に俺たちは一様に驚く。
エイラたちはすぐユイの周りに集まってきた。
「みんなの気持ちは嬉しいです。でも、この里の代表は私ですから。まずは私が出向くのが礼儀だと思うんです」
『ユイ……』
俺たちの声が重なる。ユイは頷いて続けた。
「しっかり話をして、わかってもらえるようにします。それに、上手くいけばもうヴァリアーゼからの侵攻に悩むこともなくなりますから。そうすれば、みんな平和に暮らせますっ」
努めて明るく振る舞い、ユイは胸を張った。
「大丈夫。里長として、すべき役目を果たします。カナタ、エイラ、ルーシィ、フィーナ。四人はここで待っていてください」
そう言って、ユイは結界の外に一人出ようとする。エイラやルーシィ、フィーナは里長の命とはいえ動揺していた。
俺は考えることもなく、すぐにユイの隣へ並ぶ。
「カナタ? 大丈夫です、ここは私一人で――」
「余計なことはしないよ。俺がユイと一緒に行きたいだけ。ただのワガママだよ、ごめん」
「……カナタ」
「エイラたちはこっちで待機してくれ。もし俺たちに何かあったら里のみんなに伝えてくれるかな? ま、そんなことにさせないし、万が一のときは俺がどうにかする。そのときは真っ先にユイだけでも助けてくれ」
俺の言葉に、エイラたちは少し迷って――でもしっかりと頷いて応えてくれる。俺を信頼してくれるのが嬉しかった。
歩き出したとき、ユイは俺にだけ聞こえる小声で言った。
「……カナタ、ありがとう」
「何のこと? ほら、こういうのは第一印象が大切だろうからしっかりね」
「――はいっ!」
そのまま二人、結界を抜けて外に出る――。




