取り戻した平和
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その後、ユイが使った魔術――【エルヴィン・シュトローム】の竜巻はぐるぐると激しく渦巻いたまま『万魔の秘湯』を上がり、そのまま森の方へ向かって、そこで気絶していた他の兵士たちをも巻き込み、乗り込んできた騎士と兵士を一人残らず渦中に吸い込んだ後、はるか彼方へ消えていった。
同時に、竜巻は森に広がりかけていた炎さえ吸い込んで消化してくれたため、多少クラウストラの森に被害は出たものの、大した問題にもならずに済んだ。それに、木々を再生する魔術を誰かに転写して直してもいいしな。
それから一応【神眼】スキルで里全体を見渡してみたけど、敵の気配は一つも残っていない。同時にアルトメリアのエルフたちが二十七人全員が無事でいることもわかった。
この【神眼】は『気』や『魔力』を感知したり、強さを視認したり、アイテムを鑑定したり、“真実を見通す”ことが出来る大変便利なスキルらしく、そのことは頭の中に存在する本――お姉さんから貰った『写本』によって理解することが出来た。
どうも俺のこの『写本』は、あの自称大賢者のお姉さんが持つ力の『原本』を、【転写】という他者にコピーする能力で譲り受けたもののようだ。
少し意識をするだけで頭に本のイメージが湧き、俺が求める力を自動的に検索・検出して発動してくれるらしく、そこにはスキルや魔術の使い方の説明も刻み込まれており、それに気付いたことで俺は【神眼】以外の力も上手く扱えるようになったってわけだ。
そして、俺とユイ、ミリーは共に裏道へ向かい、他のエルフたちと合流。
「ユイねえさま!」
「アイ!」
真っ先に走ってきたアイを迎え入れるユイ。
姉妹はお互いを求め合うように抱き合い、喜びを分かち合って、他のエルフのみんなもお互いの無事を喜んでくれていた。
そして、ミリーの元にもエルフたちが駆けよってくる。
「ミリー! 心配したのよ! もう無茶してっ!」
「何やってんのよ! ちょっと、怪我してるじゃないの! 敵にやられたの!?」
「だ、大丈夫よ。ちょっと蹴られただけで……う、いたっ――」
ミリーはお腹を押さえながら膝をつき、その表情は苦しげで涙さえにじんでいる。
俺は慌ててミリーの手を握った。
「ごめんっ、気付かなくて!」
「――ちょ、な、なにっ?」
「少しじっとしてて。魔術を送るから」
「え、え? 魔術? 送る、って」
頭の中にある力の源――『写本』から必要な魔術を検索し、その魔術を【転写】スキルでミリーに“コピーする”。
俺の手から生まれた光はミリーの手を通して流れ、光はミリーの身体全体を包み込んでいく。
そして困惑していたミリーは――
「……あ、あれ? もう痛くない……」
不思議そうにお腹を撫で、そのままスッと立ち上がる。軽く身体を動かしてもなんら違和感はないようだった。
周囲から「おおおお……!」と感心するような声が漏れる。
それからエルフのみんなは俺の周りに集まって、「勇者さまだ!」「本当に勇者さまなんだ!」「こんなコトできるのは女神さまと勇者さましかいないもの!」と目を輝かせている。
俺は多少戸惑いながらミリーに言った。
「自身の魔力を使って自然治癒力を爆発的に向上する魔術――【リフレア】を転写したんだ。魔力が高ければ高いだけすぐに怪我が治るんだけど、やっぱりミリーもすごい魔力を持ってるんだな」
「……え? そ、それって、あたしが、魔術を使ったって、こと……?」
「そうなるな」
「なに、それ? だって…………あたしたちは、魔術なんて……」
「うん、けど今使えるようになった。さっきユイに転写するときにわかったんだよ。俺はきっと、こうしてミリーたちの役に立つために来たんじゃないかってさ」
「あたしたち、の…………?」
「だってそうだろ? 魔術を使えないアルトメリアのところに、魔術を転写出来る俺が来たんだからさ」
