再び、楽しい時間を。
アイは続けて話す。
「“だれかによくしてもらったら、かならずよくしてあげること”。ユイねえさまによくいわれました! アイ、チュチュおねえちゃんのおかげでまじゅつがつかえるようになって、とってもうれしかったです! だから、こんどはアイがごおんがえししたいです! アイたちのおうちで、いっしょにあそびましょう!」
「アイリベーラさん……」
天真爛漫なアイから手を引かれ、チュチュが珍しく困惑したようにおろおろしながら俺たちの方を見た。
俺はユイやミリー、シャルたちと顔を合わせて、お互いにうなずきあう。
「チュチュ。よかったら今晩は泊まっていきなよ。このお屋敷もさ、結構自慢の露天風呂があるんだぜ!」
そう言った俺に、ユイたちも続いていく。
「はいっ! みんなでお風呂に入ればきっと楽しいですよ、チュチュさん!」
「まぁ、アルトメリアの民は恩を忘れないしね? なんだかんだでおいしーものいっぱいご馳走になったわけだし、あんたもくつろいでいけばいいんじゃない?」
「うんうん、カナタたちの言うとおりだ。あれだけ世話になっておいて、何も礼を出来ないのは心苦しかったからな。リリーナ、テトラ、アイリーン。すぐに客人を迎える支度を頼む」
「承知致しました。テトラ。アイリーン。まいりますよ」
「了解でっす!」「は、はい!」
チュチュの答えは聞かず、真っ先に屋敷へと入っていくリリーナさんたちメイド組。ユイ、ミリー、シャルもその後を追って住み慣れた家へと入っていく。
「チュチュおねえちゃん! いきましょうです!」
「み、皆さん……」
最後に残った俺は、アイと手を繋いだまま当惑するチュチュへ向けて話す。
「なぁチュチュ。たまにこっちに遊びに来てたってことはさ、何もずっと『月』にいなきゃいけないってことではないんだろ?」
「それは……そう、なのですが……」
「チュチュはいろんなことを知ってるし、俺ももっと話が聞きたいんだよな。正直、この先どうやって秘湯巡りをやっていくのかも悩んでたところだしさ。ダメかな?」
「カナタさん…………でも、わたしは…………」
常に明るかったチュチュが目を伏せ、答えを閉ざすように口を結ぶ。
俺は、彼女の詳しい“事情”を知らない。もしかしたら彼女を困らせているのかもしれない。
でも、だからこそ正直な気持ちを言えた。
「もし今日がダメでも、いつでも遊びたいときにここに来ればいいからさ。俺たちも、これからはアイのおかげでいつでもここに帰ってこられるし。それにほら、アイもすっかりチュチュに懐いてるだろ? だから、チュチュにはアイの師匠として魔術を教えてもらいたいと思ってたんだ」
「わたしが……アイリベーラさんに魔術を?」
「うん。だって教えられるのはチュチュしかいないだろ? それなら俺たちも安心だしさ。な、アイ?」
「はい! アイもチュチュおねえちゃんにおしえてもらいたいです!」
俺の提案に、アイはすぐ元気な返事をくれる。
みんなも屋敷の扉を開けてこちらを見守っている中、チュチュは少しだけ無言の時間を挟み、それからつぶやく。
「……そう、ですか」
小さな声。
やっぱりダメか――そう思ったとき。
チュチュが顔を上げる。
彼女は、笑っていた。
「そう……そういうことなのですね。どれだけの長い時間が過ぎようとも、自身の未来など視えなくとも、この運命がわたしを導いてくれている……。これがわたしの新たな運命――いえ、新しいお役目なのでしょう!」
ウサ耳がピンと伸び、チュチュの瞳には時計のような紋章が現れており、その中の長針と短針がくるくると回転している。
――【ラビ・クォーツ】。
ラビ族だけが持つ時の魔術。
無限に広がるあらゆる可能性の未来から、自身が求める最良の未来を引き寄せる力。自分自身でコントロールすることは出来ない、まさに“運命”のような力だ。
以前の俺ならきっとこの目で視てもわからなかっただろうが、時の狭間の秘湯によって写本の『ロック』が一部解けたことにより、彼女の使う魔術の効果がよくわかる。
俺もまた、笑って尋ねた。
「チュチュ、引き受けてくれるかな?」
すると、チュチュは大きくうなずいて応える。
「ええ、ええ。承知しました! このチュリム・チュトレーゼが、アイリベーラさんに時の魔術をしっかりと伝授致しましょう。完璧にお役目を果たすまで、こちらにもお邪魔させていただくことにいたします!」
大きな胸に手を当てて、自信満々にそう答えるチュチュ。
「わーい! チュチュのおねえちゃん! ここからみえるお星さまも、とってもキレイなんですよ! いっしょにみましょう!」
「はい。それはとても楽しみです」
アイに手を引かれたまま、屋敷の方へと進んでいくチュチュ。既にユイたちも屋敷の中へ入っていろいろと準備を始めているようだった。
と、そこでチュチュが足を止める。
「あ、カナタさん」
「ん? どしたの?」
「わたしのお役目は、どうやらもう一つ残っているようです」
「え? お役目って――」
一瞬、俺の唇にチュチュの唇が触れた。
あまりにも自然で、柔らかい、温かな感触。
俺は、すぐ何をされたかに気付いて慌てふためく。
「え、ちょ!? チュ、チュチュ!? いきなりなにし――」
慌てる俺の唇を、チュチュがそっと人差し指で塞ぐ。
「秘湯の英雄たるカナタさんに、本当の“愛”を教えること。カナタさんもユインシェーラさんも奥手なようですから、これもわたしの大事なお役目、ですね。これからは、もっと甘い時間も増やしていきましょう。……今のは、ナイショですよ?」
チュチュは可愛らしくウィンクをして、頭のウサ耳をふりふりと揺らす。
「あー! チュチュおねえちゃんいいないいな! アイもカナタさまにちゅーしたいです!」
「ふふ、そうですねアイリベーラさん。いっしょにカナタさんに愛を教えていきましょうね」
チュチュは、硬直したままの俺を見てまた愉しそうに笑っていた。




