次なる街へ
アイの魔術によっていったんヴァリアーゼに戻ってきた俺たちは、一晩のんびりと身体を休め、翌日、再び食糧などの準備を済ませた後、改めて商業都市アレスに向かうこととなった。
ただし、今回は以前よりもずいぶんと楽な道中になりそうである。
「アイリベーラさん、良いですね。練習の通りにすれば大丈夫ですよ」
「はい! チュチュせんせー!」
元気よく答えるアイに、チュチュはにっこりと微笑んだ。
俺たちが暮らすヴァリアーゼの屋敷の庭。
ここには俺、ユイ、ミリー、シャル、テトラとアイリーンも揃っており、みんな一緒に馬車の中へ入って出発を待っている。わざわざ門の外へ出る必要もない。
あとはアイにお任せだ!
「ではではいきまぁーす!」
以前のときのように、また頭に両手をつけてウサギの耳のようにぴょこぴょこさせるラブリーなアイを見て、意識が途切れる――。
♨♨♨♨♨♨
――次の瞬間、時の魔術によって空間転移した俺たちは何もない荒れ地にいた。
「うわっ、な、何回経験しても慣れないなこれ」
「そ、そうですねカナタ。なんだか、急に夢から目覚めたときみたいな感覚です……」
ユイが俺の腕にくっつきながら目をパチパチさせている。
「んー? あー! ここって前にあんたを拾ったところよね! 覚えてる覚えてる!」
馬車の中から顔を出し、周囲を見渡して納得したように手を打つミリー。
それにチュチュがうなずいて答える。
「はい、はい。あのときは大変助かりました。時の魔術【レスト】は、使用者の“記憶”が届く範囲でならどこにでも移動が可能ですから、旅の途中に家に戻ることも可能ですし、こうして途中から再スタートすることも出来るというわけですね」
「おお、便利なもんだなぁ。まるでセーブ&ロードみたいだ。すごいぞアイ!」
「わぁーい! カナタさまにほめてもらえました!」
アイをなでなでしまくって可愛がる俺。
なんだかゲーム的な発想で納得してしまったが、これは本当に助かる魔術だ。死に戻りしたあとわざわざ最初の村から次の町まで歩くのとか大変だからな!
「よし、んじゃ改めて出発しようか!」
そんな俺の発言にみんながそれぞれに声を上げてくれて、テトラとアイリーンが早速御者台から馬車を動かしてくれる。
そうしてカタカタと小気味よく動き出した車内で、俺はアイに寄り添って魔術のアドバイスをしてくれていたチュチュに尋ねた。
「なぁチュチュ。結局昨日は泊まってもらって、ここまで同行してくれてるけどさ、これからはどうするんだ?」
「――ん、そうですね。ひとまずは今日アイさんの魔術をアシストするまでいるつもりでしたから、そろそろ月に戻ろうと思います」
「そっか。でも、また会えるんだよな?」
「それはもちろんです。先ほどアイさんと【チューニング】を済ませましたので、アイさんのいるところでしたら【レスト】で来ることも可能になりました」
俺はその発言を聞くだけで頭の写本から【チューニング】という魔術を知ることが出来たが、ユイたちは「ちゅーにんぐ?」と疑問顔になっている。
するとアイが手を挙げて言った。
「えっとえっとですね! アイとチュチュおねえちゃんがおでこをコツンとすると、アイたちのまじゅつがつながるんです! そしたらそしたら、アイとチュチュおねえちゃんはすごいおともだちになれたんです!」
「そ、そうなのアイ? ええと、私にはよく……」
「あたしもよくわかんないんだけど、カナタどーゆーこと? ほら説明なさい!」
「なんで偉そうに俺の頭に乗っかってくるんだお前は。えーっと、まぁチュチュとアイが言ったとおりなんだけど、【チューニング】っていうのは二人の魔力の波長を合わせることで、お互いの魔力をリンクさせることなんだ。ほら、以前にユイとミリーも融合魔術使っただろ? あれも同じような原理なんだよ」
「ふーん、そうなんだ。まぁお互いの場所に移動出来るなら便利ね! それって、アイがいれば月にも行けるってことでしょ!」
「そういうことになりますね」
うなずいて答えてくれるチュチュ。ミリーは納得したように俺の頭をぺちぺち叩き、ユイも感心したように呆けていた。
「それでは皆さん、わたしはこれで。また時が来ましたらお会いしましょう」
「ああ、またなチュチュ」
「はい。皆さん、これから少し大変な目に遭われるかもしれませんが……大丈夫。未来を信じて進んでください。希望があれば、未来はいくらでも変化していきます」
チュチュのウサ耳がぴょこぴょこ動く。
そして、彼女は俺たちに笑顔で手を振りながらその場から時の狭間に消えていった。きっと、今頃はもうあの月で俺たちを見守っているのだろう。
「カ、カナタ。大変な目ってなんでしょう?」
「うーん、俺もよくわからないけど、なんかチュチュが言うとこわいよな」
「ま、あたしたちならだいじょぶでしょ! アイも魔術を使えるようになって百人力だし! なんでもかかってきなさいよ!」
「アイもがんばります! ユイねーさま、がんばりましょー!」
「え? う、うん、そうねアイ」
気合いを入れるアルトメリアのお嬢様方。そんな中でもリリーナさんは淡々とアフタヌーンティーの準備をしている。
なんつーか、いろいろと頼もしい仲間たちである。
「はは、しかしチュチュ殿はまるで予言者のようだったな。ヴァリアーゼでも占いは有名だが、よもや本当に未来を視ているのはチュチュ殿くらいのものだろう」
「確かに。けど、未来は変わるってチュチュも言ってたしな。何が待ってるかわからんけど、みんなで協力していこうぜ」
俺がそう言うと、馬車の中でみんなが同じようにうなずいてくれた。御者台の方からは、テトラとアイリーンも笑顔でこっちを見ている。
――そして数時間後。
馬車が止まり、テトラとアイリーンがこちらの方に顔を見せた。
「皆さま、無事に到着でーす!」
「な、長旅お疲れ様でした」
その言葉でぞろぞろと馬車を降りる俺たち。
「皆さま、私どもは早速入国の手続きをして参ります。少々こちらでお待ちくださいませ」
リリーナさんがそう言ってテトラとアイリーンを連れて門の方へ。
残された俺たちは、ヴァリアーゼのときと同じように巨大な門を見上げていた。ただし、こちらの街の方が門はさらに大きく、大勢の商人たちの馬車が行き来している。
「着いたなカナタ。ここが商業都市アレスだ。私も任務で何度か訪れているが、賑やかで良い街だぞ。確か、明日辺りから大きな催し物をするそうだ」
隣でシャルが自慢げにそう語る。
こうして俺たちは、いよいよ新たな街・アレスに到着したのだった――。
現在、こちらのエピソードにて第一部終了という形になります。
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