信じられないように呆然とするミリー。
周りのエルフたちは「勇者さまの奇跡だ!」とさらに盛り上がってしまっていた。
そこへユイとアイも近寄ってくる。
「カナタ……すごいです! カナタのおかげで、みんな無事で……本当に、ありがとう。みんなを助けてくれて、ありがとうございました!」
「ゆーしゃさま! ありがとうございました~~~っ!」
「わわっ。ユイもアイも無事でよかったよ」
二人揃ってお礼を言ってくれて、それに習って他のエルフたちもみんなが頭を下げて俺にお礼を言ってくれた。
ユイは言う。
「今のミリーの魔術を見ていてわかりました。さっき私が魔術を使えたのも、カナタが私に魔術をくれたからだったんですね?」
「うん。あのときはろくに説明も出来なかったのに、無理矢理使わせてごめんね。でも、俺のことを信じてくれてありがとう。おかげでミリーを助けられた」
「そんな、無理矢理なんて。それに……カナタが本気で信じて欲しいと言えば、私はどんなことでも信じますよ」
「ユイ……」
胸元に手を当て、優しく微笑んでくれるユイ。
なんかイイ雰囲気になって、ついユイの身体を引き寄せてしまいそうになる俺。
そんな俺の裾をミリーにぐいっと掴まれた。
「ちょ、ちょっとあんた!」
「うわ! な、なに? どしたの?」
「え? やっ、その、だから――」
ミリーはチラチラと俺を見ては目をそらし、なんともこそばゆそうに口をもぞもぞとさえている。
「……ねぇ。なんで、あたしのことなんて助けたの……?」
「は?」
よくわからない意図の発言に戸惑う俺。
「だってさっ! あたしはあんたに、ひ、ひどいこと言ったし、怒ってるだろうなって、思ったし…………なのに、あたしのこと、助けにきてくれたから……。あんな、危ないやつらばっかで、やられてたかもしんないのに!」
ああ、なるほど……そういう意味か。
俺は考えることもなく返した。
「なんでも何もないだろ。目の前で女の子がひどい目に遭ってんだから、そりゃ誰だって助けるだろ」
「え……」
「でも、蹴られたとき痛かっただろ? すぐ助けに出られなくてごめんな。つーか、女の子の大事なお腹を蹴るとか、あいつ騎士でもなんでもねーよな、ったく」
ミリーは目をパチパチさせて俺のことを見つめていた。
だーもう、あいつのこと思い出すだけでもムカムカしてくる。
たぶん死んではないと思うが、あの魔術で痛い目みて少しは反省してくれりゃいいんだが。
「あ、そうだ。それにこれも」
「あ……!」
そこでミリーに手渡したのは、あのときミリーが落とした赤いリボン。
それはボロボロになって破けてしまっていたため、何かスキルを見繕って直そうとしたんだが、
「これ……ママの、リボン……!」
「あ、そうだったのか? じゃあ大事なもんなんだな。俺のスキルで直して――」
「いい!」
「え?」
「いいの、このままで。いいの」
「……わかった」
愛おしそうにリボンを抱えるミリー。
俺たちはしばらくそんな彼女を見守っていたが、やがて彼女はごしごし目元を拭うと、
「あ~よかったっ! え~っと、ど、どうしようかなぁ? なんか助けてもらったわけだし? あーでもっ、いちおうあたしも言っておこうかなぁ?」
ミリーはなんとも下手くそな演技でそんなセリフを明るく口にし、その耳や尻尾やらをせわしなさそうにパタパタ動かして。
それからぼそっとつぶやいた。
「…………その、あ、ありがと…………ね」
その言葉に。
俺以外のみんなが、一泊を置いて盛大に笑い始めた。いわゆる爆笑だ。
ミリーは急激に顔を紅潮させ、「なんで笑うのよーーーッ!」と耳を尻尾を立てながら他のエルフたちに詰め寄っていき、みんな楽しそうに逃げ出していく。
その平和な光景に、つい俺も笑ってしまった。
「ま、結果オーライか」
「ふふふ。良かったですね、カナタ」
隣ではユイも笑ってくれる。
ともかくそんなわけで、俺たちは全員無事に揃って村へ戻ることが出来たのだった――。




