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異世界湯けむり英雄譚♨ ~温泉は世界を救う~  作者: 灯色ひろ
第一湯 アルトメリアの秘湯
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英雄の資質


 ♨♨♨♨♨♨



 慌ててユイと共に家を飛び出た俺。

 外にはすでに他のエルフたちも集まってきており、みんながある方向を見つめていた。

 それは、あのクラウストラの森に上がっている火の手。


「そ、そんな……森が……っ!」


 両手で口を押さえるユイ。その目は動揺で大きく揺れる。まだ火は大きくはないが、このままでは森中に――里に被害が出てしまう!

 ミリーはギリリ、と歯を食いしばって言った。


「『ヴァリアーゼ』の騎士連中が攻めてきたのよっ。この早さだから、どうもこの近くをうろついてた様子見の尖兵たちみたいだけど、きっとあたしたちがいるってわかってさらいに来たんだわ!」

「で、でもどうして! 結界が里を守ってくれていたはずなのに!」


 驚くユイ。俺も同じことを考えていた。

 いつかの勇者が張ったとかいう結界のおかげで、この里は守られていたんじゃないのか!?


 すると、ミリーという少女は俺をひどく睨みつけてきた。

 その目には明らかな敵意が込められていて、俺は思わず身を引く。


「こいつのせいよ。……全部、こいつのせいよ!」

「え? ま、待って。どういうこと? ミリー?」



「こいつが――こいつが里の結界を破ったのよッ!」



「「!?」」



 予想だにしない発言に、俺もユイも驚愕する。周囲のエルフたちも大きくざわついた。


「あたしは見たの! 温泉に入っているとき、こいつが空から落ちてきた! そのとき、こいつはよくわかんない方法で里の結界を破壊して『死の温泉』に落下したの! だから慌てて里に戻ってきたら、案の定それに気付いた敵が攻めてきてた! ユイだって知ってるでしょ! ここはもうヴァリアーゼの領地になってるのよ! 結界のおかげであいつらは近づくことも、里を発見することも出来なかったのに、こいつのせいで全部バレた! 全部……あんたのせいなのよッ!」


 ミリーが俺を指差して息を荒げる。狐の耳と尻尾はピンと立って警戒しているようだった。

 俺はただ、呆然としているしかなく。


「そ、そんな……俺の、せい……で?」


 けど……心当たりはあった。

 確かに俺は空から落ちてきたとき、里の上空で胸が熱くなって――『力』が発動した感覚があって、そのとき何か、ガラスが割れたような音が聞こえた。その後、何もなかったはずの山にいきなり人里が見えたんだ。


 それじゃあ……もしかしたらあの時、俺は無意識に結界を壊してしまっていたのか……!?


「とにかく早く逃げなきゃ! 捕まれば奴隷に――魔力を吸い取られるだけの“燃料”にされるかもしれない! ユイ! あんたがみんなをまとめるのよ!」

「で、でも……私、そんなっ」

「しっかりしなさい! あんたはもう里長でしょ! あたしたちアルトメリアを導くのは、あんたの役目なのよ!」

「ミリー……だ、だけど、私なんかには……」


 まだパニック状態なのだろう。ユイは震えていてその目は焦点があっていない。

 そのとき、ミリーが辺りを軽く見回してからおそるおそる言った。


「……ねぇユイ。アイは?」

「……あ」

「まさか……どこかに!?」


 その言葉に、ユイの震えが一瞬にして止まる。


「アイ……アイっ! アイーーーーーーッ!」


 途端にユイは走り出し、森の方へと消えてしまう。みんながそれを止めようとしたが、ユイは止まらずに行ってしまった。

 そういえばアイは水を汲みに行ったまま、まだ帰ってきてない!


