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異世界湯けむり英雄譚♨ ~温泉は世界を救う~  作者: 灯色ひろ
第一湯 アルトメリアの秘湯
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誇り高き意志



「――カナタ!」



「えっ!?」


 ミリーを捜しに行く途中、後ろから聞こえた俺を呼ぶかすかな声に足を止めてしまう。

 振り返れば、はるか後方でユイが俺を追いかけてきていた。


「ユイ……なんでっ! アイはっ!?」


 慌てて戻る俺。

 ユイの衣服は葉っぱだらけで、その頬も枝などで切ったのかわずかに赤い血がにじんでしまっていた。


「はぁ、はぁ……わ、私も、一緒に行きます……! アイは、みんなと先に逃げてもらいました!」

「ユイ、でもっ」

「危ないのはわかってます! けど……ミリーを残して逃げるなんて、出来ません!」

「ユイ……」

「私は……私はみんなの代表で、里長だから! みんなと一緒でないとダメなんです! もう、アルトメリアの仲間を戦いなんかで失いたくありませんっ!」


 その瞳は真っ直ぐに俺を射貫き、一切迷いのない綺麗な輝きを放っていた。

 すぐにわかる。

 この子の気持ちは、覆せない。

 どのみち、ここでユイ一人を帰す方が危険だ。なら、さっさと二人でミリーを捜しに行った方がいい。

 一瞬でそれを判断した俺は、頷いて返答する。


「わかったよ。行こう! でも俺から離れないように!」

「は、はいっ!」


 ユイもまた大きく頷き、二人で森を走っていく。

 ミリーの気配はもうすぐそこだ。



 そうして俺たちがたどり着いたのは、俺とユイが出逢ったあの『万魔の秘湯』。別名『死の温泉』。

 その温泉の岸にミリーはいた。



「――っ! ユイ待って!」



 森を出る寸前のところで、俺はユイを手で制して草むらに隠れる。

 なぜなら、そこにいたのはミリーだけではなく――


「いいから吐けや! お前の仲間はどこに逃げたのや?」

「だから教えるわけないって言ってるでしょ! 変な訛りの喋り方してキモチワルっ! さっさと里から出ていきなさいよバカ! 金属ゴリラ!」

「てめぇ……貴重なハイエルフだからって調子に乗ってるとぶちのめすぞや!」

「あぅっっ!!」


 ミリーが騎士の男に腹部を蹴られ、その場にうずくまる。

 ユイが息を呑み、飛び出しそうになるのを俺がグッと制した。


「カナタ……っ!」

「ダメだユイ、まだ待って」


 その気持ちは俺も同じだが、いきなり乗り込むのは危険だ!

 俺一人ならどうにでもなるだろう。けど下手な行動をすればミリーが危ないし、ここにユイを残していくのも危険だ。


 ――考えろ。思考を加速して、最善の道に走れ――!!


 とにかくまずは観察する。

 刹那、頭の本が俺に“力”を貸してくれる。

 瞳に力が宿り、【神眼】によってすべてがよく見えていた。


 ミリーを蹴り飛ばしたのは光沢のある甲冑をまとう巨体の男で、周りにいる軽装の兵士たちよりずいぶん良い装備をしている。あの男がこの尖兵たちのリーダーなのだろう。それはあの男の頭上に浮かぶ【LV15】の数値からもわかる。他の兵士たちは【Lv8】程度だからだ。

 異世界国家の軍階級なんてさっぱりわからんし、それが騎士団ともなればなおさらだが、おそらく曹長とかそのくらいの地位のヤツだと思う。

 そして今、俺の目に見えている数値はその人物が持つ『潜在能力値』であり、俺にだけわかる強さの目安ということも理解出来る。まず間違いなく、この数値が高いやつは強い。隣のユイを見るとその数値は【Lv7】。あの時ユイに見えた数値もこれだったんだ。


 そいつは幹のように太い腕を上げ、【Lv2】であるミリーの長い金髪を乱暴に掴んで言った。


「フン、おまえらアルトメリアのハイエルフはエルフ族の中で最も貧弱な絶滅寸前の一族やろ? ろくな力もないくせにようワシらに逆らうよな」

「うう……っ」

「こんな山奥にこそこそ隠れやがって……どうせ滅びる運命なんぞや。ならワシらに支配されてその魔力を戦争の役に立てながら生きる方がよっぽど価値があるじゃろうや。幸い、おまえたちハイエルフはとびきり上物の女ばっかりなのや。我がヴァリアーゼの騎士たちの子を産めば、肉体も魔力も優秀な子が生まれるぞや!」

「…………バ……」

「あん?」

「――バァァァァァァッカ、じゃないの! あんたたちみたいなバカに、したがうわけないじゃないっ! 魔力を利用されるのも、子どもを作らされるのだって絶対にイヤ! 死んでもイヤ! 誇り高いアルトメリアのエルフをバカにすんじゃないわよバカッ!」


