英雄の資質
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慌ててユイと共に家を飛び出た俺。
外にはすでに他のエルフたちも集まってきており、みんながある方向を見つめていた。
それは、あのクラウストラの森に上がっている火の手。
「そ、そんな……森が……っ!」
両手で口を押さえるユイ。その目は動揺で大きく揺れる。まだ火は大きくはないが、このままでは森中に――里に被害が出てしまう!
ミリーはギリリ、と歯を食いしばって言った。
「『ヴァリアーゼ』の騎士連中が攻めてきたのよっ。この早さだから、どうもこの近くをうろついてた様子見の尖兵たちみたいだけど、きっとあたしたちがいるってわかってさらいに来たんだわ!」
「で、でもどうして! 結界が里を守ってくれていたはずなのに!」
驚くユイ。俺も同じことを考えていた。
いつかの勇者が張ったとかいう結界のおかげで、この里は守られていたんじゃないのか!?
すると、ミリーという少女は俺をひどく睨みつけてきた。
その目には明らかな敵意が込められていて、俺は思わず身を引く。
「こいつのせいよ。……全部、こいつのせいよ!」
「え? ま、待って。どういうこと? ミリー?」
「こいつが――こいつが里の結界を破ったのよッ!」
「「!?」」
予想だにしない発言に、俺もユイも驚愕する。周囲のエルフたちも大きくざわついた。
「あたしは見たの! 温泉に入っているとき、こいつが空から落ちてきた! そのとき、こいつはよくわかんない方法で里の結界を破壊して『死の温泉』に落下したの! だから慌てて里に戻ってきたら、案の定それに気付いた敵が攻めてきてた! ユイだって知ってるでしょ! ここはもうヴァリアーゼの領地になってるのよ! 結界のおかげであいつらは近づくことも、里を発見することも出来なかったのに、こいつのせいで全部バレた! 全部……あんたのせいなのよッ!」
ミリーが俺を指差して息を荒げる。狐の耳と尻尾はピンと立って警戒しているようだった。
俺はただ、呆然としているしかなく。
「そ、そんな……俺の、せい……で?」
けど……心当たりはあった。
確かに俺は空から落ちてきたとき、里の上空で胸が熱くなって――『力』が発動した感覚があって、そのとき何か、ガラスが割れたような音が聞こえた。その後、何もなかったはずの山にいきなり人里が見えたんだ。
それじゃあ……もしかしたらあの時、俺は無意識に結界を壊してしまっていたのか……!?
「とにかく早く逃げなきゃ! 捕まれば奴隷に――魔力を吸い取られるだけの“燃料”にされるかもしれない! ユイ! あんたがみんなをまとめるのよ!」
「で、でも……私、そんなっ」
「しっかりしなさい! あんたはもう里長でしょ! あたしたちアルトメリアを導くのは、あんたの役目なのよ!」
「ミリー……だ、だけど、私なんかには……」
まだパニック状態なのだろう。ユイは震えていてその目は焦点があっていない。
そのとき、ミリーが辺りを軽く見回してからおそるおそる言った。
「……ねぇユイ。アイは?」
「……あ」
「まさか……どこかに!?」
その言葉に、ユイの震えが一瞬にして止まる。
「アイ……アイっ! アイーーーーーーッ!」
途端にユイは走り出し、森の方へと消えてしまう。みんながそれを止めようとしたが、ユイは止まらずに行ってしまった。
そういえばアイは水を汲みに行ったまま、まだ帰ってきてない!
「あぁもう最悪ッ!! みんなはとにかく先に逃げて! あたしがユイとアイを捜して連れてくから! 裏道のあそこでで数人待機してて!」
ミリーの言葉に他のエルフたちはうなずき合い、返事をして、一斉に走り出した。裏道とやらを使って逃げるのだろう。
ミリーはユイを追って走り出し、どうしていいかわからない俺もそれに続こうとして、
「……何が勇者よ」
ミリーの足が止まる。
彼女は振り返り、俺を睨みつけながら叫んだ。
「何が勇者よバカバカしい……あんたのせいで里はめちゃくちゃよ!」
「……!」
「あたしたちは戦争なんてしたくなくて、だからずっと隠れてたのに! たとえ世界が戦争だらけでも、ここだけは平和だったのに! あんたがホントに勇者だっていうんなら……なんとかしてみせなさいよ! このバカッ!」
それだけ言って、ミリーはまた走り出す。そしてその後ろ姿はすぐに森の奥へ消えた。
……残されたのは、俺一人。
森の方で燃えさかる火がゆらゆらと空へのぼり、煙が空を覆っていく。
俺は膝をついて崩れた。
「なんだよ……なんだよ、これっ……」
額から落ちた汗が地面に吸い込まれて消える。
「異世界に飛ばされて……勇者なんて呼ばれて……秘湯めぐりをしなきゃいけなくなって……かと思ったらいきなり敵が攻めてきて……」
あまりにもめまぐるしい展開に頭がついていかない。
呼吸は激しくなり、この現実味のない現実に身体さえ上手く動かない。
「どうすりゃ、どうすりゃいいんだ? 俺に、何が……っ!」
頭を抱えてうなだれる。
そのとき頭によぎったのは――ユイの顔だった
『それに、今はカナタがいます。カナタがいてくれたらきっとどうにかなるって、そんな気がするんです』
ユイは俺を頼ってくれていた。
勇者だと、信じてくれていた。
『私は……まだまだ里長にふさわしくありません。以前の里長が私の母で、私はその役目を引き継いだだけの無知な小娘です。アイを、みんなを導くような知恵も力もなくて、カナタがいてくれたらどうにかなるかもなんて、そんな、勝手なことばかりで……』
あんな歳で里長なんて重荷を背負っているのに、俺に重荷を背負わせることを申し訳なく思っていた。
俺より年下の、現実世界ならただの中学生であるはずの女の子が。
あんな小さな肩に大きすぎるものを背負って、震えていた。
助けてほしいはずなのに。
そんなこと一切口にはせず。
なのに俺は、そんな子を安心させることも出来なくて。
あまりに――情けなかった。
「……はは、はははっ!」
よろよろと起き上がる。
あまりの情けなさに笑いが込み上げてきて、そのまましばらく笑っていた。
やがて自然に笑い声が止まったとき、もうしっかりと足に力が入るようになっていた。
「はは……不思議なもんだな。情けなさ過ぎて、逆にやる気が出てきたわ。落ちるところまで落ちたら、これ以上ヘコむ必要もないってことか!」
前を向く。
自分に何が出来るのかなんてよくわからねぇけど、とにかく行かなきゃいけないことだけはわかる。
こわいけど、こわいけどさ! ああそこそこポジティブな性格で助かったわ! 父さん母さんに感謝しとく!
――ユイを助けに。アイを助けに。
――今はただ、それだけを考えて動けばいい!
瞬間、頭の中であの『本』がバラバラと開き、次々に言葉が俺の頭に流れ込んでくる。
それは身体中にまで染み渡り、全身が熱くなっていく。
心臓が大きく鼓動し、血が加速してめぐる。
力が解放されていく。
「よし……だあああああくっそおおおおおおおおお! 信じてるからな女神のお姉さん! それくらいのことは出来る力くれてんだろォッ!」
走り出す。
心なしか、あのお姉さんがどこかで笑って見守っているような気がした。




