夕暮れの約束
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村に戻ってきたのはすでに夕暮れ。
太陽は山の向こうへ落ちていき、この世界で初めての夜が始まる。
その前に、俺は村の入り口でまずユイにある魔術を『転写』した。
「任せたよ、ユイ」
「はいっ。精霊たちよ、不浄なるものを排し楽園を。――【リルフレーズ】」
ユイが広げた両手からキラキラと光が広がり、それは里全体へ広がっていく。
光はまるで里全体を守るドームのように半球体上となっていき、ふっと空気に溶け込んで消える。俺の目にはすべてちゃんと見えていた。
「カナタ、これで良いのですか?」
「うん、ばっちし。今のがずっと里を守ってくれてた結界の魔術だよ。自然界の精霊が守ってくれるから安心して。これで例外的にユイが許可した人しか入ることが出来なくなったはずだ」
「そ、そうですか……良かった……」
ホッと胸をなで下ろすユイ。アイや他のエルフたちもようやく本心から安堵したようだ。
そりゃそうだよな。またあいつらが攻めて来る可能性だってあったわけだし。
でも、これでひとまずこの里は守ることが出来た。なんとか勇者らしい役目は果たせたのかなって思う。
いや、結界を壊した本人は俺なんだけどさ。だからこそ責任があったわけなんだ。
そうしてみんなが嬉しそうに話し合う中で、俺は言った。
「みんな――すみませんでした!」
いきなり頭を下げてそんなことを言った俺に、ユイたちはみんな「え?」と同様の反応をして困惑していた。
俺はそっと顔を上げて続ける。
「いや、今回のことは、その、俺が結界を破っちゃったのが原因だからさ……。そのせいで、みんなを危険な目に遭わせて…………本当に、すみませんでした!」
また頭を下げる。
もし下手をしていたら、この里は壊滅していたかもしれない。
ユイやアイやミリーたち、みんながもっと大変な目に遭っていたかもしれない。
アルトメリアの歴史が途絶えてしまったかもしれない。
改めて自分のしてしまった事の大きさに、俺が出来るのは謝ることだけだと思った。
――しばらく沈黙が続いて。
それから、頭を下げたままの俺の視界にアイが現れた。
「ゆーしゃさま!」
「わっ」
覗き込まれるような格好になり、俺は驚いて尻もちをつく。
そんな俺を見てみんなが一斉に笑い出し、アイがそんな俺の頭をなで始めた。
「ア、アイ?」
「ゆーしゃさま、いいこいいこ!」
「え……」
「ユイねえさまやアイたちをたすけてくれて、ありがとうございます!」
アイはそのまま俺に抱きついてきて、無邪気に笑いかけてくれた。
じわ、と胸が熱くなる。
何かとても大きな存在に赦されたような、そんな気がした。
さらにみんなが続く。
「勇者さま! もういいですよ」
「それ以上謝らないでくださいなっ」
「うちら、感謝してるんですから!」
「そうそう。別にわざとやったわけじゃないんだしさ」
「あたしたちのこと助けてくれたしね!」
「だから元気だしていきましょーよ!」
「みんな……」
温かい言葉に、さらに涙腺が刺激されてしまう。
そこでユイが膝を折り、俺と目線を合わせて微笑んだ。
「カナタ。謝る必要なんてありません」
「ユイ……でも、俺……」
「カナタが私たちの前に現れたのは、きっと女神さまのお導き。運命だと思います。そのためには、一度結界を破るしかなかったんです。でなければ、カナタに逢うことすらできませんでした。何より、カナタはこの世界に来たばかりで何もわからず、混乱していたはずなんです。何も気にする必要なんてありません」
「ユイ……」
「それなのに……そんな状況なのに、カナタは私たちのために命をかけて戦ってくれました。みんなを助けてくれました。結界だって、ちゃんと張り直してくれました。それと、私……ずっと魔術に憧れていたから。少しだけ、楽しかったです」
