二人の救出、そしてミリーの探索
そのまま森に突入すると、脳内で開いていた本から溢れた知識で全身が満たされ、目の前が一瞬だけ赤くなり、それから全身の感覚という感覚がどんどん研ぎ澄まされていく。
森の濃い匂いから人の残り香をかぎ取り、肌からは風の流れを読み取り、視覚は森全体の形を教えてくれる。
それらの情報が重なり合って、気付けばユイとアイがいる方角が“見えて”いた。
二人の気配――というか、二人の存在が遠くにいながら感知できる。そこにいけば二人を見つけられることが理解出来ていた。これも俺の『才能』とやらなのかもしれない。
「ユイ…………アイ…………ッ!」
日本のものよりずっと木々の密集している動きにくい森を全力で駆け抜け、枝やら葉っぱやらで多少肌を切ってしまったがそんなもん関係なく走り続ける。
そのときには不思議と恐怖心はなくなっていて、足の勢いはまったく衰えなかったし、息さえ上がることがない。
それどころか、まるで風に乗ったかのように身体は軽くなって加速し、自分でも信じられないような速さで動いていた。
そして森の先に見えてきたのは、川。
――いたッ!
そのほとりに、ユイとアイの二人がいる。
ユイはアイをかばうように抱きしめながら座り込んでいて、その背後に二人の男が――剣を握りしめた軽装の兵士が立っていた。
さらにスピードを上げる!
――早く、早く、速く、速く、速く――!
――限界まで――速くなれッ!!
兵士の剣はユイを目掛けて振り下ろされて。
そのまま森を駆け抜けた俺は、飛び出す瞬間に思いきり前方へ飛ぶ!
「ユイから――――離れろおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
男たちの目がこちらを向いたとき、既に俺の脚は一人の男の脇腹を蹴り飛ばしていた。
「ぐぉおぅっ!?」
男は鈍い声を上げて凄まじい勢いで吹き飛び、そのまま川を飛び越えて向こう岸の木に激突。だらりと力を抜いて倒れ、葉っぱや木の実がバラバラと落ちてくる。
「! な、なんだ貴様ッ!」
もう一人の兵士が俺に向かって剣を振り下ろしてくる。
本当に不思議だ。
その動きはスローモーションのように遅く、あくびをしても避けられるであろうほどのろい。
俺は軽く身を右回転させるだけでそれをかわし、回転した勢いのまま男の首に手刀を叩き込んだ。
「ぶぎァ!?」
すると男の身体はまるで側転をしたかのようにぐるりと回り、そのまま川の中へ勢いよく落下。先ほどの男と同じく身体から力が抜けたわかる。どうやら気絶したらしい。
ほぼ同時に、周囲に“敵意”がなくなったのがわかった。
おそらくもう、この近くに敵はいない。
俺は一度長い息を吐いて、それから庇っていた後ろを振り返る。
「――ユイ! アイ! 大丈夫っ!? 怪我はっ!?」
声をかけると、ユイとアイは抱き合ったまま、二人してまばたきもせずにじっと俺のことを見て口をあんぐりさせていた。
「……ユ、ユイ? アイ?」
もう一度声をかける。
すると二人はハッとして顔を見合わせ、それからまったく同じタイミングで俺に抱きついてきた。
「おわわっ!」
「カナタ! カナタ、カナタ、カナタ……!」
「う、うわぁ~ん! ゆーしゃさまぁ~~~!」
すぐにわかった。
二人の身体はひどく震えていて、その目からは涙がこぼれ落ちている。服もだいぶ汚れてしまっていた。
一体どれだけ怖かったか。その気持ちがよくわかった。
「……もう大丈夫だよ。平気だから落ち着いて。ね?」
とにかくなだめようと、二人の頭をそれぞれ優しく撫でてみる。
二人はこくこくとうなずいて、やがて涙をぬぐってから顔を上げてくれた。
「ふぅ…………ああ、間に合ってよかった…………」
おかげで俺も落ち着くことが出来たが、けど、冷静になるとまだ信じられない。
さっきのあの動きだ。
ちゃんと頭では覚えていたが、本当に俺がやったのか、と。
ただ二人を助けなきゃと思って走って、気付いたら男たちを倒していた。俺には武道とか武術とかの心得もないのに、身体が勝手に動いてくれた。
でも……おかげで二人を助けられた。
これが本当にあのお姉さんがくれた力だというなら、とにかく感謝するぜお姉さん!
「カナタ……あ、ありがとうございます……っ」
ようやく落ち着いたらしいユイが、少し赤くなった目で俺にそう言った。俺は安心させるために出来る限り優しく笑いかける。
「でも……カナタ、ど、どうして、こんなところに……?」
「どうしてって。ユイたちを追ってきたに決まってるよ」
「え……で、でもっ。こんな危険な人たちがいるのに! わ、私たちなんかのために!」
「えっと……それだけじゃ変?」
「――え?」
「ユイはさ、危険をかえりみずにあの温泉で俺を助けてくれたよね。たぶん、それと同じだよ。俺だって、気付いたら勝手に走っててこうなってた。ユイたちを助けなきゃって」
「勝手、に……?」
「はは、自分でもよくわからないよ。でも……はぁ~。ほんと、ユイたちが無事でよかった」
「カナ、タ……」
ユイは俺の安堵しきった顔をぼうっと見つめ、その瞳を涙に濡らす。
するとアイがそんなユイの方にも抱きついて、ユイは笑ってアイと額を合わせた。
ホッとした後、俺は次にやるべきことを考える。
「ユイ、アイ。とにかくここを離れよう。また誰か来るかもしれない」
「あ、そ、そうですねっ。アイ、走れるよね?」
「はい!」
ユイとアイが一緒に立ち上がり、俺たちは三人で身を隠しながら森を駆け抜け、里の裏道とやらに到着。そこでユイとアイを待ってくれていたらしいエルフの女性たちと遭遇した。
どうやらここがミリーが指示していた場所がここらしい。道の隅には目印らしく小さな女神像のようなものが設置されていた。
この裏道はアルトメリアのエルフたちしか知らない道で、道中には罠も設置されているとかで、万が一のための避難路に設定したもののようだ。敵の兵士たちもそう簡単にはたどり着けないものらしい。それを聞いてホッとする。
しかし、俺はすぐに気を引き締め直した。
「ねぇ、三人だけなの? ミリーがまだ来ていないのよ!」
その言葉に、ユイとアイがハッとする。
だが俺は既にそれを察しており、ユイとアイを他のエルフたちに任せて身を翻していた。
「――カナタっ? ど、どこへ!」
ユイが呼び止める。
俺は首だけ振り返って言った。
「ミリーって子を捜してくる! 二人はみんなと先に逃げてて!」
「え……そ、そんなっ!」
「……大丈夫! 絶対に連れて戻るから!」
少しだけ逡巡して、でもハッキリと言った。
やれるかどうかなんて正直わからないけど、でも、自分の力を信じてみるしかない!
ミリーを見つける――!
そう思った瞬間にまた身体が熱くなり、先ほどと同じようにミリーの気配が感じ取れるようになった。だんだんと自分の力が制御出来るようになっている気がする。
そういやお姉さん、次第に自分で出来るようになるとか言ってたっけ。
ともかく、後はもうその方向に向けて全速力で走るだけだった――!