「あぁもう最悪ッ!! みんなはとにかく先に逃げて! あたしがユイとアイを捜して連れてくから! 裏道のあそこでで数人待機してて!」


 ミリーの言葉に他のエルフたちはうなずき合い、返事をして、一斉に走り出した。裏道とやらを使って逃げるのだろう。


 ミリーはユイを追って走り出し、どうしていいかわからない俺もそれに続こうとして、


「……何が勇者よ」


 ミリーの足が止まる。

 彼女は振り返り、俺を睨みつけながら叫んだ。


「何が勇者よバカバカしい……あんたのせいで里はめちゃくちゃよ!」

「……!」

「あたしたちは戦争なんてしたくなくて、だからずっと隠れてたのに! たとえ世界が戦争だらけでも、ここだけは平和だったのに! あんたがホントに勇者だっていうんなら……なんとかしてみせなさいよ! このバカッ!」


 それだけ言って、ミリーはまた走り出す。そしてその後ろ姿はすぐに森の奥へ消えた。



 ……残されたのは、俺一人。


 森の方で燃えさかる火がゆらゆらと空へのぼり、煙が空を覆っていく。

 俺は膝をついて崩れた。


「なんだよ……なんだよ、これっ……」


 額から落ちた汗が地面に吸い込まれて消える。


「異世界に飛ばされて……勇者なんて呼ばれて……秘湯めぐりをしなきゃいけなくなって……かと思ったらいきなり敵が攻めてきて……」


 あまりにもめまぐるしい展開に頭がついていかない。

 呼吸は激しくなり、この現実味のない現実に身体さえ上手く動かない。


「どうすりゃ、どうすりゃいいんだ? 俺に、何が……っ!」


 頭を抱えてうなだれる。

 そのとき頭によぎったのは――ユイの顔だった



『それに、今はカナタがいます。カナタがいてくれたらきっとどうにかなるって、そんな気がするんです』



 ユイは俺を頼ってくれていた。

 勇者だと、信じてくれていた。



『私は……まだまだ里長にふさわしくありません。以前の里長が私の母で、私はその役目を引き継いだだけの無知な小娘です。アイを、みんなを導くような知恵も力もなくて、カナタがいてくれたらどうにかなるかもなんて、そんな、勝手なことばかりで……』



 あんな歳で里長なんて重荷を背負っているのに、俺に重荷を背負わせることを申し訳なく思っていた。

 俺より年下の、現実世界ならただの中学生であるはずの女の子が。

 あんな小さな肩に大きすぎるものを背負って、震えていた。


 助けてほしいはずなのに。


 そんなこと一切口にはせず。


 なのに俺は、そんな子を安心させることも出来なくて。



 あまりに――情けなかった。



「……はは、はははっ!」



 よろよろと起き上がる。

 あまりの情けなさに笑いが込み上げてきて、そのまましばらく笑っていた。


 やがて自然に笑い声が止まったとき、もうしっかりと足に力が入るようになっていた。


「はは……不思議なもんだな。情けなさ過ぎて、逆にやる気が出てきたわ。落ちるところまで落ちたら、これ以上ヘコむ必要もないってことか!」


 前を向く。

 自分に何が出来るのかなんてよくわからねぇけど、とにかく行かなきゃいけないことだけはわかる。

 こわいけど、こわいけどさ! ああそこそこポジティブな性格で助かったわ! 父さん母さんに感謝しとく!



 ――ユイを助けに。アイを助けに。

 ――今はただ、それだけを考えて動けばいい!



 瞬間、頭の中であの『本』がバラバラと開き、次々に言葉が俺の頭に流れ込んでくる。


 それは身体中にまで染み渡り、全身が熱くなっていく。

 心臓が大きく鼓動し、血が加速してめぐる。

 力が解放されていく。



「よし……だあああああくっそおおおおおおおおお! 信じてるからな女神のお姉さん! それくらいのことは出来る力くれてんだろォッ!」



 走り出す。

 心なしか、あのお姉さんがどこかで笑って見守っているような気がした。


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