ユイはまた一段と優しい笑顔を見せてくれて、アイたちもみんな明るく笑ってくれている。
誰も、俺を責めたりなんかしなかった。
さらにミリーがやってくる。
「いつまで腰抜かしてんのっ。勇者ならしっかりなさいな!」
「あ……ありがとう、ミリー……さん」
「いまさらキモイからミリーでいいわよ。あたしだって勝手にカナタって呼ぶから」
「あ、う、うん」
ミリーが手を貸してくれて、俺はそっと起き上がる。
俺に自分の責任を気付かせてくれたのは、ミリーだ。
あのとき、彼女がハッキリ俺のしたことを教えてくれたから、その責任を取るためになんとかしなきゃって、みんなを助けなきゃって、そう思ったから上手く力が使えたんだ。
ミリーには、もう一度謝りたい。
「……あのさ、ミリー。ほんとに、ごめ――」
「ストップ!」
そこでミリーに手で口を塞がれ、俺はギョッと慌てた。
ミリーは俺から目を逸らし、あらぬ方向を見ながらもどかしそうに言った。
「や、やめてよ。これ以上あんたに謝られると、あたしが悪いことしたみたいじゃん。つか、ちゃ、ちゃんと勇者らしい仕事したんだからそれでいいでしょ! 別にあたしもう怒ってないし!」
そんな発言をしたミリーを、ユイたちはニコニコと黙って見守っている。
「ていうか、あ、あたしだって、ちゃ、ちゃんと謝らなきゃって……思って……」
「……え?」
「う、うう……その、えっと……」
ミリーはもじもじと言いづらそうに頬を赤らめ、そんな彼女のそばにアイが近づく。
「ミリーちゃん。『ありがとう』と『ごめんなさい』はたいせつだよ? ほこりたかいアルトメリアのエルフとして、ちゃんと目をみていいましょう!」
「え、は、はいっ!」
ずっと年下のアイにたしなめられ、ミリーが俺の方を見た。
目が合う。
ミリーの顔はさらに赤くなっていき、けれどミリーは俺から目を逸らさず、
「その、だ、だからぁ…………あの……その…………っ」
言葉を待つ。
ミリーは、もう湯気でも出そうなくらい紅潮して、
「だ、だからぁぁ…………あのときは言いすぎたわよごめんなさいっ! 助けてくれてありがとうございますっ! はいもういいでしょ!」
彼女らしい大声でそう言い放ち、すぐに後ろを向いてしまった。
だがその真っ赤な顔は今度はみんなに見られてしまったようで、アイが「よく言えました♪」とミリーに笑いかけたところで、みんなドッと湧くように笑い出した。
「もおおおおお~~~っ! だから! わ、わ、わらうなぁぁぁぁ~~~~~~~~~!」
わなわな震えるミリーは我慢出来ずにみんなへ襲いかかり、みんなはまた蜘蛛の子を散らすようにバーっと逃げていく。
それを見てアイも「楽しそう~!」と混ざっていき、どうやらみんなにからかわれるタイプのキャラだったらしいミリーの微笑ましい光景に、俺もまた笑うことが出来た。なんだか一気に肩の荷が下りたような気がする。
「カナタ」
「あ、ユイ……」
ずっと俺のそばに寄り添ってくれていたユイは、みんなを見つめながら言った。
「私、思いました。カナタが守ってくれたこの光景を、私も、里長としてずっと守っていけるように頑張らなきゃって」
「ユイ……」
「でも……きっと、まだ子どもで頼りない私じゃ、難しいと思うんです。だから……」
ユイがこちらを見た。
大きな瞳に俺が映っている。
ほんのり赤く色づいた頬のユイは言った。
「カナタ。私の、お手伝いをしてもらえませんか? その代わりというわけではないけど、私も、カナタのお手伝いをします。いえ、したいんですっ!」
そんなユイに。
俺は、すぐにこう返した。
「もちろん! これからもよろしくね、ユイ!」
「カナタ…………はいっ! 約束ですよっ!」
ユイは、今日一番というくらい可愛らしい笑みで応えてくれた。




