クインフォ族の血
「――あっ!」
そんな声を上げてやってきたのは、頭に狐の耳、お尻には尻尾を生やした金髪ロリなミリーさんであった。
ぺたーん。
ろりーん。
見事なまでの幼児体型。アイほどではないがまだまだ子どもである。
いやそりゃ綺麗で可愛いんだけどさ。俺にそういう気はないし、ユイの悩殺ボディと比べてしまうとな……!
「ミリーもここに浸かりにきたの? どうぞ、一緒に入りましょう」
「ミリーちゃんだ~! おいでおいで~!」
「ちっ、先客がいたか……。ちょっとそこの勇者! じ、じろじろこっち見ないでよね!」
「見てないって。つーか最初から服脱いだ状態で来るか普通……」
「見てんじゃないのよバカ! こ、これだから男ってやつはっ」
ぶつぶつ文句を言いながらお湯に足を入れていくミリー。
しかし「あつっ!」とすぐに足をしまい、慣らすようにゆっくりと入浴していく。
「あーきもちいっ! やっぱあたしはここの湯が一番好きね!」
「ふふ、ミリーはここが好きよね。でもやっぱり家から服を脱いでくるのは……」
「ミリーちゃんおぎょうじわるーい」
「ア、アイにまで言われた……。むう、わかったわよ。今度からここで脱げばいいんでしょ」
仕方なくといった様子で答えたミリーに、ユイもアイもうんうんうなずく。
そう、このケモミミ少女ミリーはなんと服を脱いで抱え込んだ状態で現れたのである。それにはさすがに驚いたが、まぁミリーみたいな子どもなら何も問題はない。
ユイくらいご立派になられるとさすがにこっちも意識もしちまうってもんですがね! ほんともうね! おっぱい揺れるたびに目がいっちゃうよね! お尻もね!
「……ちょっと。おい勇者っ! 何勝手に一人でうんうんうなずいてんの? しかもエロい顔して!」
「ん? ああ俺のこと? つーか勇者って呼ぶのはずいからやめてくれないか? それにエロい顔ってなんだよ!」
「ハ? じゃあなんて呼べばいいのよ。この人間風情が?」
「なんで上から蔑むの!? 普通にカナタって呼んでくれ!」
「わ、わかったわよ。んじゃ、カ、カナタね」
ちょっともどかしそうに俺の名前を呼ぶミリー。
ほほう、照れてるっぽいなこれ。結構可愛いところもあるなぁ。
すると、ユイがなんだか安心したようにつぶやく。
「良かった……カナタとミリーが仲良くなってくれて。ミリーはあまり人間に好意を抱いてないと思ったから……」
「ハァ? ま、まぁそりゃあ人間は別に好きじゃないけど……つーか、こいつと仲良くなんてなってないし! ちょっとカナタ! 勘違いしてんじゃないわよ!」
「いってぇーッ! なんで顔ひっかくんだよ!」
「ふんだ!」
プイッと顔を背けてしまうミリー。
マジで痛かったんだけど、こいつの爪ヤバイぞ! あの騎士のおっさんも痛かったんじゃねぇかなぁ。ていうか、俺まだ嫌われてんのかな……。
とかなんとか思っていたら、ユイがそっと俺の耳元に口を寄せてきて
「カナタ、大丈夫。ミリーは気に入った人としか一緒にお風呂に入らないんです。カナタはきっと好かれていますよ」
「え? そ、そうなの?」
「はい。ほら――」
ユイがちょいちょいとミリーの方を指差す。
すると、顔を背けたままのミリーの尻尾がお湯から覗いていて、それはふりふりと嬉しそうに揺れていた。
「ふふ。クインフォ族という魔族は、はるか祖先である動物たちの特徴を色濃く残すのが特徴の種族なんですが、“あれ”は喜んでいるときの証拠なんですよ。ミリーは狐だったでしょうか」
犬かお前は! とか思ったけどやっぱ狐系なのね。これはこれで可愛いのでよし!
「そういやまだミリーのことよく知らなかったけどさ、ちょっと訊いてもいいかな?」
「ハ? ま、プライベートすぎない質問なら受付たげるケド」
偉そうに腕を組んだまま俺の方に振り返るミリー。
ちょっと身を乗り出して覗けば、その尻尾はまた嬉しそうに揺れていた。ははぁん、やはりツンデレかこやつめ。
「えーと、そもそもミリーはユイたちと同じアルトメリアのエルフ……なんだよな? でもクインフォ族とかいう血も入ってるのか?」
それは、あの兵士たちが乗り込んできたときに聞いた会話と、そしてユイたちから教えてもらったことでもある。
確かあのときは『混血種』とか呼ばれてたっけか。
「ん、そうよ。あたしのママがアルトメリアのエルフで、パパがクインフォなの。クインフォ族ってのは魔族の中でもとりわけ魔術が得意でね、パパはキレーな金色の耳と尻尾を持ってて、その血の影響であたしにも同じ特徴が現れたってワケ。この美貌はママ譲りだけどね? どっちも自慢よ!」
「へぇ~なるほどなぁ……それでそのご両親は?」
「もういないわ。十年前、戦争で死んじゃった」
「あ、悪い……」
つい流れで聞いてしまった。自分のアホっぷりに呆れる。
「いやほんとにごめんっ。軽はずみに聞いちまった……」
「ハ? ちょ、やめてよ。別に気にしてないわよ? だー! なんであたしよりあんたが落ち込むのよ!」
「カナタは優しいですから。ミリーの気持ちをくみ取ってくれているんですよ」
「あ、あたしの気持ちって、そんなっ」
「あー、マジで反省してる。ごめんなミリー」
「だからあたしもう気にしてないし、そんな気にすることじゃ…………もういいってば! ほ、ほんと変な勇者!」
心から謝った俺を、どうやらミリーは許してくれたらしい。
出逢ったばかりの子に嫌なこと思い出させちゃったな。ほんと反省だ。
「カナタ。ミリーは元々外で生まれたアルトメリアのエルフなんです。それで、ご両親がいなくなってからこの里にやってきたんですよ」
「ああ、外から来たっていうのは知ってたけど、そういうことだったのか」
「まぁね。ママの故郷が知りたかったし……それに、他に行く場所なんてなかったのよ」
「え?」
「カナタだってあのキモイ騎士のやつらとの話、聞いてたんでしょ? アイツの言う通りよ。あたしみたいな混血種はどこに行っても邪魔者扱い。なにせ、高い魔力を持つアルトメリアと魔術が得意なクインフォの混血なのに、なーんにも魔術が使えないのよ? でも、そんなあたしをこの里のみんなだけが受け入れてくれた」
そう語るミリーの目は、どこか寂しげで。
けど、すぐに明るく輝いた。
「だからあたしはこの里が好き。みんなが好き。この里を守るためならなんだってしてやるわ。誰が相手だって戦ってみせる。アルトメリアとクインフォの誇りにかけてね!」
そう言ってグッと強気なガッツポーズを取り、ウィンクをするミリー。
俺もユイもアイも揃って笑顔にさせられてしまい、「「「おお~」」」と三人で拍手を送る。するとミリーは「えへへ」とはにかんで笑った。
たぶん、こいつはすげーイイヤツだ。そして本当に強い心を持ってると思う。だから俺もあのとき、ミリーを心からカッコイイと思ったんだな。
そして、だからこそ結界を破壊したヨソ者の俺にあんな敵対心を見せたんだろう。ユイたちを守るために。今ならそれがちゃんとわかる。




