ラビ族の導き
そうして俺たちが次に地面を踏んだとき、目の前にあったのはあのヴァリアーゼの屋敷であった。
辺りはすっかり夜の帳が降りていたが、街灯として使われている『魔力灯』の優しい明かりが暮らし慣れた家を照らしてくれている。
「うおっ、マジで一瞬で着いた……! やったなアイ! はじめてなのにすごいぞ!」
「わーい! カナタさまにほめられました! アイ、ちゃんとつかえました~!」
それなりに長く滞在していた愛着ある屋敷を前にテンションの上がる俺はついアイを抱き上げてしまい、アイは初めての魔術行使に両手を挙げて喜んでいる。
「ふわ……アイが本当に時の魔術を……す、すごいです……」
「ちょっとぉ……アイってば、もうあたしたちよりレベル高い魔術師になっちゃったんじゃないの……」
「おお、ほ、本当にヴァリアーゼに着いている……す、すごいなこれは!」
呆然と屋敷を見上げるユイとミリー。シャルたちも一瞬でヴァリアーゼに帰ってきたことに多少困惑しているようで、テトラやアイリーンなど言葉を失ってしまっている。
そこでチュチュが拍手をしながら話す。
「大変素晴らしいです、アイリベーラさん。やはりアルトメリアのエルフさんともなると、魔力の練り方も開放も高いレベルにありますね。これならさほど心配も要らないかと思いますが、しかし時の魔術が強力な力であることに変わりはありません。アイリベーラさん、その力は皆さんのためを考え、大事に使ってくださいね」
「はい! わかりましたっ!」
俺の手から離れたアイは、びしっと背筋を伸ばしてハッキリとそう答えた。
無論、俺たちもちゃんとサポートすることを約束。するとチュチュは笑顔でうなずいた。
それからチュチュのウサ耳がぴょこぴょこと揺れ、彼女の身体のみが小さな魔方陣に包まれていく。
「――さて、これでわたしの出番は終わりですね」
突然切り出された言葉。
「え? チュチュ? も、もう帰るつもりなのかっ?」
慌てて声を掛ける俺。
チュチュは笑顔のまま答えた。
「はい。わたしが時の魔術によって見通した未来は、秘湯の英雄とその奥方様を『時の狭間』に招待し、秘湯によって皆さんの力を解放させること。もう、その『お役目』は果たせました。ティータイムや食事のくだりは、わたしのただの我が儘なのです。本当は、是非お泊まりをしていってほしかったところですけれど」
微笑する彼女は、そっと自分の胸元に手を当てながらつぶやく。
「きっとこれは、わたしにしか出来ないことだったのでしょう。……魔王様はおらず、他のラビ族にも出会うことはなく、もはやわたしには何の価値もないのだと思ってきましたが、このような運命に出逢えたこと、幸運に思います。長生きはするものなのですね」
「チュチュ……」
彼女の微笑みには、どこか切ないものが含まれているように見える。
「カナタさん、次は商業都市アレスに向かう予定と仰っていましたね。でしたら、最後にラビ族の導きを授けます」
「え? 導き?」
「はい。近日アレスで開かれる予定の楽しい催しがありますので、そちらに顔を出すと良いことがあると思いますよ。ただし、目的を達成するには困難がつきまとうものですが」
「い、良いこと? 困難? ぐ、具体的には?」
尋ねると、チュチュはそっと俺の唇に人差し指を当てて。
「それはナイショです。未来とは、ご自分の手で知るべきものですから」
今度は自らの唇に人差し指を当て、可愛らしくウィンクをしてそんなことを言う。
それからチュチュは俺たち一人一人に頭をさげ、ウサ耳を揺らしながら頭を上げた。
「皆さん、大変短い間でしたが、とても楽しい時間をありがとうございました。時の狭間での時間は、忘れられない思い出になりました。これから皆さんの進むべき時間が、希望と愛に導かれることを、『月』からお祈りしております。それでは――」
そうして彼女が時の狭間に消えようとしたとき、その手をアイが掴んでいた。
「まってください! チュチュのおねえちゃん、もう帰ってしまうのですか?」
「……はい。わたしの役目は、終わりましたから」
「そうなんですか? でもアイ、おねえちゃんとはもっといっしょにいられるとおもってました!」
「え?」
まるで一緒にいることが当たり前だというような発言をするアイに、チュチュは唖然として言葉を失う。
アイはなお、チュチュの手を引いて言う。
「チュチュのおねえちゃんは、とってもやさしくて、たのしくて、アイすきです! だから、おともだちになって、これからももっといっしょにいたいです!」
「アイリベーラさん……」
素直なアイの言葉に、チュチュは少し寂しげに目を伏せる。
「ありがとうございます。わたしも是非、お友達になりたいです。けれど……すみません。お気持ちは嬉しいのですが、わたしには『月』を管理するお役目が……」
静かに返答したチュチュに、アイは「うーん、うーん……」と何か悩むような声をあげて眉を寄せていた。
「ア、アイ……?」
「アイ……何を考えて……」
俺やユイたちがその光景を見守る中、今度はアイが「あっ!」と何か思いつくような声を上げた。
「それじゃあ、こんどはアイたちがチュチュおねえちゃんをごしょうたいします!」
『……え?』
チュチュ含め、俺たち全員が同じ反応をした。