 ミリーは大声でそう叫び、あまりの声量に男たちは全員揃って耳を塞ぐほどだった。

 その声を真正面から聞かされた騎士は頭をクラクラとさせた後、


「ってんめぇぇぇぇ……いい加減にするぞや!」

「あうっ!」


 ミリーは乱暴に突き飛ばされて尻もちをつく。その衝撃で頭の赤いリボンが外れ、狐の耳はぺたんと垂れ、尻尾も弱々しくしなだれていた。

 すると騎士の男は腰に下げていた巨大な剣を抜き、ミリーに差し向ける。


「これが最後や。大人しく仲間の居所を吐けば許してやるぞや。だが、言わんのなら――ん?」


 男の目がじろじろとミリーの全身をなめまわす。


「なんや妙な耳と尻尾やと思うたが、お前、魔族のまじりもんじゃや?」

「――っ!」


 その言葉にミリーがキッと鋭い目つきで睨む。

 対して男はニヤニヤといやらしい笑みで続けた。


「そうかそうか、やっぱりぞや。お前、ハイエルフと魔族の混血種(ミックス)なんか。そりゃあ珍しいのや! そんでなんぞや? 魔族の血ぃ引いとるくせに、やっぱり魔術は使えんのか? おもろい種族やアルトメリアちゅーのは!」

「…………さい」

「こりゃおかしいのや! 魔術のエキスパートたるハイエルフと魔族の血ぃ持っといてそれかい! とんだ半端モンや! そんなんやからどっからも弾きモンにされて居場所もないのやろ?」

「…………るさいっ!」

「お前みたいなモンはどこへいっても煙たがられるだけのや。どうせこの里のエルフ共にもつまはじきにされとるのや? んなら俺らの子ぉでも産んだ方がよっぽど幸せな人生になるや! ほれ、ちょっとその耳触らせてみるぞや!」

「……さい、うるさい! うるさいうるさいうるさぁぁぁぁぁーーーーいッ!!!!」

「うぎゃっ!?」


 とっさにミリーが繰り出した爪が騎士の顔をひっかき、その大声量にまた兵士たちは耳を塞ぐ。

 ミリーはその犬歯のような歯をむき出しにし、さらに耳と尻尾をピンと立たせ、その尖った爪を向けて威嚇体勢で叫ぶ。


「確かにあたしは混血種よ! すごい魔力を持ってるアルトメリアと多彩な魔術が得意なクインフォのね! なのに魔術の一つも使えないわよ! それが何? 悪いの!? あんたたちになんか迷惑かけた!? くだらない人間の価値観であたしたちを見下してんじゃないわよバカ! これだから人間てのはバカでイヤッ!!」


「てめぇぇぇぇ……!!」


 顔を引っかかれた騎士の男は、その顔を抑えながらとてつもない形相でのっそりと立ち上がる。

 しかしミリーはそれに微塵も怯えたりしない。

 俺は彼女から目が離せなかった。


「何よりむかつくのは……あたしの仲間たちをバカにしたことよッ! アルトメリアのみんなは、こんな半端なあたしでもちゃんと仲間として受け入れてくれた! 優しく迎え入れてくれた! あいつらは人間みたいに陰でこそこそ悪口なんて言わない! なんでもハッキリ言ってくれる! あたしはあいつらを心から信頼してるわ! だから、この里とみんなを守るためなら、あたしは何でもする! アルトメリアのエルフとして、あんたらみたいな人間に絶対に好き勝手させないんだからッ!!」


 強い瞳だった。

 高潔で、誇り高く、信じるもののために邁進する魂のこもった瞳だ。

 隣では、ユイが言葉も失ってぽろぽろ涙を流している。

 俺は、あの子を心底カッコイイと思った。


 立ち上がった男はゆっくりとミリーの元に近づき、その全身から闘争心を露わにした。


「……言いたいことはそれで終わりや?」


 本気だ。

 あいつはもう、本気でミリーを斬ろうとしている。

 ユイは今にも駆け出しそうになっていて、俺は彼女の手を握ったまま同じ気持ちでいた。

 しかし、不思議と俺の頭は冷静に状況を観察していて、同時にもう打開策を思いついていた。


 ――身体が熱い。


 全身を血が駆けめぐり、思考が加速する。


 心臓が語る。


 心が教えてくれている。


 理解出来た。

 あのお姉さんから貰った“力”の使い方を。


 なぜ、俺は魔術を使えないアルトメリアのエルフたちが暮らす里に送られたのかを。


 頭の中で開く本が――『写本』が俺を導いてくれる。膨大な知識をくれる。

 数え切れないほどの言葉が奔流し、そこから必要な言葉が引き出され、身体に刻みつけられる!


 そうか――これが俺の力なんだ!


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